第56話 天使は堕天する?

「ところで、だ、旦那様」


 熟考した結果、呼び方を呼び捨てと言うのはすこししっくりこなくて、旦那様と呼ぶことにした。

 ただ、これはこれで恥ずかしい!

 たったそれだけの事なのに赤面してしまう。

 だけど、恥ずかしいのはわたくしだけではなかったみたいで、旦那様と呼ばれたアデルバートも赤面していた。


「な、なにかな、お、おく、おく、シャーロットっ」


 きっと旦那様に対抗して奥様と言おうとしたのかもしれないが、呼び方は結局名前になってしまった。

 でもなにか安心しました。

 この状況に不慣れなのはわたくしだけでは無かったという事や、お互いに呼び方一つで動揺してしまうあたり、似た者夫婦なのかもしれない。


「お父様お母様とは何をはなしてられたのですか?」

「ああ、その事か。あー………えっと、それは、少し言いづらいかな」

「あら、いきなり夫婦間で秘密ですか?」

「秘密というか……、卑猥な話は聞きたくないだろう?初孫は何時頃見れるだろうかとか、そんな話だ」

「あ~………、そうでしたか。じゃあ、はい、秘密で結構です」


 こういう事を言い出すのは間違いなくお母様です、余計な事ばかり言うのは相変わらずですね。

 結果、お互いに黙り込んでしまいました。

 仕方がない事ですよね。

 ああ、そういえば…。


「あと会ってないのはお兄様だけですね」

「いや、義兄様おにいさまには、ご両親と話している時に会ったよ。良い方ですね、つい意気投合して長話をしてしまったよ」

「意気投合ですか、どのような話で盛り上がったのでしょうか……って、まさかお兄様とも卑猥な話を?」

「卑猥な話ではないよ。ただ、シャーロットへの認識をすり合わせたと言えばいいのかな、いやぁ、なんとも有意義な時間だったよ。ただ、ちょっと説明し辛いな」


 うう、わたくしについての認識ですか。

 聞きたいような聞きたくないような感じですね。

 もういいです、ここは引き下がりましょう。


「詳しく聞きたい所ですが、いいですわ。深く追求しないでおきます」



 ◇



 二時間前、アデルバート・ベリサリオ視点──

 応接間でシャーロットの両親と談話中に入って来た人物がいた。


「君が、シャーロットの結婚相手か!」

「貴方は、シャーロットのお兄様ですか?」

「ああ、私がエリオット・アルヴァレズだ、よろしく頼むよ」

「こちらこそ、義兄様」


 アルヴァレズ家の特徴である黒髪に赤眼で、顔立ちはシャーロットの面影があるように見えるのは流石兄妹といった所だろうか。

 身長こそ年相応よりも少し低めで、見た感じからも武よりも文が好きそうな感じがする。

 まぁ、資料通りの感じだった。

 こういうのを見慣れているから、男性としてハードルは高くなっているのだろう。


「それで、何の話をされていたのですか」

「そうそう、それがね、この子達、まだ子づくりをしてないそうなのよ」

「その、母上?それはあまりにもストレートすぎなのでは?結婚したのも昨日のはなしでしょう?」

「でもねぇ、シャーロットはそんなに魅力がないのかしら?若いから初夜なんて朝まで続ける物でしょう?」

「義母様!魅力は十二分にあります、むしろ私には勿体ないくらいです、しかし──」

「天使の様な妹を抱けないとでも?」

「義兄様!そう、そうなんです、天使なんですよ!性交してしまうと堕天してしまうのではないかと心配で!抱きしめるのが精一杯なんです」


 なんと義兄様はシャーロットが天使だと知っていたのだ。

 誰にも知られてはいけないような秘密だと思っていたが、知っている人がいて安心したのもある。

 それはそれで当たり前だったのかもしれない、なんせ家族なのだから天使だなんて知っていて当然なのだろう。

 しかし、天使と結婚しても良かったのだろうか、結婚するだけで堕天する事はないだろうが、何を切欠で堕天するかそのあたりの知識が全くないのだから、家族から聞いておかなければならないのだ。

 そもそも、堕天なんて言葉が人間の空想のものであればそれに越した事はない。


「そうか、わかるか!そうなんだ、妹たちは実に天使でね、視界に入るだけで幸せになるのだ!」

「はい!それ、分かります!手を繋ぐだけで鼓動が早まるのです、昨夜抱きしめたて居た時なんて幸せ過ぎて眼が冴えて全く眠れませんでした。それに前線で負傷した私を天使の御業で治して頂けました。本当に感謝のしようがありません」

「そうか、癒されたか。流石我が妹と言うべきか、天性の素質なのだろうな」

「天性の……つまり、義兄様はいつから天使だと思われているのですか?」

「それはもう、生まれてからだよ」


 昨夜、シャーロットが苦しそうに『以前の様な魔法が使えなくなった』と吐露した。

 魔法が使えなくなったというのは天使の件と関係があるのかと思ったが、あの能力が生まれた時に備わった物の様だ。

 それはそうだろう、人間が天使になれる訳がない。

 だから、魔法の件は何か別の問題があったのだろう。

 あんな能力が公になってしまえば、軍部から強制招集されるのは目に見えている。

 だから今までひた隠しにしていたのだろう。

 だが、それでも九年前の魔法はやむを得ず放った物なのだろう、まぁ、あの時は敵対していた訳だから、隠す必要は無かったのかもしれない。

 その魔法が使えなくなった今、軍部から招集される危険はないと言う事になる。

 よし、これでシャーロットが前線に出なくて良い様になった。

 魔法が使えない事は本人にとってショックかもしれないかもしれないが、私にとっては都合がいい。

 妻を前線に出される夫なんてロクでもないからな。


「──という訳で、妹たちは私の宝なのだよ、って聞いていたかい?」

「ああ、聞いています。成程ですね、天使をお産みになった義母様は大天使様になるのでしょうか」

「あらやだわもうっ、私はただ人間ですわ」

「ご謙遜を」


 ふむ、「もう」って事は『今は人間になった』という事か。

 結婚して子どもができると人間になる。

 なるほど興味深い。

 あまり言葉に出したい訳ではないのだろうから、これ以上の追求は良くないな。


 婚約を許可した事もそうだが、両親がシャーロットを天使だと認識しているのであれば結婚や性交によって堕天する事は無いのだろう。

 最悪でも人間になるくらいだろうか。

 そして、堕天というのは物語だけの話で、実際にはそんな事象はないと考えても良いのだろう。

 性交で堕天するようなら、大天使様が娘の結婚を許すわけがない。

 だから私達は子作りをしても大丈夫なのだ。


 ……あああああああ、だからってあの清い天使を汚すなんて、私には難しいぞ!

 勢いで結婚したのはあるが、それと子作りは別物だ。

 人類にとって宝とも言える、貴重な天使を私が人間にしてしまっていいのだろうか?

 否!私にそんな権利はない!

 そうだ、結婚したからといって手を出して言い訳がない。


「自分のすべき事が分かりました、私は妻となったシャーロットを清いまま大事にします!」


 その言葉に大天使様が少し切れ気味に突っ込んだ。


「王族なのだから、子孫は残しなさいね?」



 尚、この兄が妹を天使だと言うのは比喩であって、種族的に天使だという訳ではない事はアデルバートが知る由もなかった。勿論、母親は大天使ではなく今も昔も人間である。

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