第44話 謁見の間の断罪 後編
大空の移動は緊張のあまり、気が付けば王宮に辿り着いていた。
二人っきりでの移動、それは実質デートなのかもしれないと思うと途端に緊張で体が硬直し始める。
その結果が”ただ移動しただけ”という事態に自分の不甲斐なさを感じた。
ああ、もうっ、わたくしは何しているのっ、もっとしっかり楽しまないとっ。
そんな事を考えていても時は遅く、王宮内も移動が終わり、謁見の間の前に辿り着いてしまった。
自ら反省せざるを得ない状態に落ち込んでいると、アデルバート様が握ったいた手に力が入った。
「シャーロット姫、落ち着いたら、改めてデートしたいのですが、お付き合い頂けますか?」
「はいっ、喜んでっ」
「あ…、アルヴァレズ家に挨拶に行くのが先かもしれませんね」
「それは後でも良いと思いますっ、デートっ、デートをしましょうっ」
「ははは、わかりました。必ず行きましょうね」
サイラス様と市街地に行ったのはあれは実質デートではなかったですからねっ。
マーティン様と街に行ったのも時間を潰しただけで、デートではありません。
つまり、初めての純粋なデートですよ。
楽しみです……。
トラブルが起こらなければ良いのですが…。
◇
謁見の間に入ると、二回目の時よりも状況はより悪化していた。
端的に表現すれば、全員雑魚寝していた。
いい身分の筈の貴族達、先王様にお爺様、国王陛下に第二王子まで。
第二王子のルーカス様だけはロープでぐるぐる巻きの拘束された状態のままなので、可哀想な状況となっている。
よく見ると、アナベル様とビアンカ様が居ない。
流石に女性が男に混ざって雑魚寝ってのはないので、当たり前の事だと思った。
「陛下、起きてください」
アデルバート様が、軽蔑したような表情で国王陛下を起こした。
酒瓶を抱きしめて寝ている親姿なんて見たくないのは分かる。
ですが、それはどれだけダメな人間であっても国王陛下です。
多少は優しくしてもいいのではと思わなくもなかった。
あえて陛下と呼ぶ当たり、ここを公式の場としているのかもしれない。
「お、おお、アデルバートか、帰って来たのだな、無事でなによりだ」
「無事、砦を守り切りました」
「ご苦労であった」
「それで、報告があります、私はシャーロット姫と結婚します!」
「うむ、そうかそうか………、ん!?いまなんと言った!?」
大いに驚かれる国王陛下の真後ろから寝起きをたたき起こされて不機嫌な先王様が現れ、陛下を羽交い絞めにした。
「あー!うるせえーな、まだ反対してやがるのか、このバカ息子が!」
「父上、ですがこればかりは」
「アデルバート!現王が結婚に反対した場合はどうする?」
「はっ、今この場で王位を奪うまで、この事はお婆様からも許可を得ています!」
「儂も許す!」
アデルバート様はわたくしが渡した手紙を見せ、証拠はここにあり!とばかりに陛下に見せつける。
ただ、わたくしが覗き見ようとすると、さっと仕舞ってしまった。
頑なに見せようとしないあたり、何が書いているのか本気で気になってくる。
でも、今、聞き出したり、手紙を奪う様な事は出来ないので、一旦保留した。
「父上ー!」
「ふはははは、斬るならひと思いに斬ってやれ!今なら逃げれないし抵抗もできまい」
「わかった!!わかったから、もう、結婚を認める。認めるから剣を収めよ」
アデルバート様が剣を鞘に納め、わたくしを抱きしめながら言った。
「シャーロット姫、ついにお許しが出たぞ」
「はいっ、ありがとうございます‥‥…、義父様」
「ああ……、もうどうにでもなれ……」
そこで全てを見守っていたお爺様が動いた。
「お爺様…」
「シャーロット、良かったな」
「はいっ」
穏やかな表情で頭を撫でてくれた。
いつものことだけど、お爺様に撫でれるのは何か落ち着く。
それはそれだけ、好きだという事なのかもしれない。
お爺様はアデルバート様を見つめ、頭を深々と下げる。
「シャーロットの事を頼んだぞ」
「お任せください、義爺様」
そのまま出ていくお爺様、自領に戻るのでしょうか。
次に第一魔術師団の師団長、バイロン伯爵が立ち上がり退出しようとする。
その去り際「幸せになりな」と呟いた。
最初は天敵だと思っていたこの人が、味方になるなんて思いもしなかった。
その事に深々とお辞儀をするしかなかった。
「ところで、どうしてみなさん、ここに雑魚寝をしていたのでしょう?」
些細な疑問を口に出したところ、それに応えたのはルーカス様でした。
「シャーロットが帰ってくる前に勝手に出た奴は殺すと、お婆様が宣言したせいですよ」
そのルーカス様ですが、未だに拘束され身動きがと取れない状態にある。
その額には汗が浮き出ており、小刻みに震えていた。
「姫、コイツが何したか教えてくれないか」
「えっと…、要約すると敵の主力が来ている砦で戦果を上げなければ、和平の為に隣国に明け渡す、でしたっけ?」
「何のことだ……、もう忘れたな」
「その上、隣国の首相の息子に言わせれば、奴隷として扱うと」
「それは、私が言った事ではないだろ」
「だが、それを分かって渡そうとしたのだろう?」
アデルバート様に殺意を感じ取れる程に、場がピリピリとしていた。
「知らん、それはシャーロットの妄言だ」
「なぁ、お前、トイレに行きたいのだろう?」
「な、なぜそれを……」
「夜通し縛られたままでは、トイレに行けなくて辛いよな」
「わかっているなら、縄をほどいてくれよ!シャーロットでもいい!」
んん?どうしてそこで、わたくしに助けを求める?
