第4話 「レイミ」一章 惰性の罪より抜粋

 レイミが僕の前に現れたのはある日突然のことでした。もっとも、僕の方では突然だと思っていたのですが、彼女の方ではずいぶん前から僕を気にかけていたらしいです。物語でよくある男女の出会いのように、通学の電車内で僕たちは出会いました。席に座った日は決まって文庫本を開いて読んでいた僕は、ずいぶんの間、彼女が向けていた視線に気づくことがありませんでした。しかし、レイミはいつも同じ車両に乗ってくる僕に親近感を覚えていたようです。ある日、僕が電車内で定期入れを落とした時に彼女はそれを拾い上げ、こちらに差し出して微笑みかけてきました。


「いつも同じ電車に乗ってますよね」

 

先ほど言ったように、僕は全く彼女のことを気にとめていなかったわけなのでどう答えていいものかわかりませんでした。僕の困った時の笑顔を彼女は同意の意味の微笑みとして受け取ったようでした。


「毎日、読んでる本のタイトルが違うから読書家なんだなぁと思っていたんです」

 

 朗らかな笑みを浮かべて、言葉を弾ませる彼女を臆病な僕が無下に扱うことなどとても出来ませんでした。そうして、僕は気持ちが伴わないままにレイミと親交を深めていくことになったのです。

 

 レイミは一般的に見て美人の分類に入っていたと思います。雰囲気美人というのでしょうか、自分を魅力的に見せるメイクやファッションを心得ていましたし、身長百七十センチで股下八十センチもあるモデル体型の恵まれたプロポーションがメイクやファッションに説得力を与えていました。その中でもレイミが自信を持っていたのは鹿のような瑞々しい健康美を備えた脚でした。ですから彼女は寒い中でも、その美脚を見せしめるために半ズボンやミニスカートを履いていました。その日も、レイミは茶色のチェックの半ズボンを履いていました。

  

「寒くないのそれ」

「それは言っちゃ駄目、オシャレは我慢なんだよシュウくん」

「それは大変だ」

「大変じゃないよ、好きな人に綺麗に見てもらうためなら乙女は何だって我慢出来てしまうのです」


 イルミネーションが光る街道の、縁石の上をレイミは両手を広げてバランスを取りながらはしゃいだ声音で足早に歩いていきます。僕は目の前に見えるクリスマスカラーに色づいたイルミネーションと、つい今しがた聞いた彼女の台詞を照らし合わせて、僕はしまったと思いました。やはり、友達であってもクリスマスの誘いは断るべきだったのです。それから後は、僕は彼女の「告白」に怯え続けることとなりました。いつ彼女は僕に告白してくるのか、いえ、先ほどの台詞が彼女なりの告白で今も僕の返事を待っているのかもしれません。そう思いはじめたら、僕の病はもう止まりません。僕はレイミのことを友達としか思っていません。それなのに、彼女が僕の告白を待っているのだと思うと、告白をしなくてはならない、好きだと告げなくてはならないと、相手が期待している自分を演じなくてはならないという一種の強迫観念に駆られてしまうのです。レイミは僕の想像通りに別れ際になると言いました。


「実はね、シュウくんに声を掛けた時から好きだったんだ、ひとめぼれとは違うけど十目ぼれくらいだと思う」

 

 レイミは不安のせいなのか、今思えば普段より口数が多くなっていました。もっともその時は、僕は自分のことで精一杯で彼女の様子なんて見ている暇などありません。彼女の告白に怯え続けた僕の口からは、わけがわからないままに言葉が零れ落ちていました。

  

「僕も」

 

ぱっと花が咲くように顔をほころばせるとレイミは心底幸せそうに呟きました。

  

「良かったぁ、片想いだと思ってた。最後の思い出になってもいいようにクリスマスイブに誘ったんだけどこれだったらもうちょっと早く言っとけばよかった」


そうして、僕は外からは到底覗くことの出来ない罪に手を染めていったのです。

            

                 (鷹野柊「レイミ」一章 惰性の罪より抜粋)


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