第54話 実家に帰って来た

 ボスッボスッボスッ


 脳内でサンドバッグを殴り続ける音ですが、何か?


 昨晩、所謂初夜を迎えた私達は抱き合って、そのまま寝てしまいました。

 ええ、完璧に熟睡しましたよ。


 折角、せくしぃなネグリジェというのを初めて着たのに、脱がされる事も無かったのです、これはちょっとした屈辱ですね。

 魅力が無かったとかじゃない(と思う)、根本的に相手に性欲が足りていないのでは?と、疑いたくなる。

 そんな事を思いながら、いつの間にか彼の腕の中で熟睡してしまった。


 え?やる気があるなら寝るなって?

 だって、安心感が凄くて睡魔がマッハなのですよ。

 これが抱擁力(物理)というのでしょう。


 脳内で叫びまくり、暴れまくりの奇行を繰り返しているのですが、実際に人目のつくところでこんな事はできません。

 新婚になったばかりなのに、結婚相手の奇行とか怖すぎるでしょう…。


 それは兎も角、現在、実家の自室です。

 そうですね、帰ってきてしまったのです。

 朝になった途端、何かを思いついたかの様に唐突に両親に挨拶がしたいと言って、リアンに乗って移動を開始したのです。

 陽の星が出て直ぐという、日差しが眩しいタイミングでの出発は少し清々しいと思いましたが、移動でバタバタしているので興ざめですよ。

 実家についたのは昼の少し前と言った頃合いでしたが、両親と四人で話して体裁上は承認を得た形になりました。

 その後に両親とアデルバート様が三人で話したいと言うので、私は席を外して自室に戻ったわけです。

 一体何を話しているのでしょうか。当事者である娘に聞かせたくない話なんて、早々無いと思うのですけど、後で聞けば一緒なのにね。


 自室で一人っきり。

 大きなベッドで大の字になってゴロゴロしています。

 おっと、こんな事をするよりも、実家に戻ったら合わないといけない人が居るのでした。

 と、思い出した途端に誰かが部屋に入って来た。


「お姉さま~。お邪魔しますね~」


 ノックも無し入って来たのは、妹のフローレンス。

 見た目だけならわたくしと瓜二つなのですが、運命のいたずらと言いますか、わたくしよりも身長が高くて150cmを超えている。

 つまり、本来のわたくしはこれくらいかもう少し背が伸びている筈なのですよ、って今更覆せない平行世界の自分を想像する。

 姉より背の高い妹なんていないって世界のルールに決めて貰えませんか?神様聞いています?

 それよりも何よりも問題は、ちょっとそれなりに胸がある事が腹立たしいのですよね。ちくしょー。


「邪魔するなら帰ってくださいな」

「そんな邪険にしないでくださいよ~、婚約者を連れて来たのですね。すごく私の好みなのですが、貰っちゃっていいですか~?」

「は?何言っているの?駄目に決まっているでしょ」

「あはは、冗談ですよ~、怒らない、怒らな~い。えいっ」


 少し苛立ちを持って対応していると、抱き着いてきた。

 全く、いつまでたっても子どもなのだから、手がかかって仕方がありません。


 チクッ


 首元に何かが刺さったような感覚。

 体の自由が利かない?毒?殺されるの?実の妹に!?

 あり得ないのですけど!?


「はいはい、神経毒だけど、すぐ良くなりますからねぇ~。暫く喋れないし動けないくらいだから大丈夫だよ~」


 何のつもり?

 まさか、さっき言った事を本当に実践する気じゃ?


 身動きが取れないのを良い事に、わたくしをクローゼットに押し込んだ。

 さらには、ご丁寧に扉をキッチリ閉められてしまった。


 そんな状況でノックと共に部屋に誰かが来た。

 迎え入れるフローレンス、相手はアデルバート様だった。

 聞き耳を立てていると、実は自分がシャーロットだと言い出した。


「そうだったのですか」

「はい、妹がどうしてもというので、入れ替わっていたのです。あの時以来ですね、お久しぶりです」

「ああ、えっと、お久し振りです?」

「どうしたのですか?私の体、気に入りませんか?それなりにスタイルには自信があるのですが」

「はぁ、まぁそれは良いですが」


 なにか二人の会話が噛み合っていない?

 なんとなく、アデルバート様の様子が変な感じがする。

 まさか、妹の成長っぷりを見て、本物じゃないかと信じ始めているとかないですよね?

 ありえ、ない、あえりる訳がない。あっちゃいけない。

 駄目だ、急に不安になって来た。

 わたくしは此処です!

 早く気づいて!クローゼットの中にいますよ!


「よく見てください、妹よりも成長しているのですから、私の方が本当のシャーロットなのです」

「………、あの、手を離していただけますか」

「どうしてですか?本来は私と結婚する筈だったのですよ?」

「えっと、フローレンスですよね?少しおふざけが過ぎていますよ」

「その根拠はあるのですか?」

「ああ、仮に貴女がシャーロットだとしても、九年前に会ったシャーロットは別人ですから」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね……ちょっ、女性の部屋を嗅ぎまわるなんて……」

「ああ、ここでしたか」


 クローゼットが開く。

 満面の笑みをしたアデルバート様が、わたくしを見つけてくれたのだ。

 嬉しい。

 ちょっと泣きそう。


「仮に貴女が姉だとしても、家族にこの様な仕打ちをするのは感心しませんね」

「ち、違うのです、これはこの子が勝手にした事で………」

「そんな訳ないでしょう?シャーロットはこちらです、私が間違う筈がない」

「……その根拠を教えて頂けますか?」

「貴女と手を握ってもドキドキしませんし、耳の形が微妙に違っていたり、他にも差異はありますが、上げていきましょうか?それが九年前のシャーロットと貴女の違いです」


 アデルバート様はわたくしの手をとり笑顔で話しかけてくる。


「やはり本物のシャーロットじゃないとドキドキしないようです。無事でよかった」


 いつの間にか、呼び捨てになっている。

 わたくしも呼び捨てしたい。

 勇気を振り絞って、名前を呼んだ。


「あへるはーと」


 あああああああああ、神経毒がああああああああ!

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