この人にはプライドすらなくなっているのでしょか。
「おいおい、義姉に向かって呼び捨てか。今やシャーロット姫は、私の妻で王太子妃となったのだぞ」
「ぐっ」
「ほら、なんて呼ぶべきなんだ?」
「シャ………シャーロット義姉様………、ああああ、くそっ、屈辱だ!」
というか、先王様とも似たようなやり取りしていませんでしたっけ?
何度も呼び捨てに戻るという事はそれほどまでに嫌われているのですね。
ですが、呼び方ひとつで屈辱だなんて程度の低い人ですね。
そんな事より、王太子妃となったって事は結婚が成立したという事に改めて実感が湧いて来る。
書物上の空想世界では色んな手続きがありますが、この王国ではそういう物はなく、本人達が結婚する意思があり親またはその代理者が認めれば、それは正式な婚姻が成立する。
その後、貴族名簿に記されたり、記念パレードを行う事もあるが、あくまで大事なのは口頭での承認だった。
といっても、九年前の事を考えればパレードが行われる事は無いでしょう。
そんな事はお構いなしと、ルーカス様への断罪は続いている。
「姫、コイツをどうしましょうか」
「同じ事を仕返すなら、隣国に奴隷として……」
「ひっ、じょ、冗談だろ?この国の王子だぞ!?お前ごときに出来る訳が──」
「お前とか言うな『シャーロット義姉様』だろう?呼び方忘れるな、愚弟がっ」
「アデルバート様は、ルーカス様には厳しいのですね」
「当たり前ですよ、九年間も姫の婚約者であり続けた上に、私の最愛の人ををこのように扱われたのです、どちらも同じくらい許しがたい、世間が許すならこの場でぶった切ってやりたいぐらいですよっ」
「そんなっ、最愛だなんてっ」
照れちゃいますね。
「衛兵っ」
「はっ」
「姫を私の部屋にお連れしろ、丁重にな」
「あの、アデルバート様は?」
「少し先に行っててもらえますか。少し愚弟に躾……お話をしてから行きますので」
「わかりました」
何をするのか見たいという気持ちはありますが、アデルバート様的にもあまり見せたくないのでしょう。
わたくしは大人しく部屋に行く事にしました。
これはこれで、良かったのかもしれません。
なにせアデルバート様の部屋に入るのに緊張します。
一人で入るだけでも胸の高鳴りが抑えきれないというのに、二人となるとどうなってしまうのでしょう。
絶対、神経が持ちませんね。
◇
部屋に入ったものの、さすがに男性の部屋で横になるという訳にもいかないで、椅子に座り大人しく待つ事にした。
しかし、時間の経過と共に我慢できなくなっていく。
ベッドや枕にアデルバート様の匂いが残っていないかが気になっていた。
昨日はあんなに抱き着いたのに、頭がいっぱいで匂いを嗅ぐ余裕がなかった。
この先も、直接嗅ぐような余裕ができるとは思えない。
だから、ちょっと嗅いでみようという考えに至った。
枕に顔を近づけ、触れないギリギリまで接近し、匂いを吸い込む。
シーツや枕からは洗い立ての匂いがした。
陽の星の匂い、それその物は好きでも、今求めているのはそれではなかった。
それも当たり前、ここしばらく当人は砦の方に行っていたのだから、その間に洗われたのだろう。
この国の王太子なのだから、メイドがマメに洗われてもおかしくはない。
少し残念に思いながらベッド横のテーブルに目をやると、テーブルの天板の下に小さな棚があり、そこには一冊の本があった。
その本を手に取り確認するとアルヴァレズ領について記された本で、随分古い感じがする上に、くたびれ具合から何度も読み返している様に思えた。
その中には似顔絵入りでアルヴァレズ家の各個人を説明しているページがあり、栞はわたくしのページに挟んでいる。
お爺様の事を公国の最後の公王と表記しているので、公国が王国に吸収されてから作られた本だとわかる。
他は植物の事、気候の事、月ごとの平均気温、動物の生態系といった色々な事が書かれてあり、わたくしですら知らない事も含まれていた。
これってもしかして身辺調査でしょうか?
何か見てはいけない物を見た気になり、元の位置にもどした。
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