第15話 アリスからの依頼

応接間での質疑応答の後、ドロシーたちは地下にある秘密研究室へと案内されていた。


「こちらです。」


サラが先導し、二人と二体が後に続く。




暗く長い階段を下った先にあったのものは、博物館めいた広大な施設であった。


「うひゃ~……これは、なんとも……すごいわね……。」


ドロシーは思わず息をのんで、辺りを見渡した。




壁や棚に展示された怪しげな標本の数々……。


用途不明のアイテムや、ドロシーが今まで見たことのないたくさんの珍獣の標本。


本棚に飾られた禍々しい魔導書グリモワールの数々……。




それら怪しげな物品の数々が、ドロシーの感性を圧倒し、引きつけてやまないのだった。


「お~い、こっちじゃ、こっち。見学ならあとでゆっくりとやるがよいぞ。」


部屋の奥のほうで、アリスがぴょこぴょこと手招きをしている。


「す、すいません!今行きます!」


ドロシーは声のするほうへと、慌てて駆け出して行った。




「ドロシー殿、これを見てみぃ。」


ドロシーは、アリスが指さすほうを見やった。


そこには、大きな実験机が置かれており、その上には様々な機械や、毒々しい色彩の薬液の入ったフラスコ等が、乱雑に置かれている。




その中に、ドロシーの眼を一際引きつけるものがあった。


それは、ステラとよく似た一帯の人形だった。


「あれって……人形?わたしが遺跡で見つけたのと同じ……?」


ドロシーはさらに近寄ってまじまじとそれを見つめた。


ステラとロボ丸も、コートから顔を出し、興味深げにそれを見つめる。




「手に取って、よく見てみるといい。」


ドロシーは、アリスに促されるまま人形を手に取ってまじまじと観察を始めた。


大きさはステラより頭一つ大きいくらいだろうか?


手足はスラリと長く、雑誌のモデルのような美しいプロポーションのボディ。


青みのかった長い銀髪に、どこか知的な印象のある美しい顔立ち。


ステラが雪の妖精なら、さしずめこの人形は氷の女王といったところか。




「ドロシー殿、依頼というのはその人形のことじゃ。」


アリスは、人形の美しさに見惚れるドロシーに、そう声を掛けた。


「どういうことですか?」


ドロシーは思わず問い返した。




「うむ、ようはドロシー殿に、その人形を起動させてほしいのじゃ。無論、儂の見ている前でな。」


依頼の思わぬ内容に、ドロシーは黙ってアリスの顔を見つめる。


「詳しい経緯はふせるが、その人形はあるルートで儂が入手したものじゃ。」


アリスは後ろ手に手を組み、つかつかと歩きながらことの顛末を語りだした。




「儂の最近の研究テーマは、ドワーフの遺物についてじゃ。ときにお主、ドワーフについてはどれだけ知っておる?」


「大昔にドワーフダンジョンをつくった人たちですよね?すごい科学力をもっていたって。」


ドロシーの持つドワーフについて知識は、一般のそれと対して変わりはなかった。




ドワーフとは、かつてこのレムリア大陸に栄えていたという伝説の種族である。


彼らは魔法が不得意だったが、代わりに高度に発達した科学文明を誇っていたという。


その優れた科学の力をもって、この星の全てを調べつくしたドワーフたちは、やがて地上の探索に飽きてしまい、銀色に輝く箱舟をつくり、それに乗って星の海へと旅立っていったという。


誰もが知る、古いおとぎ話だ。




「まぁ、そんなものじゃろうな。一般人が知っておるのは。」


アリスは、うんうんとうなづきながら、話をつづけた。


「最近ドワーフ遺跡から発見された石板に、その人形のことが書かれておったのじゃ。石板には、人形と、それを操り魔物と戦うドワーフの少女の姿が克明に刻まれておった。」




「儂は最初、その人形をただの工芸品か呪物の類じゃろうと思っておった。しかし、石板から知りえた情報によると、その人形は魂を持ち、独りで動くことができたという。」


そこでアリスはいったん言葉を切ると、近くにあった椅子にどっかと腰かけた。




「しかし、石板に書かれていたのはそこまでじゃった。肝心の人形の起動方法がちっとも書いておらん。」


アリスは、椅子の背もたれにしなだれかかると、不機嫌そうに椅子をぎぃぎぃと揺さぶり始めた。




「儂はこの人形を動かすために、色々と試行錯誤した。高濃度の魔力を流し込んだり、使い魔の魂を移殖しようとしたりな……。まぁ、いずれも失敗じゃったが……。」


そこまで言うと、アリスは天井を見上げ、いったん沈黙した。




「なるほど、なんとなく話が見えてきましたよ……。どうぞ、続けてください。」


ドロシーはそう言うと、アリスに話の続きを促した。


「理解が早くて助かるよ。依頼というのは、儂にこの人形の起動方法を教えてほしいのだ。」


アリスは椅子から立ち上がると、机の上に置かれた人形を手に取り、ドロシーへと歩み寄った。




「見たところ、この人形と、お主が使役しておる人形は同型だと思われる。動かし方さえわかれば、儂にもできるじゃろう。是非、やり方を教えてほしいのだ。なに、報酬はたんまりと弾む。」


アリスの言葉に、ドロシーはちょっと困った顔をした。




「申し訳にくいんですけど、それは無理です……。」


ドロシーの思わぬ答えに、アリスは目を丸くし、困惑の表情を浮かべた。


「なぜじゃ?お主、金には興味ないのか?それとも、他に何か欲しいものでもあるのか?言うてみぃ!」


そう言って、アリスはドロシーに詰め寄った。




「お、落ち着いてください!わたし、お金には興味あります!でも、違うんです!理由があるんです!ちゃんと説明しますから!」


「……わかった。話を聞こう。」


ドロシーがなだめると、アリスは落ち着きを取り戻し、一歩引きさがった。




「この子たちは、わたしがスキルを使って動かしたんです。」


「スキル?」


「えぇ、人形使いのスキル、「入魂の儀」を使ったんです。」




ドロシーは、人形使いとその固有スキルについて、詳しく説明した。


「……なるほど、つまり、ステラ殿とロボ丸殿はお主のスキルで覚醒したというわけか……。しかし、にわかには信じがたいのぅ……。」


「何でですか?」


「お主のそのスキル、魂を錬成して人形に送り込む効果があるといったな?魂を錬成するというのはな、歴史上多くの錬金術師が挑戦し、失敗し続けてきた難題なんじゃよ。」


「え?そうなんですか?」




その情報は、ドロシーにとって寝耳に水だった。


「わたし、そんなすごいことしてたんだ……。」


驚きよりも、困惑が先に立った。


「ドロシー殿、儂から一つ提案がある。」


しばらく沈黙し、思案していたアリスが、おもむろに口を開いた。




「何でしょう?」


「うむ、実はな、儂の目の前で、この人形を起動してほしいのだ。お主のギフトの、固有スキルを使ってな。」


そう言うと、アリスはドロシーに、人形をっ手渡したのだった。

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