第52話 軍司令部緊急会議

 ハフネット共和国 軍司令部 会議室──


 ここでは首相をトップに軍の関係者が戦略会議を開いていた。

 雰囲気はピリピリとした物で、特に息子が敵に掴まっている首相の機嫌が非常に悪いのは当然の話だ。

 そこに、諜報局の者が知らせを持って現れる。


「クレスウェル砦に進撃していた第四師団、二万五千を殲滅した者の名がわかりました」


 そこで九年前に現れた女神が自分達に牙を剥いた事を聞き、首相は手にしていたペンをへし折って叫んだ。


「畜生めー!」


 軍部では敵の敵は味方という論理で九年前にシャーロットの事を褒め称え、女神とまで称していた。

 彼女が学園に通い始めたという話を聞いて、卒業までに戦争を終わらせなければという思いがあり、この事で軍部は非常に焦っている。

 それは彼女が軍属になってしまえば、とんでもない脅威に成り得るのだから、学生の内に戦果を上げようという話だ。

 そして、その学生の筈の彼女が前線に出て来たというのは想定外の話だった。

 いや、想定外だったというよりも裏切られたという感情の方が大きかったかもしれない。


 彼女に対する戦略は二つ、取り込むか亡き者にするかだ。

 自国の軍部に取り込めれば最高の成果だったのだが、何れも失敗したという話だった。

 首相が息子に任せた事が原因だという者も居れば、そもそも篭絡は脈が無かったという者も居た。

 結局、何もかも失敗に終わった事で、絶望感に支配された軍部としては、これ以上、被害を出す訳にもいかず、攻めあぐねて居るのが現状となっている。


 さらにはフィネガン砦でも彼女の魔法ではないかと言われる現象が発生し、一個小隊が壊滅したという話もあった。実質各砦の攻略は全て失敗という状況にある。

 どんどん状況が悪くなっている中、一つだけ朗報があった。

 アイゼンハワー砦に向けた自爆部隊が敵司令官を巻き込むことに成功したという。

 敵司令官というだけではない、その者は敵国の王太子だというではないか。

 これ以上に無い成果だった。


「戦死者二万八千と王太子の命、どっちが被害が多いかですね」

「王太子の命の方が重いだろうさ、首相、今が攻め時だと存じます、次の先陣には是非私を」


 血気盛んな軍部の第七司令官をよそに、諜報局の者が言い出しにくそうな表情をしていた。

 何を知っているのかと聞き出した所、驚愕する結果だった。


「シャーロット・アルヴァレズが驚異的な回復魔法で王太子を救った………だと……?」


 王太子は魔法も使えるし剣の腕も優れているという。

 唯一の欠点が、女に興味がなく世継ぎが期待できないという点だった。

 王太子さえ殺してしまえば、王族の衰退は目に見えていた。

 だからこそ、確実に葬らなければいけなかったというのに、ここでも彼女が邪魔をする。

 諜報局の話では彼女は回復魔法を使えないという話だっただけに、これでは話が違うではないかと怒り、物に当たる者まで現れた。


 だが、悪い話はそれだけではなかった。

 そう、王太子と彼女が婚姻を結んだという話だ。


「首相、お気を確かに!」

医療班ドクター医療班ドクターを呼べ!早く!」


 会議は一時中断し、全員が頭を抱えた。

 その中、諜報局が悪い知らせだけを持って来ると非難を受ける。


 その事に対して反論をする。

「未確定ながら、アルヴァレズ公爵令嬢をどうにか出来るかもしれない」

「はっ、人さらいでも雇ったのかね」

「詳しくは言えませんが、彼女の周りの人間が全て彼女の味方ではないという話です」

「ふむ、彼女に接触できる草が居るという事か」

「どこまで言う事を聞く草かまだ未知数です」

「それをどうにかするのが諜報局の役割だ、必ず成果を上げろ」


 ◇


 会議室に一人取り残された諜報局の者は舌打ちをした。


 成果を確実に上げれるかはかなり不安だった。

 問題は、いつも以上に慎重な行動を求めるしかない。

 失敗すれば一つの末端を失うだけでなく、他の末端にも影響が出かねない。

 そもそもが、首相の馬鹿息子のせいで貴重な密偵が何人も捕まった上に、ジェンキンス公爵を実質支配していた状態だったのを滅茶苦茶にされたんだ。

 その上、敵の軍務に内通者を潜りこませ、ジェンキンス公爵に王国の暗部を派遣させたのに、それすら撃破された。

 ある意味、暗部の一部を始末できたのは僥倖だったが、この事により彼女の対応能力の高さを思い知らされる結果となった。

 つまり、彼女を排除すると決めたからには全力で行かなければならないという事だ。

 いやはや、まったくもって事態の重さに頭痛がする。


 たかが小娘。

 それが何もかもをぶち壊してゆく。

 計略を仕掛けた先から何もかもだ。


 彼女は一体何者なのだ?


