第42話 天使の羽根
シャーロットが最後の砦にたどり着いた時、既に戦闘は終了しており、司令官であるアデルバートは指令室で寝入っていた。
外にも怪我人は沢山いたせいで、殿下の容態が不安になる。
嫌な予感が当たってしまった。
副指令に案内され、指令室に入ると、目に入ったのは苦しみながらも寝入っているアデルバートだった。
暫く二人きりにして貰える事になったが、治療魔法を覚えていないせいで何もできない。
せめて、見様見真似で祈祷式の回復を試みるが、世の中、そう簡単に使えたら苦労はしない。
自然に涙があふれてくる。
これは無力な自分が嫌になったせいだ。
だが、声を出して起こしてはいけないと、祈りを続ける。
不意に、このまま死んでしまうのではないかと不安になる。
せっかく婚約破棄してもらったというのに、こんな事はあんまりだと思った。
誰でもいいから、助けて、そう思った時だ。
『祈りで回復を行うには魔法が使えなくなる代償がある』
どこからともなく声がする。
周りを見るが何処にも居ない。
だけど、その声には聞き覚えがあった。
「それでも構いません、今、治療ができるのであれば魔法なんて捨てましょう」
『だが、祈りを使う事で人のそれから外れる、ただでさえ
「構わないと言っているのです!さっさと方法を教えなさい!」
『分かった、祈りと共に背中の違和感がある場所に魔力を流し込んでみるがいい』
魔力操作には自信があった。
背中の肩甲骨のあたりに違和感がある。
そこにありったけの魔力を流し込むと、ドレスの背中がまるで紙を破るかの様に引き裂かれ、巨大な羽根が現れる。
まるで天使の羽根の様だが、あまりにも大きいため、翼と言った方が正しいと思った、だが、それにしても大きすぎる…。
『神を信仰しない代償として魔力を消費する、後は主の想いをぶつけるだけだ』
その言葉を残して、その声は聞こえなくなった。
魔力量なら自信がある。
治療ができるとわかれば、それに全力に当たればいいだけだった。
後先も考えず、魔力を背中に集中させ、負傷が治る様に祈る。
アデルバート様が居ない人生なんて嫌だ。
目を瞑って祈るものだから、どれくらい続ければいいのか見当がつかない。
途中でチラ見して中途半端な治療になってしまっては問題だ。
この時、何故かご先祖様のお墓に冥福を祈った時の事を思い出す。
あの時も、いつまで目を瞑っていればいいのかと、周りをチラ見した物だった。
そんな縁起の悪い回想を払拭し、聞き耳に集中した。
物音がすれば、きっと頃合いなのだと決めた。
この時、わたくしは見てはいなかったが、魔力は羽根を通り光の粒子となり負傷者を包み込んでいた。
対象はアデルバート様だけに留まらず、壁を越え周辺にいる負傷者にも作用していたとも聞かされた。
長い時間が経過したかと思った。
そろそろ、魔力不足の兆候とした感覚が訪れて来た頃、シーツが動いた音がした。
恐る恐る目を開けると、そこには負傷が癒えたアデルバート様が半身を起こして、こちらを見ている。
いつの間にか、頬を伝っていた涙に今頃気づいた。
治った嬉しさのあまり、抱き着いて泣きじゃくってしまった。
「シャーロット姫、泣かないでください」
そう言われ、袖で涙を拭き取ると、目と目が合い、そのまま唇同士が重なった。
九年間の想いがやっと報われた気がした。
これまでの苦労も全て、この時の為に会ったと思う。
その事が思わず口に出てしまった。
「嬉しい」
もう絶対離さない。
そんなつもりでまた抱き着いてしまった。
こんなタイミングで、勢いよくドアを開け、副司令官が入ってくる。
「アデルバート司令官!みんな……、みんな、傷が治っています!奇跡です!」
そういって入って来たばかりの副司令官が「失礼しました!」といって出て行ってしまった。
抱き合っている事に、気を利かせたのだと思った。
「シャーロット姫?」
「はい、アデルバート様っ」
「本物………です…か?」
「はいっ」
嬉しさを前面に出して肯定したのですが、わたくしの偽物がいるのですか?
それを確認するというのは、ムードを読まないにも程がありますからできません。
そんな疑問よりももっと大事な事があった。
「この手紙をお読みください」
「お婆様から?」
「はい」
その実、中身を知らないので、気になって仕方がないのですが、覗き見るというのはマナー違反であり、はしたない行為です。
仕方なく椅子に座り、アデルバート様の表情を観察していると。
赤くなったと思えば、頭を抱え始めました。
「何が書かれていたのでしょうか?」
「い、いや、婚約破棄の事だ、うん、それ以外には大したことは書かれていないぞ」
「そうですか」
「九年前はすまなかった。代役として行った事を正直に打ち明ける事が出来なかった」
「もう、過去の事ですよ。気にしていません」
なにかわたくしを直視できない理由があるのか気になりました。
キスをして頂いただけで、何も言葉にしてくれない事に少し、じらされている感じがします。
「何かご迷惑な事をしたでしょうか」
「ちがう、そんな事は全くない、その、嬉しすぎて頭が整理できていないんだ」
「わたくしも、お会いできただけで幸せでございます」
「シャーロット姫はルーカスの事を諦めきれるのだろうか」
「九年前に会ったのは別人だと顔を見た瞬間に分かりましたから、少しもトキメキませんでしたよ」
「どうやって見分けたのですか」
「その、ホクロの位置とか耳の形とか、見える範囲を全ての脳裏に焼き付けたので……えっと、気持ち悪いですか?」
「いや、そん事は無い、とても嬉しいよ」
「じゃあ……」
「ああ……結婚しよう」
「はい」
そういって、またキスをした。
その最中に気付く。
婚約じゃなくて結婚?
「ああ、あ、あの、結婚ですか?婚約ではなくて?」
「嫌かい?」
「嬉しいのですが、突然すぎて…」
「だったら問題は無いよね」
「問題ですか……、もうあの頃と違って魔法が使えなくてもいいのでしょうか」
「それの何が問題なんだ?」
「いえ、あとは、その、わたくし、こんな子どもみたいな姿ですが……」
「それくらい待つよ。結婚は形式的な物として受け取って貰っても構わない、というか、誰にも取られないように私が独り占めしたいから結婚したいんだ」
それは私のセリフですよっ、という前に、そこまで言われた事に脳内が沸騰して言葉が出て来なくなってしまいました。
どうにか絞り出そうとした結果が…。
「はい」
この一言だけだった。
このあと、抱きしめ合った所までを覚えている。
それと同時に気を失ったのは、魔力を使いすぎた事と、朝食以来何も食べていなかったせいだ。
あと、緊張の糸が解けたというのが一番の原因なのかもしれない。
兎にも角にも、この時がわたくしの幸せの絶頂なのだと思います。
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