第105話 ヘマをした騎士
訓練所に私が到着すると、騎士や兵士たちが揃ってこちらを見た。
「地主の使用人が殺されたのは知っている? 投石で殺されたみたいだけど」
私の言葉に、みんながざわめく。
地主の土地を砦にしようという話は、誰もが知っているはずだ。
そして地主が頑として土地を売らなかったことも。
父はああ見えて、王国の法をしっかりと守る人だ。
なので、地主に対しても粘り強く交渉を続けていた。
それでも地主が土地を売らなかったので、騎士たちの間には地主への怒りみたいなものが生まれ始めていたのではないだろうか?
「心当たりがある人はいる?」
もちろん、誰も応じない。
ざわざわするだけだ。
「お嬢、こういうのはシャーロット嬢に任せるのがいいんじゃないですかね」
「そうだね。犯人探しはシャーロットで。正直、みんなを疑いたくはないけど」
「ええ、ジャネット様の気持ちはよく分かりますわ」
シャーロットが馬車から降りてきた。
彼女は騎士や兵士を見回して、頷く。
「皆、ジャネット様やこの領地を愛している方々ばかりですもの。今回の殺人も、間違いなくワトサップ家のためになると思って行われたものですわ。あ、ジャネット様、皆様にバンザイしてもらってくださいませ」
「うん? えっと、みんなバンザイして?」
私が両手を挙げてみせると、みんなも不思議そうな顔をしながら手を上げた。
「見つかりましたわ。彼が犯人ですわね」
一瞬だった。
シャーロットが指差した先に、一人の騎士がいる。
彼はギョッとしてシャーロットを凝視した。
「な、何を言って……」
「まだ完全に跡が消えて無くて良かったですわ。指の腹に、強く握った跡が残っていますの。それから小さな小さな傷跡が。木片が刺さりましたかしら? それを引き抜きましたわね。あなた、スタッフスリングをその場で作って、地主の家に投石しましたわね?」
「!?」
騎士の動きが止まる。
なるほど、図星だったらしい。
彼の腰にはスリングがぶら下がっており、よくよく見ると、ちょっと紐の部分がよれているように見える。
そうか、シャーロットが墓地で拾い上げた棒と、あのスリングを組み合わせていたのか。
スタッフスリングならば、スリングよりもさらに遠くまで石を投げることができる。
さらに、あの騎士はスタッフスリングの名手と言われた男だ。
遠距離から投石を当てることもできるだろう。
騎士の顔が歪んだ。
「お、俺は……何もかも、お館様とこの土地のためになると思って……」
「気持ちは分かるけどさ。それでもお父様は、粘り強く交渉してたわけでしょ? その努力を無駄にする行為だって思わない? 今回、地主を殺せたわけじゃなくて、あくまで使用人だったわけだし」
私の言葉に、状況を理解したらしい他の騎士たちがウンウン頷く。
「やっぱやるからには必殺だよな」
「失敗しちまって逃げたんだろ」
「焦るとあいつほどの男でも失敗するんだな」
騎士たちの言葉に、シャーロットがちょっと笑った。
「流石ワトサップ辺境伯領ですわねえ……。ヘマをした方が悪い、という話になってますわ」
「そういうところだからねえ。地主の人が殺されていたら、あのまま土地はお父様のものになったと思う。それはそれで、お父様は受け入れてあそこを砦にしたでしょうね。だけど、失敗してしまった。これはお父様が命じたわけではないけれど、地主はそうは思わないでしょう?」
私の言葉が続く中、ナイツが進み出る。
「ま、そういうことだ。お前さん、先走った上に勝手にヘマをやらかして迷惑を掛けたわけだ。責任のとり方は分かってるよな。一つの命には一つの命。禍根を残さないのが辺境のルールだ」
ナイツが剣を抜くと、騎士たちがしんと静かになった。
スリングの騎士も、剣を抜く。
「残念だ……。俺がもっと、腕が良ければ……」
「ま、お前の気持ちはみんな分かってると思うぜ。じゃあな。先にあっちで待っててくれ」
ナイツと騎士が剣を交わす。
一合打ち合った後、騎士は袈裟懸けに斬られて倒れ込んだ。
あの一合は、ナイツからの手向けだろう。
こうして犯人であった騎士は死に、事件は手打ちとなった。
父は事の真相を知って難しい顔をしていた。
「ラムズ嬢、恥ずかしいところを見せてしまったな」
父が呼んだのは誰のことだっけ? と思って、シャーロットのファミリーネームがラムズであることを思い出す。
「いいえ。辺境に生きる方々の覚悟を見せていただきましたわ」
「そう言ってもらえると助かるな。地主はすっかりへそを曲げてしまったが、これからも根強く交渉をしていくつもりだ。今回は事件を解決してくれてありがとう。まさか一日も経たずに犯人を挙げてしまうとはな……。ジャネットの言っていた通りだ!」
途中からいつもの父に戻って、ガッハッハッハ、と笑いだした。
「それで、どうする? まだ夕刻までは時間がある。辺境というものがどんなものなのか、見て回って来るかね?」
「ええ、そうしますわ! ジャネット様!」
シャーロットに呼ばれて、私は頷いた。
「もちろん。私の故郷はまだまだ見どころがたくさんあるんだから。観光案内なら任せて! 蛮族との戦いが終わったら、辺境伯領を観光地にしてもいいわね……」
「名所が血なまぐさいので、そのためにはもっと一般向けのストーリーをつけないといけませんわね……!」
「一般向け……? 難しいわね」
私は首を傾げながら、シャーロットとともに馬車の中へ。
そしてすぐに、辺境のどこを案内しようか、という悩みが頭の中を埋め尽くしていくのだった。
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