第109話 その名はドッペルゲンガー

「つまりどういうことなのってばよ」


 道中、我慢できずに聞いた。

 シャーロットは、「簡単なことですわジャネット様」と告げる。


「彼女、一度も瞬きをしませんでしたの。姿かたちだけを写し取って、人間としての動きを学び取る時間がありませんでしたのね。旦那さんは、そんな彼女の似姿とずっと一緒に暮らしていたのですわ」


「それはつまり……」


 ここから、片足の男が言葉を継いだ。


「遺跡の地下には、顔のない銀色の人影がたくさんあった。それらは俺たちを確認すると、少しずつ俺たちの姿に変わっていったんだ。あの女が依頼したのはこれだった。俺たちは嵌められたんだ。何か大きな陰謀の片棒を担がされていたんだ」


「あの女……?」


 いやーな予感がする。

 ここ最近大人しかったから忘れていたけれど……。


「恐らくは、大悪党、ジャクリーン・モリアータの変装だったのだろう……。あれからドッペルゲンもおかしくなってしまった」


 狂乱したようになり、銀色の人形を切りつけたドッペルゲンは、そのまま外に駆け出してしまったらしい。

 そして旦那は奥方の腕を掴んで引き寄せ、遺跡を崩落させるスイッチを押したと。


 しかし、奥方は旦那の手を振り切り、片足の彼の元へと向かった。


「あの遺跡で助かったのは俺だけだった。だから彼女は、生きているはずがないと思ったんだ。あいつめ、彼女を汚すような真似をしやがって」


 片足の男の顔が、怒りで歪む。

 だが、その旦那さんも報いを受けて死んだ。


 今、憲兵所にいるのは、シャーロットと片足の男の話を総合するに……。


「ウグワー!」


 憲兵所から憲兵がふっ飛ばされてきた。


「大丈夫!?」


『わふー!』


 私とバスカーが駆け寄ると、彼は倒れたまま、「憲兵所にモンスターがあ! 連行した女がモンスターになったあ」なんて言っている。


 覗き込んだ憲兵所の中は大混乱だった。

 銀色の人形みたいなのが暴れまわっている。

 それは瞬間ごとに、他の憲兵の姿を写し取って変身し、また別の姿に変身し……。


「暴走していますわね。さて、では無力化しましょうか」


 シャーロットが堂々と歩み出た。


『わふ!』


 隣にバスカーも続く。接近する一人と一匹に気付いたモンスターは、あろうことかシャーロットに姿を変え始めた。


「シャーロットに変身するな!」


 私はカッとなって、その辺りに落ちていた憲兵のバッジを投げつける。

 それが、変身しかけていたモンスターの頭にゴツンと当たった。

 変身が途中で止まる。


 その時にはもう、シャーロットがすぐ近くにいた。


「バリツ!」


 モンスターの、どこが関節なのかもわからないような体を掴み取ると、どういう要領なのか宙に放り投げる。

 それを、バスカーが空中から体当たり。


『わふー!!』


 床に叩きつけた後、前足でめちゃくちゃにモンスターを叩いた。

 気味が悪いから噛むのは嫌みたい。

 なかなか理性的だ。


 シャーロットとバスカーがモンスターを打ち倒したので、憲兵たちも棒を握りしめて集まってきた。


「うおお! みんなでモンスターを叩けー!!」


「うおー!」


「憲兵所に入り込むとは太え野郎だ!」


「こんにゃろめ! こんにゃろめ!」


「チェスト! チェスト!」


 みんなで囲んで棒で叩いたので、ついにモンスターは動かなくなった。

 おお……ボコボコになってる。


「いやあ、助かりました。まさか人間に化けたモンスターがいるとは」


 デストレードの次に偉い憲兵の人が、握手を求めてくる。

 私が代表して手を握り返しておいた。


「これで一件落着ね」


 普段だったこんな事を言った後、また一騒動起きそうなものだけど。

 どうやら今回は、本当に一件落着だったらしい。


 デストレードが赤い顔のまま戻ってきて、荒れた憲兵所を見て絶句した。


「な、な、なんですかこれは! 私が休日だと、職場がこんなに荒れるんですか!」


「隊長、モンスターです。モンスターが悪い」


「そうだそうだ、俺たちは無実だ」


 なんだかわあわあと言い合っている。

 その後、賢者の館から派遣されてきた賢者が、銀色のモンスターはドッペルゲンガーだと告げた。

 死体は賢者の館に持って帰るそうだ。


「復活しない? なんかまた動きそうにみえるんだけれど」


「ドッペルゲンガーは軟体のモンスターですが、ここのところに背骨があって、これが壊されるともう動かないんですよ」


 賢者の人が分かりやすく説明してくれる。

 なるほど、その背骨が本体なのかもね。


 事件の真相も明らかになった。

 奥方に化けたドッペルゲンガーを連れ帰った旦那さんは冒険者を引退し、それと一緒に暮らしていた。


 だけど、ドッペルゲンガーはやはりモンスター。

 とうとう旦那さんを殺してしまった。

 殺した手段が、お茶に毒を淹れて殺したらしい、というのがなんからしくないけれど。


 後にデストレードが、事件の話をしてくれた。


「よくぞまあ、モンスターと半年近くも一緒に暮らしたもんですよ。それがどうして今殺されたのか。モンスターというのはよく分からない。そもそも、毒殺なんて選ばずに力づくで殺してもおかしくないんですよね」


 ここはシャーロットの家。

 デストレードは極上の紅茶を口にしながら、口をへの字に曲げる。


「職業柄、納得できない結末も多いんですが、今回のはとびきり不可解でしてね。家の中では、明らかに家事などがされた跡もあった。あれはあの家の旦那がやったのでしょうかね。奥方に化けたドッペルゲンガーはお飾りだったと?」


「さあ、どうなのですかしらねえ」


 シャーロットは肩を竦めた。


「捕まった時、ドッペルゲンガーは無抵抗でしたわよね? 憲兵所であれほど暴れたモンスターが、どうしてかしら。仮に、ドッペルゲンガーも、注がれた愛情みたいなものを知って、それをコピーしたのだとしたら……」


 シャーロットとデストレードの話が続く。

 こういう考察を聞きながら飲む紅茶は、美味しいのだ。


 家の外で、インビジブルストーカーと遊んでいるらしいバスカーの鳴き声が聞こえてきた気がした。

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