第108話 追え、片足の男!

 こうして、シャーロットとともに片足の男を追う私たち。

 調子に乗ってビールを引っ掛けたデストレードは、あまり走れていない。


「ううっ、お腹でビールがたぷたぷしているのでもう少しゆっくり……」


「休日出勤だからってビールおかわりするから……」


 仕方ない。

 彼女は置いていこう。


 そもそも、本来は休日のはずの彼女が、ここで頑張る理由は無いわけだし。

 私とシャーロットとバスカーで、パタパタと走って片足の男を探すのだ。


「バスカー、においは覚えている?」


『わふ!』


 元気に頷くバスカー。

 私たちを先導して、小走りに駆け出す。


 その後を私たちが追うという構図。

 こんな事もあろうかと、スカートの下は運動用の靴を履いてきている。

 今日の私は走れるのだ。


「ジャネット様、なかなか体力がありますわね!」


「それはもちろん。たまにバスカーと一緒に、自分の足で走って散歩に行ったりするもの。今の時代、貴族も体力だよ」


「至言ですわねえ」


 ここしばらく、エルフェンバインは平和だし、辺境でも蛮族の族長が討ち取られて平和になって来ている。

 だけど、そんな時こそ足腰をきちんと鍛えておかなくてはならない。

 安心した頃に、自分の体を使って動かねばならないような騒動が起こるものだから。


 例えば今日とか!


『わふーん!』


「いた!」


 バスカーが目標を発見して高らかに鳴いた。

 私も、片足の男を視認する。


 片足の男はこちらを振り返って、目を丸くした。


「うわーっ、なんだなんだ」


「ちょっとお話を聞かせてくださいましー!」


 ということで、彼に追いついた私たちなのだった。

 片足の男は、魔法の義足を装着していた。

 生身のようには走れないが、危地になれば逃げ出せる仕掛けがしてあると言う。


「義足に魔力を込めるとね、これがボヨーンと伸びてバネになり、俺を空にふっ飛ばすんだ。それでモンスターに包囲されても逃げ出せたことが何度もある」


「まあ! 凄い逸品ですのねえ。それで片足になっても冒険者をやっていられるのですわね」


「そういうことさ。ところで君たち、俺に用事とは一体?」


 片足の彼は、全く動じた風ではない。

 シャーロットはこれを見て、小さく肩をすくめた。


 なるほど、彼はシロね。

 犯行には関わっていない。だが、犯行の基となる事に関わりがある。


「勇者ドッペルゲン様のパーティに参加していた方ですわよね、あなた」


 シャーロットが直接問う。

 片足の彼は一瞬目を丸くすると、微笑んだ。


「ああ、そうだよ。ギルドで聞いたかい? つい先日までは動けなかったんだが、この義足を譲り受けてね。冒険者に復帰したところだ。いや、まさかあいつが遺跡をわざと崩落させるとはなあ。そこまで彼女に執着していたとは思わなかった。きちんと話し合って納得できたら、俺は身を引いたのに」


「えっと、つまりどういうこと?」


 私は詳しい説明を求めるのだった。


 片足の男の説明は、こう。


 旦那さんと奥方と片足の男は、同じ冒険者のパーティだった。

 それなりに名が知れていたので、勇者ドッペルゲンの冒険を手伝うことになった。


 目標は、新たに発見された遺跡。

 これらはかつて、この世界を侵略しようと訪れた来訪者たちの船だったと言う。

 大きな物は過去の時代の人々に敗れ、破壊され、空の彼方へと放逐された。

 小さな物は動きを止め、世界のどこかに浮かんでいたり、あるいは地に落ちて土の中に埋もれているか、水の中に沈んでいるという。


 今回は土の中に遺跡があった。

 遺跡からは、恐ろしい怪物が現れ、近隣の住民を襲っていたそうである。

 これを退治するためにドッペルゲンが訪れた。


 ドッペルゲンと冒険者たちは、怪物を追って遺跡に入った。

 そして遺跡の深層で怪物を打ち倒したそうだが、そこで旦那さんは遺跡の仕掛けを看破したそうなのだ。


 ドッペルゲンを先に行かせ、片足の男と他の仲間たちがまだ残っているところに、遺跡の仕掛けを発動させた。

 というのも、旦那さんは奥方のことが好きだったが、奥方は片足の男の恋人だったとか。

 色恋沙汰だ。


 遺跡は崩れ、片足の男は生死不明になり、そこを近隣の村人に発見されて助けられた。

 彼だけが生き残り、それでもしばらくは起き上がれないような状態だった。


 彼はリハビリをしつつ、甲斐甲斐しく手当をしてくれた地元のドワーフのお嬢さんといい仲になったそうである。

 それで、ドワーフのお父さんがこの義足を作ってくれた。

 遺跡の発掘品を改造したものだとか。


「そんなわけで、俺は生存報告のために戻ってきたわけだ。まだ少し冒険者は続けると思うが、気が済んだら村に戻って、ドワーフの鍛冶屋の手伝いをして暮らすよ」


「なるほど……。あなたは全く罪がなかったね……!」


 私はとても納得した。

 死んだ旦那さんが全面的に悪いじゃない。


「罪ってなんだい?」


 男が首を傾げた。

 どうやら事件について知らないらしい。


「つまりですわね、あなたのかつての仲間だったお二人が結婚していて、それでこんなことに……」


 シャーロットが説明を始めると、片足の男の顔色がみるみる変わっていった。


「なんだって……? どうして、彼女が生きているんだ!?」


「は?」


 とんでもない事を言い出したぞ。

 だけど、シャーロットだけはちょっと得意げな顔だ。


「ああ、やはりそうでしたのね。本当の奥方は……いえ、彼女は罪を犯していませんでしたのね」


「ちょっとシャーロット! 自分だけ分かってないで、説明してー!」


「そのためには、憲兵所へ行かねばなりませんわね! そこで全ての説明をするといたしますわ!」


 私たちは片足の彼を連れて、憲兵所へ。

 この事件、ただの恋愛のもつれじゃなかったわけ?

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