第12話 ロリババァ登場!

レムリア共和国の辺境に佇む古びた屋敷。


その名も「デザイア低」。




かなり歴史のある建造物ではあるが、その外観はひどく荒れ果てており、とても人が住んでいるとは思えないほどの荒廃ぶりだ。


一応人が住んではいるが、館の主の姿を拝んだものは誰一人としていないという。




それゆえ、近所の子供たちからお化け屋敷と揶揄され、絶好の肝試しスポットとして人気がある程の不気味な館である。


その館の秘密の地下室において、今宵も不気味な実験が行われようとしていた……。




デザイア亭の地下ワイン倉庫。


そこに隠された秘密の階段を下ったところに、彼女の実験室がある。




そこに収められたものは、彼女が莫大な資金を投じて世界中からかき集めた秘密の蒐集品だ。


世界各国から集められた用途不明の品々。


怪しげな植物や珍獣の標本。


その他数多くの禍々しい呪物の数々……。




もしそれらを真っ当な倫理観の持ち主が見れば、間違いなく白目をむいて卒倒するだろう。


その偉業のコレクションに囲まれながら、二つの怪しい人影が、今夜もおぞましい実験にいそしもうとしていた。




「アリス様、実験の準備が整いました。」


人影の一つ、兎耳のクーデレメイド「サラ」が、主人へと報告する。


「おぉ、でかしたぞ!サラよ……。それではさっそく、実験をはじめるとしよう……くくく……。」


さらにもう一つの影が怪しげな含み笑いを漏らした。


それは、白衣をまとった金髪碧眼の美少女ロリババァ!


彼女こそこの館の主であり、古代アイテム研究の権威である超天才「アリス・デザイア」その人である!




アリスは準備の整った実験用テーブルへとつかつかと歩み寄ると、台の上に置かれたものをゆっくりと睥睨する。


台の上には水筒ほどの大きさのガラス製シリンダーが二本置かれている。




一本のガラス瓶には、翼の生えた小さなネコ型モンスター「ケットシー」が収められている。


そして、もう一本に収められているのは小さな少女人形……。


二本のガラス瓶はコードのようなものでつながれ、さらにコードはレバーのついた怪しげな機械へとつながっている。




「これより、第六十八回魂移殖実験を開始する!」


アリスはそう宣言すると、卓上のレバーを握りしめ、一気にスイッチを入れた!


GAGAGAGAGAGAGAGAGGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!!!!!!


機械から稲妻がほとばしり、暗い室内をまばゆい光で満たしていく。




やがて稲妻はコードを伝い、ケットシーの入ったガラス瓶へと到達する。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!!」


