第17話 閑話休題⊷人形たちの日常⊷
あの実験の後、ドロシーたちは、一旦家へと帰された。
何でも、実験中に起こった異常現象を調査するために、しばらく時間がかかるのだということだ。
事の詳細が分かり次第、また連絡をよこすとのことだ。
レオナについてだが、しばらくデザイア邸で面倒を見るとのことだ。
実験の日の翌日、ドロシーの自室にて。
眩しい朝日が差し込むキッチンにて、ロボ丸は主人のために朝餉の準備をしていた。
着せ替え人形用のエプロンを身にまとい、手慣れた仕草で自身の数倍はあるフライパンを器用に操っている。
本日のメニューはベーコンエッグとトーストだ。
「よし、いい具合に焼けたロボ!」
ロボ丸はフライパンをのぞき込み、満足げに微笑んだ。
ロボ丸は、フライパンの中のベーコンエッグを近くに置いた皿に器用に移しかえた。
ちょうどいいタイミングで、チンッという音を立てて、トースターからキツネ色に焼けたパンが吐き出される。
ご機嫌な朝食の完成だ!
「ステラ!朝食が出来たからご主人を起こしてきてほしいロボ!」
ロボ丸は、居間にいるであろうステラに声を掛けた。
だが、返事がない。
「ステラ?聞こえてるロボ?返事するロボ!」
ロボ丸は居間に行き、ステラの様子を見に行った。
ステラは、何かの本を開き、それを読みふけっている真っ最中だった。
「ステラ、何してるロボ?」
「あ、ロボ丸!ステラ、今絵本読んでた!」
ステラは絵本から顔をあげて、ロボ丸のほうを見上げた。
「本を読むのは後にするロボ!今はご主人を起こしてくるロボ!」
「わかった!ステラ、マスターを起こしてくる!」
そう言うと、ステラは寝室で寝ているドロシーを起こしに行った。
一方、ドロシーは、作業机に突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。
机の上には、作りかけと思しき何かの機械部品が散乱している。
卓上に広げられた設計図にはよだれが滴り、黒い染みをつくっていた。
「マスター、見つけた!」
ステラはドロシーへと駆け寄り、そのままぴょんとジャンプして、作業机の上に飛び乗った。
「マスター、起きて!」
ステラはドロシーの頬っぺたをつついて起こそうとした。
「う~ん……むにゃむにゃ……。もう食べられないよ……。」
しかし、ドロシーの眠りは深く、一向に起きる様子がない。
その後も、頬っぺたを叩いたり、耳元で叫んだりしたが、全くと言っていいほど効果はなかった。
ステラは思案した。
叩いてもダメ。叫んでもダメ。
いったいどうやったらマスターは目覚めるのだろう?
その時、ステラの脳裏にある考えがよぎった。
さっき読んでいた絵本では、王子様がお姫様にキスをし、魔法で眠らされていたお姫様を目覚めさせていた。
この手ならいけるかもしれない。
ステラはドロシーの顔の横にかがみこむと、そのまま唇にキスをした。
ドロシーの唇とステラの小さな唇がふれあい、そのまま静かに時が流れた。
「ステラ、ご主人、何してるロボ?」
ステラがあまりにも遅いので、二人の様子を見に来たロボ丸があきれた調子で声を掛けた。
「マスター、全然起きない……。」
ステラは落胆し、その場にしゃがみこんだ。
「しょうがないロボ。ロボが手本を見せてやるロボ!」
ロボ丸は作業机の引き出しから銅貨を一枚取り出すと、それを天高く放り投げた。
コインは弧を描いて飛来し、やがて重力に轢かれて机に落ち、チャリンチャリンと音を立てた。
「え?お金?どこどこ?」
ドロシーはガバッと起き上がると、硬貨の音のするほうを振り返った。
「ご主人、おはようロボ。もうとっくに朝ごはん出来てるロボ。さっさと食べろロボ。」
ロボ丸は呆れたような顔で、ドロシーを睨みつけた。
「それじゃあ、いただきまーす。」
ドロシーはテーブルに座ると手を合わせ、朝食を食べ始めた。
バターをたっぷり塗ったトーストをかじりながら、新聞の三面記事をぼんやり眺める。
「ご主人、昨日の夜は遅くまで何してたロボ?」
マグカップにコーヒーを淹れながら、ロボ丸は尋ねた。
「んー?あぁちょっとね、あんたらの装備を色々作ってたのよ。これからの探索に必要になるからね。」
「あんまり夜更かしすると体に毒ロボ。睡眠はちゃんととるロボ。」
「あんたはわたしのお母さんか!」
そんなやり取りをしていると、不意に電話のベルが鳴った。
「はぁー、まったく誰よ!こんな朝っぱらから!」
ドロシーはぶつぶつと文句を言いながら、居間にある電話の受話器を取った。
「はい、もそもし?どちらさんですか?」
ドロシーは不機嫌そうにまくしたてた。
「おぉ、ドロシー殿。儂じゃよ、アリス・デザイアじゃ。」
なんと、電話の主はアリスだった。
「アリスさん?どうしたんですか?こんな朝早く?」
「いやなに、昨日の異常現象について色々分かったことがあっての。それで、こうして連絡をよこしたわけじゃ。」
「あぁ、そういえば連絡くれるって言ってましたもんね。」
「少々長い話になる。それと、またお主に頼みたいことができた。どうじゃ?儂が行きつけの喫茶店で、少し話をせんか?」
(頼みたいこと?)
ドロシーは訝しがりながらも、アリスとのデートを快諾したのだった。
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