第48話 用意されていたドレス
わたくしが騒いだせいでマッサージは中断なってしまった。
少し申し訳なく思っていると、続けてメイクをするといいながら準備を始めた。
メイクの間に着ているのは下着だけだったけど、肌触りからしてかなりの高級品だと思える。
コルセットを付けない代わりのブラがパット入りで胸がほんのり大きく見える。
そもそも余った脂肪が少ない体質なので寄せて上げれないのに、若干のふくらみを感じるとかすごいよね。
でもこれってどうなのでしょうね?
多少あると期待させて脱がしたら真っ平だったとか詐欺だとか言われそうで、少々罪悪感がというかもうありのままさらけ出して、これで不満なら他所を当たれというしかないといく感じだ。
それにしてもこんな高級品、なんというか身の丈に合わない贅沢な話だ。
アルヴァレズ領で姫と呼ばれていた時期でもこんな贅沢はしたことが無い。
というのも、わたくしの貧乏性が原因なのかもしれないが『自分が贅沢するならその分、領民に楽をさせたい』と常々思っていたからだ。
ある時、お父様から言われた事があった。
それは平民と同じ様な服を着て街を闊歩する事への戒めなのか、もう少し贅沢をしろというお達しだった。
お父様がドレスを買ってやると言えば、その分を領地の整備に使って欲しいと嘆願したのが切っ掛けだったかもしれない。
そこには意見の相違があり、「上の者が贅沢をしないと、誰も贅沢出来なくなる」という話と「冬越えの食料もままならないのに、一人で贅沢出来ない」という話の対立は時間がある程度解決してくれた。
わたくしに任せられた領地が王都に比べ寒い気候なのに、わりと農作物の適性が良いのとアルヴァレズ領全体で見れば寒さもマシだったお陰で、村は次第に大きくなり、街と言える程に規模が大きくなった。
それに伴い、わたくしの意見は自然消滅したのですが、そこそこ裕福になった方々からプレゼントという形でドレスを受け取った。
その時に貰ったのがオリアナというデザイナーが作ったドレスだった。
ドレスのデザインも良かったのですが、家族の様に一緒に頑張った人達からのプレゼントというのが嬉しく、涙が出る程喜んだせいでプレゼントを送る事が毎年の恒例行事になってしまった。その行事は『献納祭』と名付けられ、プレゼントされる時に街の全員から拍手と共に手渡されるという、かなり恥ずかしい行事となっていた。その後、着替えてドレス姿を披露して街中を練り歩くのがお決まりの流れとなっていた。
その日と前後の日には街中に多くの出店で賑わい、食べ歩くのもまた楽しみの一つだ。もちろん、食べ歩きは汚れてもいい服に着替えてね。
そういう話もあって、オリアナ作のドレスへの思い入れが強くなり、今では立派なファンとなっている。
これまで毎年(それなりに)成長していたので、古い物は着れなくなっているけど、わたくしの大事な宝物として大事に保管している。妹に上げればいいって話もあるけど、数年前に身長は抜かれているので、お下がりする相手が居ないのだ。
そういう訳で、わたくしが贅沢すると言えば、どのドレスくらいだった。しかも貰い物なので、わたくしは全くお金を使っていない。
下着なんて、どうせ誰にも見られないのだからと、安物で済ませていた。
胸だって成長の兆しが未来に先送りされていたのでブラを買い替える必要もなかった訳だ。
そんな自虐めいた思い出に浸っている間にメイクが始まった。
メイクの担当もミリーが行っているが、そのメイクの最中にジェスが話しかけて来た。
「王都へは使用人を連れてこられたのですか?」
「自分の事は自分でするので、連れてきていませんわ」
素朴な質問かと思ったけど、本当の意味は『アルヴァレズ公爵家は使用人も連れてこれない程貧乏なのですか?』と聞いているのではないかと深読みをしてしまった。
ただ単にわたくしに恨みを持った者による被害を最小限にしようとしただけで、別に貧乏なわけじゃないと言い訳をしたい所だけど余計な詮索をされそうで言い出せない。
「お若いのにご立派ですわ。娘のジェシカも見習ってほしい程です、未だに料理の一つも覚えないのですよ」
悩みを吐露するように言うジェスに対して口数の少ないモニカが口を開く。
「ジェシカは大丈夫。機会があればしっかりやる」
「モニカはジェシカと仲がいいの?」
モニカはコクリと頷く。
「モニカがそういうなら娘の評価を上げなきゃだわ」
こんな話の流れになった事で、ジェスの言葉を深読みしてしまった事が恥ずかしくなった。この人達は本当に敵対心は無いんだ……無いよね?