瓶に収められた魔獣が絶叫し、苦悶の叫びをあげた。




稲妻はケットシーの肉体を霊体へと分解し、魔獣は魂だけの存在となる。


魔獣の魂はコードを伝い、もう片方の瓶へと流し込まれる。


瓶の中の人形がぱちぱちと明滅を繰り替えし、一瞬ぶるんと痙攣した。




やがて光が収まり、室内はふたたび静寂と暗黒に包まれた。


「やったか?!」


アリスはそう叫ぶと、シリンダーから人形を取り出し、手の平にのせる。




先程、アリスが行ったのは、使い魔の魂を人形へと移殖する実験である。


使い魔に強力な電流を流し込み、その肉体をエクトプラズムへと還元する。


しかるのち、霊体となった使い魔を、特殊なコードを通じて人形へと流し込む。


もし実験が成功したなら、魔獣の魂が人形に定着し、自律的に動き出すはずだ。


しかし……。




人形は、アリスの手の中でびくびくと痙攣した。


アリスは期待に目を輝かせながら、固唾をのんでその様子を見守る。


しかし、彼女の期待に反して、人形はそれ以上動くことはなかった。




「はぁ~ー……。また失敗か……。いったい何がいかんのじゃろうなぁ……。理論上は間違いないはずなんじゃが……。」


アリスは落胆し、深いため息をつくとがっくりと肩を下した。


そして、手の中の人形を恨めし気に睨む。




その人形とアリスの出会いは、今から数年前にさかのぼる。


共和国の暗黒街において、定期的に開催される闇オークション。


奴隷、麻薬、呪物、違法なマジックアイテム……。


様々ないわくつきの物品が出展される闇の競り市だ。




謎アイテム研究科であるアリスは、そこで出品されるアイテム目当てに、足繫くオークション会場へと足を運んでいた。


そこで出品されていたものがこの人形だった。




ドワーフの遺跡で発見された謎の少女人形。


そういう触れ込みだった。


その人形が放つ神秘性は、アリスの心をあっという間に鷲掴みにした。




人形を無事競り落とした後、アリスはこの人形の研究に没頭するようになった。


アリスは、様々な観測機器を用いて、人形の構造を調査した。


そして、国内外からかき集めたドワーフに関する研究資料とにらめっこする日々。




数年に及ぶ研究でわかったことは、どうやらこの人形はドワーフの英知の結晶であるということ。


人形は自我を持ち、一人で動くことができたということ。


ドワーフたちの中には、この人形を使役し、魔物と戦わせるものがいたこと。


この人形は、ドワーフたちに「魔導人形」という名で呼ばれていたということ。




しかし、アリスに調べられたのはそこまでだった。


どの資料にも人形の起動方法が記載されていないのだ。


それならばと、試行錯誤しながら実験を繰り返していたのだが、結局何もわからずじまいだった。




「……う~む、魂の移殖実験も失敗か……。いったいどうやったらこの人形はうごくんじゃ?移植に使った魂が悪かったのかのう……?次はゴブリンの魂で……いやいや……。」


「……アリス様、アリス様。」


アリスの考えを遮るように、サラが話しかけてきた。




「なんじゃサラ!儂は今崇高な研究に考えを巡らせておるのじゃぞ!」


アリスは激昂した。


彼女は、考えを途中で遮られるのがとても嫌いなのだ。




しかし、なおもサラは報告を続ける。


「来客です。」


「来客ぅ?今何時と思っとるんじゃ?深夜に来客なぞ非常識にもほどがあるぞ?!」


アリスは髪を振り乱して叫んだ。




「もう午前十時です。」


サラは壁に掛けられた時計を指さして答えた。


成程、確かに時計の針は十時を指している。




「おぉ、すまんサラよ。もう十時を回っておったか……。この研究所におると時間の感覚がおかしくなるわい。して、来客とは?」


サラは壁に取り付けられたモニターを操作し、玄関先の映像を映した。


映し出されたのは、やや貧相ななりの少女と、彼女の胸ポケットから顔をのぞかせる二体の人形である。




「エルフ種と思われる少女が一人。それと人形が二体。」


「何?人形じゃと?!」


アリスは食い入るようにモニターを見つめた。


サラに指示を出し、少女の胸ポケット部分をズームさせる。




解像度の荒い、白黒の画像ではあったが、成程、確かにそこには人形が二体映っている。


おそらく、先程実験に使ったものと同型であろう。


しかも人形は、まるで意志を持っているかのように動いているではないか!!!




「間違いない……あれは……魔導……人形。しかも動いとるぞ?!どういうことじゃ?いったいどうやってあの人形を……。」


再びアリスは、ぶつぶつと呟きながら思考を巡らす。




「アリス様。いかがいたしましょうか?」


しかしサラは、そんな主の様子にかまうことなく、慇懃無礼に次の指示を仰いだ。




「どうする……じゃと?今すぐその客人を通せ!よいか、丁重にもてなすのじゃぞ?」


徹夜明けでっ血走った目て、アリスはそう叫んだ。


「かしこまりました。」


サラは一礼すると、そそくさと研究所を後にした。




「研究に煮詰まっておるときに、起動状態にある魔導人形が二体……。これは天の采配か?もしくは悪魔の誘惑?……どちらにしろ、この目で直に拝むのが楽しみじゃわい……。くくく……。はぁーッはっはっは!!!!!!!!」


アリスは小さな背をのけぞらせて哄笑した。


昼なお暗い研究室に、マッドなサイエンティストの悪の笑いがこだまするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る