片足の男事件

第106話 夫婦喧嘩は犬も食わないが人が死ぬ

 シャーロットが、夫婦喧嘩の仲裁に駆り出されたという面白い話を聞いたので、野次馬に行ってみた。

 ついでにバスカーの散歩も兼ねる。

 バスカーは『わふわふ』言いながら、久しぶりの私との散歩を楽しんでいる。


 馬に乗って彼を走らせていたら、すぐに目的地が見えてきた。

 憲兵たちがたくさんいるので、おや? と思う。


 デストレードがいて、私を見てぽかんと口を開けた。


「シャーロットがいるところ、毎度現れますねジャネット様!」


 最近の彼女は名前に様付けで呼んでくる。

 親しみの現れだと思う。


「ええ。面白そうな話を聞いたんだもの。覗きに来るわ。それで、夫婦喧嘩の仲裁をシャーロットがしてたんでしょう? どうして憲兵がこんなにいるの?」


「夫婦喧嘩で済んでいれば良かったんですがねえ」


 デストレードが肩を竦めた。


 彼女の後ろから、ふん縛られた奥さんらしき女性がトボトボ歩いてくる。

 その後ろを行くシャーロット。


「シャーロットー! どうなってるの?」


「あら、ジャネット様。これはですね。夫婦喧嘩かと思ったら、ご主人が亡くなられたのですわ。殺人事件になってしまいましたわねえ」


「なんですって!」


 到着早々、急転直下の展開なのだった。

 デストレードに頼んで現場を見せてもらう。


「もうですね、あなた、無関係なのに関係者みたいな顔してますからね。止めても無駄だと思うから見せますけどね」


 デストレードがおざなりな対応をしながら、私とシャーロットを家の中に招いてくれた。

 ここは、それなりの資産家の家らしい。


 ご近所からすると、仲のいい夫婦だと思っていたらしい。

 旦那さんは、ヒーローの研究事件の時、ドッペルゲンが関わっていた遺跡で財宝を手に入れたとか。

 それで、冒険者パーティの仲間だった奥さんと結婚したのだそうだ。


 六人のパーティメンバーが遺跡に挑み、ゲストであるドッペルゲンと、旦那さんと奥さんの三人だけが戻ってきたとか。


「元冒険者の資産家ねえ……。何か起業して、地位を買ったりするつもりだったのかもね」


「十中八九そうでしょうね」


 私の推測に、シャーロットが頷く。

 一般庶民だと、お金はあっても自分の土地を得ることができない。


 土地を持てるのは貴族だけなのだ。

 そして土地がなければ、国に土地を借りてそこで暮らすより他なくなる。


 お金を元手にして商売をし、資産を増やしているゼニシュタイン商会とかはあるけれど……。

 安定した暮らしを手に入れて悠々自適に生活するなら、一代貴族であっても地位をお金で買ったほうがいい。

 自分の代で一定以上の税金を収められれば、そのまま土地を自分のものにして、下級貴族として次の代にも爵位を継承できるようになるからだ。


 逆を言うと、税を納められなくなった下級貴族は、そのまま家が取り潰しになる。

 なので、下級貴族の数はしょっちゅう変わっているのだ。


 そういうわけで、お金さえあれば、その地位にいつでも滑り込める。

 もちろん、地位を手に入れるためのツテなんかが必要にはなるけれど。


 この家の旦那さんは、それを目前にしていたところだったらしい。


 さて、事件現場に到着。

 明らかに高価であろう調度品が並ぶ部屋の真ん中で、旦那さんが白目を剥いて倒れていた。

 恰幅のいい男性だ。


「うーん、死んでる」


『わふ』


 私の呟きに、バスカーが応じた。

 バスカーお墨付きで、完全に死んでいるわけだ。


 近くでは、検死係の憲兵が、難しい顔をしながら死体を押したりさすったりしている。


「あれは?」


「ベテランの検死官が今バカンスなんですよ。なので代理です」


「あー」


 道理でたどたどしい。

 これでは、死亡原因が分かるのにしばらく掛かりそうだ。


「ここからはわたくしが説明しますわね。わたくし、このご夫婦とは顔見知りですの。彼らは元冒険者ですもの。それは当然ですわよね」


 冒険者の相談役をしているシャーロットだから、それは納得。


「それで、下町遊撃隊を通じて、『妻が激高しているから止めに来て欲しい』と連絡を受けたのですわ」


「ふむふむ」


『わふわふ』


 私とバスカーで相槌を打つ。


「奥様が穏やかな方だったのは存じ上げていましたけれど、元々冒険者ですからね。性根の部分では荒事上等な方ですわ。だから彼女が荒れるならば、相応の理由があるのだろうとやって参りましたら……この有様ですわね」


「ははあ」


『わふあ』


 ご主人が倒れていたと。

 そしてシャーロットは即座に旦那さん死亡確認、とした後、憲兵たちに連絡したわけだ。

 死亡事件となると、これは憲兵の管轄。


「シャーロットが自分で解決しようとしなかったなんて、意外」


「あら。わたくしは事件になるかならないか分からないような事件を解決するのが専門ですわ。明らかに事件ならば、憲兵に任せたりもしますのよ」


 心外そうなシャーロット。

 そう言えば、彼女が関わった事件は、被害者とか犯人が極めて曖昧な状態だったものが多かった気がする。

 陰謀やら何やらが行われているさなかに突っ込んで行って、それが終わる前に解決する、みたいな。


「だからこういう、被害者がはっきりしている事件は、もう事件としては終わってしまっていますの。後は犯人探しですわねえ」


「えっ!? 犯人探し!?」


 デストレードがすごい顔をした。


「シャーロット、じゃああなた、奥方が犯人じゃないって言うんですか。我々に捕縛させておいて今更はしごを外しますか!」


「気が動転して何をするか分かりませんもの。危険な遺跡から生還するほどの冒険者ですわよ? 落ち着くまで拘束しておいた方が安心でしょう?」


 シャーロットは何を当たり前なことを、という顔をしたのだった。

 言われなきゃ分かりませんって。


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