第45話 謁見の間の断罪からの逃亡

 ルーカス・ベリサリオ第二王子視点──


 シャーロットが謁見の間を立ち去ると、兄上が不機嫌な表情をして剣を私の眼の前に突き立てた。


「さて、ルーカス。お前はには最後にチャンスをやろう」

「なんですか、兄上が慈悲なんて珍しい事もあるのですね」

「私と決闘しろ、生死をかけた決闘だ、勝った方が王位を継承する」


 最後とはどういう意味だ。

 だが、今となっては王位継承は私に決まったのではないかと思っている。

 何せ貴族や王国民から圧倒的不人気のシャーロットを妻に迎えたという事は、兄上は継承権的には圧倒的不利な状況にある。

 父上だってそれが分かっている筈だ。

 いままでシャーロットが婚約者だったせいで継承権は諦めていたが、これからは違う、私の時代がやってくるのだ。


「ははっ、御免蒙ります、兄上は自分の立場が分かっていないのではないですか?」

「どういう意味だ」

「今や継承権第一の王太子の座は私の物ですよ、シャーロットを妻にした時点で確定しているのです!ふははははは!」


 父上は実に残念なまでシャーロットを恐れていた。

 恐れていたからこそ長男ではなく、次男の私を婚約者としたのだ。

 それは、王家がアルヴァレズ公爵家に乗っ取られない為の最後の抵抗であり、ささやかな復讐でもある。

 父上はその事を私に話し、謝罪した。

 争う余地もなく継承権を無くした事にたいしての謝罪だ。


「そうでしょう、父上!兄上にハッキリ言ってやってください!」

「そ、そうじゃな、そういう話も以前はあったな」

「陛下?ハッキリ言ってください。現在においてシャーロット姫が継承権に影響するか否か」


 父上のしどろもどろとした挙動に一抹の不安を感じる。

 今になって撤回なんてされたら、絶望的じゃないか。

 そういえば、先ほど父上は兄上に脅されていた。

 もはや立場が兄上の方が上だという事になっているのではないだろうか。


「その、つまり、だからだな、以前はそうだった、だが今は───」

「父上!父上は国王陛下なのですよ!威厳ある国王陛下が恫喝されてどうするのですか!」

「う、うむ、そ、そうじゃな、ならば──」

「おい!」「陛下?」

「ひぃぃぃぃ!」


 しまった!兄上だけでなく、お爺様まで恫喝に加わってしまった。

 一瞬はこちらの味方になりかけたのに!


「知らん!もう知らんのじゃ!決闘でもなんでもするがいい!」

「お許しがでたな、お前もそれでいいな?」


 良い訳がないだろ!兄上は年上で実践経験済み、魔法だって使える。

 私は(自称)知略派だから、決闘で勝てる訳がないだろ!

 あ、ああ、そうか。

 そうだな、ならばそうするしかないな。


「わかった、だが決闘は力量差がありすぎる、ハンデをくれ」

「では、剣を二本やろう」

「それ、ハンデにならないから!二本も扱えないからね?」

「では何がいいんだ」

「兄上は一歩も動かないというのはどうですか?」

「ああ、それくらいはいいぞ」


 ようやくロープから解放された、長かった。

 本当に長かったよ。

 動けないなら振り向く事も出来ないだろう、ならば背後から一撃じゃないか。

 せめてもの情けで命だけは取らないでやる。

 ふははははは。


「それでははじめー」


 お爺様のやる気のない合図により決闘が始まる。

 最初は正面から対峙していたが、じりじりと横移動し背後にまわった。


「覚悟おおおおおおお!」


 カキィィィィン


 剣が弾かれ天井に突き刺さった。

 咄嗟に後に下がって難を逃れたが、そのまま突進していれば首が飛んでいたかもしれない。

 ヤバイ、一発で終わると思ったのに、そろそろ限界だ。

 私には時間がない。

 不快な冷や汗が滴り落ちる。


「衛兵!剣を寄越せ!」


 衛兵は片膝を地に着いて剣を捧げた。

 まるで王になった様な感覚で、すこし気分がいい。

 やはり王太子にはこの様な礼儀が必要だな。


 次の一撃で決着をつける。

 じゃないと、俺のプライドが決壊する。


「死ねえぇぇぇぇ!」


 カキィィィィン


 二本目の剣が弾かれ天井に突き刺さった。

 マズイ、本当にマズイ、これは一旦休戦を提案するしかない。


「兄上!この場は一先ず休戦にしよう!」

「別に良いが、何を焦っているんだ?」

「すぐ戻るから、待っていてくれ!」


 私は全力で走った。

 走りながら考えた。

 戻ったところで、勝てるだろうか。

 無理だ。


 ならどうする?

 逃げるしかねえ!


 一旦トイレに逃げ込んだ。

 後ろから衛兵が追いかけて来たが、兄上の目入れに従って追いかけて来たのだろう。

 さすがに中までは入ってこない。


 一晩我慢して限界まで溜め込んだ水分を輩出する。

 本当に危なかった、支援してくれていた貴族達の目の前で粗相をしてしまえば、全てが終わっていた。

 勝負はお預けだ、とはならないだろうが仕方がない。

 いつか表舞台に戻って来るまで、せいぜい王太子の座に座っていればいいさ。

 窓から逃げ出す事にした。


 正直、叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 全てはシャーロットのせいだ。

 アイツさえいなければ、ここまで酷い事にはならなかった。

 どこまでも私の人生の邪魔をする奴だ。

 いつか絶対、息の根を止めてやる。


 窓から外に出て、足が地面についてやっと気分が落ち着いた。

 後は支援者の所に身を隠すだけだ。

 どの貴族が良いだろうかと考えたその時だ。


「慌てて何処に行くつもりだったんだ?」


 背後から兄上の声が聞こえた。

 釈明をするつもりで振り返った途端、目に激痛が走った。


 左目あたりを縦に切られた。

 そこまでするかという想いと同時に、激痛で叫んでしまった。

 この時、何と叫んだのかは覚えていない。

 残虐で冷酷な兄上が悪魔の様に微笑むその姿を見て死を覚悟する。


 その後は出血と痛みにのたうち回ったくらいで死なずに医務室に運ばれた。

 手当をされたが、左視力を失い、顔の傷も残ったままになってしまった。


 それからは自室に軟禁され外に出れない生活となった。

 何がいけなかったのかを考える日が続いた。


 この時のルーカスは既にシャーロットやヒナノの事は考えないようにしていた。

 彼女達との関わりを忘れる事で、全ての失態は無かった事になった。

 これは自己暗示による、記憶欠落だった。


 ルーカスの知る限り、自身には失態に当たる記憶が一切ない。

 あるのはヴァイオレットとの関係だけだ。

 彼女しかいないと考えた彼は、どうして会わせてくれないのだろうかと考える。

 いつまでこの部屋に軟禁されなくてはいけないのか。

 いつしか自身を悲恋の主人公に見立て、自らの殻に閉じこもる。


 せめて、彼女が貴族であれば良かったのに。

 それとも、私が肩書なんて捨て平民になれば…。


 いっそ、王国なんて…。

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