無いと信じたくなった。この時くらいから、彼女達を信じてもいいかもしれないと思う様になった。
そんな話が途切れた頃合いでメイクが終わった事を、ミリーが告げる。
「これ位でいいでしょう。あまりメイクの必要がなりませんね、素顔でも十分可愛らしいですから」
「そうねぇ、むしろスッピンでも良かったのではと思う程ですね」
「ですが、少し口紅を塗る位はした方がより可愛いですよ」
「そうね、確かにそうね、うん、いい出来じゃない」
勝手に品評会が始まり、わたくしが会話に割り込むには化粧の知識が足りなくて少し早いかと思われた。
それから採寸を経て、ドレスを着せられた。
普段着るようなスリムなものではなく、正式な場に出る様なスカートが末広がりになった…悪い言い方をすれば暑苦しいタイプです。
これを何着も着て、極力サイズの合う物を探すという作業に入るのだから、着たり脱いだり着たり脱いだりする工程を考えると眩暈がしてきた。
そんな懸念もなんのその、一着目がぴったりのサイズだった。
「ピッタリという事は採寸済みだったのですね」
ペイジの一言にビクッとする。
どうやってこのドレスのサイズを知ったのか。どこから情報が漏れていたのかと勘繰ってしまう。いや、こんな些細な事でアデルバート様に疑問を持っては失礼だと、この詮索を破棄した。
と言っても、ぴったりなのは本格的なコルセット無しでの話、この国では十分成長して結婚を望んでいて、相手が居ないという所謂、婚活中の女性がコルセットで胸を押し上げて豊に見せ、胸元も見える様なドレスを着る。何か、はしたないよね。
胸元を見せるのは婚活中の証とされ、胸も大きければ大きい程良いという風潮があるとか聞いた。勿論それは舞踏会やお茶会での話で、それらは大体の場合は婚活パーティーを兼ねている。ちなみに、謁見の間でそんな恰好していると摘まみだされるらしいです。
婚約が成立したり結婚した人からその手のドレスを着る必要は無くなるが、着るか着ないかは本人次第なので、そういうドレスを着ているから全員婚活中なのだと思うのは危険だとか。
とはいえ、噂話をちゃんと聞いていれば、誰が結婚したとか婚約したとか情報はちゃんと流れてくるので、間違える方が悪いという見解になる。まぁそういう情報収集の会話自体も、社交って感じですよね。
わたくしはもう結婚してしまったので、その手のドレスは必要無くなった、というか縁が無かったと言える。
いやぁ、残念だなぁ、着たかったよ、胸を誇張して「肩が凝りますわ~」なんて、言いたかったよねぇ~。
嘘です、自虐です。
というか、アデルバート様はコルセットを必要としない所まで想定内だっとか?まさかね。
それに用意された服のデザインは好みの物で、オリアナの作品を彷彿とさせた。
オリアナの作品は全て公開しており、そのどれでもない以上は真似たデザイナーの作品か、特注でオリアナが作った物という可能性が出てくる。
ちなみに、オリアナの作品には胸元を出すような服はなくて、大人の服も作っていない。つまるところ、婚活前までの女性をターゲットにしているという事になる。
「えっと、他のドレスも着てみますか?」
「いえ、これにします」
このドレス、この時期に着るものではなく正直言うと暑い。
他のドレスもそうなのだが、もう少し先の涼しくなってきた頃用の物ばかりだ。
ただ、王宮内ではこれが普通で貴族はみんなこういうのを我慢して着ていると言う話だ。ちょっとした虐待だよね。
後でこっそり、クールクロースでも縫い付けようかと考えた。
手持ちがあるので出したい所ですが、何もない所から出すのも不自然なので、今する事ではない。
後で彼女達にクールクロースを渡して、部分的に付けてもらった方が良いかもしれない。宣伝にもなって一石二鳥だ。
それにしても暑い。
はやく、涼しい季節になってほしい。
自領の事を考えれば暑い期間が長く続いた方が、売り上げが増えて良いのか。
ままならないね。
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