第210話 財宝は水の底
憲兵隊には、昨夜のうちから招集が掛かっていたそうだ。
デストレードの号令一下、彼らはエルフェンバインの下町中に広がって捜査を開始した。
「いつも思うけど、うちの憲兵隊は優秀よね」
「陛下がお給料をたっぷり下さいますからね。三年憲兵をやれば塀の中に家が買えると言われているんですよ」
「それは凄いなあ」
塀の中というのは、王都そのもののこと。
本来は王都内部で生まれた人間か、特別な功績がなければ居住を認められない。
憲兵になるということは、お給料がいいという事以上に三年真面目に勤め上げることで、特別な功績をなしたとみなされるわけだ。
こうして、王都の内部に住むことを許される。
それはモチベーションも高くなろうというもの。
彼らからの報告を受けながら、私たちは残り三人の騎士の包囲網を狭めていくのだった。
「商業地区はありえませんわね。人通りが多く、しかも財宝を換金することができない。滞在するメリットが無いどころか、彼らにとって危険過ぎるでしょう」
シャーロットが、地図にバツの字を付けていく。
「貴族街も同じですわね。彼ら、浮いてしまうでしょう? ここには純血のエルフェンバイン人しかいませんわ。どこかの貴族が食客として匿うにしても、彼らを抱え込んでいるとバレたら自分の首が飛びますわよ。残る貴族で、そんなおバカはいませんわね」
貴族街にもバツが付いた。
商業地区と同じ理由で、住宅街にもバツが付いている。
ここはもう、よそ者が入ってきたらひと目で分かってしまうのだとか。
「ということで、消去法で下町から港湾部になりますわね。今は憲兵の皆様に港湾部を虱潰しにしてもらっていますけれど、わたくしの予想では……」
シャーロットがマルを付けたのは、港湾部。
「これはまたどうして? 換金できるところとか無くない?」
「外国からやって来た商船があるでしょう? 彼らと取引すれば、捨て値で財宝を売るよりはいくらかマシなお金が手に入ると思いません? それに……海の上は治外法権ですわ」
「なるほど」
私とデストレードと、なぜか当たり前みたいな顔をして参加してるターナが頷いた。
そしてつまみ出されていくターナ。
「後生ですからー! いるだけでいいですからー!!」
あんまりにも哀れな声を出すので、静かにしてるならという条件付きでその場にいることを許した。
そしてついに、下町の捜索が終了する。
下町遊撃隊まで動員して、隅々まで探ったのだ。
「港湾地区ですわね!」
シャーロットが宣言すると同時に、うちの馬車が走り出した。
馬車の中に、私とシャーロットとターナとイーサー、御者台にナイツとシーディアスがいる。
そして横をバスカーがトコトコ走るというね。
紋章が書かれていた紙には、騎士たちのにおいが残っていた。
これを嗅いだバスカーに、港湾部を探ってもらおうというわけだ。
「地区が限定されれば、バスカーの鼻が最大の威力を発揮しますわよ。ほら、迷わずどんどん先に行っていますわ」
バスカーは馬車に先行し、船が集まる場所へ。
無数の艀に船が係留され、あちこちで荷降ろしが行われていた。
そんな中で……。
荷物を何も積まないまま、港から離れていこうとする船が!
「あれだ!!」
私の勘がそう告げた。
「あれが騎士たちの乗った船よ! 私たちを見てから、帆を上げて動き始めたわ! ナイツ、憲兵隊に連絡して!」
「よしきた!」
ナイツが片手で馬を御しながら、指笛を吹く。
甲高い音が港湾部に響き渡った。
あちこちから、ばらばらと憲兵たちがやって来る。
彼らはナイツが指差す船を見て、全て理解したらしい。
即座に、近場で出港準備が整った船と交渉。
これを借り受けることに成功した。
船は走り出し、逃げていく帆船を追う。
「よし、ズドン呼んできて、バスカー」
「わふ!」
船上からぴょいっと飛び降りたバスカーが、猛スピードで我が家に向かう。
その後、向こうとこちらの船はあまり差が縮まらないまま追いかけっこをしていたのだが……。
すぐに、私たちの船をとりまく海流だけが大きく変化した。
船がどんどんと進み始める。
ズドンがやって来たらしい。
「おうい! ジャネットお嬢様あ!」
水上を腕組みしたまま、バスカーを背中に背負って疾走するムキムキマッチョ。
うちの下男のズドンだ。
こう見えて、当代最高の水の精霊魔法の使い手らしい。
「間に合ったわねズドン! あっちの船を遅くしちゃって!」
「わかったよう! ふんぬあー!」
ズドンが水上をスライディングしながら、ポージングを決めた。
すると彼の周囲の水が生きているかのように、盛り上がり、どんどんと逃げる船へと押し寄せていく。
風は吹いていると言うのに、船の速度はどんどん落ちていった。
「あいつ、水上なら最強だな」
ナイツが呆れたように笑った。
あちらの船は、どんどん速度が遅くなっていくのに慌てたようだ。
必死になって帆をパンパンに張ったりしているが、水が進むのを邪魔して全く速度が上がらない。
ついにこちらの船が並走するような状態になった。
船べりからこちらを睨むのは、三人の騎士。
彼らの顔を見た私は察した。
あれはヤケクソになった顔だ。
騎士たちは財宝が詰まっているらしき袋を取り出してきた。
そして叫ぶ。
「どうせ俺たちの手に入らないなら!!」
「海の藻屑にしちまええええ!!」
「ああー、もったいねえなあ……!」
三者三様の言葉を漏らしつつ、袋の中身は海へとばらまかれて行った。
ズドンに命じれば回収もできるけれど……。
私はあえてそのままにすることにした。
財宝はキラキラと、陽の光を受けて輝きながら、次々と水底へ沈んでいくのだった。
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