 残っている手駒は限られている。

 財政破綻といった付け入る隙のある公爵家は既になく、経済的な侵略も土台になるような商社はもう居ない。

 思い返せば、奴らは本当に便利だった。

 ジェンキンス公爵は名前を借りて、彼らの領内でれば好き放題にできたし、王都でもかなり融通が利いた。

 グラスナイト商会はもっと便利だった、彼らを通じて資金調達が出来るのと同時に、貴族に貸しを作りまくった。結果、王宮に口を出せる程の勢力にまでに至り、王太子を前線に引っ張りだすことが出来た。


 腰抜けの第二王子に王位を継承させてしまえば、後はどうにでもなっただろう。

 側近に我らの息のかかった者を据えてたら、もはやベリサリオ王国の乗っ取りも完了したような物だ。

 九年も掛けてそんなお膳立てをしたというのに、ここ一カ月で全てが水の泡になってしまった事は最早悪夢でしかない。


 正直に言えば彼女が恐ろしい。

 誰だよ、彼女を天使だなんていった奴は、最悪の悪魔じゃないか。

 さらには物理無効の手段まで用意してやがる。

 そんなのを相手にどうやって殺すんだ……。


「グレイ、まだ会議室に残っていたのか」


 不意に声を掛けて来たのはアールという女性で、かれこれ五年ほどの付き合いだ。

 将来的には結婚を考えているが、潜入といった死亡率の高い任務にあたる事が多い為、早く引退させたいと思っている。

 まぁ、頃合いとしてはこの戦争が終わったらだろうか。


「ダメなんだ、攻略方法が全く思いつかん。王太子の妻に収まった奴を殺すいい方法があったら教えてくれないか」

「良くあるのは、不貞から旦那の信頼を削って、立場を悪くするとかだろうか。噂を流すだけならリスクは低いだろう」

「そんな隙があるだろうか、それをするにしても短期的にどうにかなるものではないだろ?かなり急を要する事態なんだ」

「じゃあ逃げるか?」

「お前と二人でなら、それも悪くないな」


 お互いの意思を確認し、同意を取ったと思ったその時、外が騒がしく何かの異常事態が起きている事を察した。


「何か問題が発生したようだが、いっそこの機に乗じて国を脱出するのはどうだろうか」

「冴えてるね、それで行こう」


 会議室の外の様子を確認すると、叫び声に交じって『ドラゴンが出た』という声が混じっている。

 馬鹿な話だ、そんな絶滅した種がこんなところに居る訳がないだろう。

 だが、それほど混乱しているのであれば都合がいい。


「よし、今の内だ!」

「ああ、グレイ、田舎でひっそりと暮らすのも良いよな!」

「農業でもするか!国外に出たらすぐに──」


 声が詰まった。

 司令部は五階建てで、その最上階に俺達が居るというのに、窓の外からドラゴンがこちらを覗いている。

 そして、ドラゴンの咆哮が俺達を直撃する。


 それは威嚇といった生易しい物ではなく、司令部の建物自体を破壊するほどに、地盤が起伏し俺達の居る場所が崩れ始めた。

 その起伏によって建物全体が崩壊し始めているのだ。

 すぐに天井が崩れ始め、大きな瓦礫が俺達を襲った。

 俺は目を瞑り、最早これまでと諦めてしまった。


 ◇


 その日、突如現れたドラゴンは司令部を含むいくつかの施設を破壊、そして現れた時と同様に忽然と消えた。

 ドラゴンとは神出鬼没な物なのかという議論と共に、実は幻影でベリサリオ王国の者による魔法攻撃だったのではないかと憶測が飛び交った。

 尚、国民に対する発表は、これまでの戦果について善戦により若干押し気味で近い内に砦の一つを落とせるだろうとなっている。

 そしてこの度の司令部崩壊については、敵のテロによる被害だと発表された。


「残虐で卑劣な王国による横暴な行いを赦してはならない!立てよ国民!今こそ、一致団結し悪の王国を打ち倒そう!民主主義の名の元に奴らに制裁を!」


 尚、国民の感情は司令部崩壊の不安をよそに、王国に対する憎しみが増した事で首相の支持率が8%も上昇して42%となった。

 次の選挙の安全権までもう少しだと、口角を上げるフレッチリー首相がそこに居た。


「被害が出たものの、ドラゴンには感謝せねばな。お陰で和平推進派を黙らせる事ができた。フ、ハハハハハハハハハ」

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