第41話 アデルバート

 アデルバート・ベリサリオ第一王子視点──


 私は砦で治癒師に治療を施されながら、過去を振り返っていた。


 シャーロット姫と初めて会った九年前、ルーカスが駄々をこね、王族らしからぬ姿を晒していた。


「みんな僕がきらいなんだ、あんな殺人鬼と会いたくない!僕は絶対いかないからっ、うわーん!」


 泣いて、暴れて、鼻水を垂らし、婚約を拒否するルーカスをみて情けなくなる。

 私の印象は彼とは真反対で、五歳でありながら大魔法を駆使できる才能に憧れにも近い感情を持っていた。


「それなら、私が行ってこようか?」


 その一言は私がそうしたかったから出た言葉だった。

 だって、歳も近く魔法に長けた人なんて周りには居ない、会ってみたい、魔法のコツを教えてもらえたら最高だ。

 そんな下心にも近い物があった。


 それが会ってみればどうだろうか。

 見た事も無い色の髪、見た事も無い目の色をした大人しそうで可愛い少女に一目惚れした。

 一目惚れしたというのは後になって気づいた事で、会った当時はただ、何かが胸に突き刺さり、衝撃を受けたという感覚だった。


「お爺様達は、忙しいみたいですから、お庭に行きましょう」

「うん」


 手を取り合って庭に行く最中、何もしゃべれなかった。

 女の子と手を繋ぐのも初めてで、柔らかい手の感触に夢中になっていたのは何だったのか理解できていなかった。

 それから、アルヴァレズ領の話と王都の話を交互に話し合った、気づけば帰る時間になっていた。


 最後に婚約について嫌じゃないのかと聞くと、「全然嫌じゃないよ」と答えが返って来た。

 それは好きって事かと確認すると少し頬を赤らめ、笑顔で「うん」と返ってくる。

 私も好きだと言うと、「嬉しい」とその日一番の笑顔を見せた。

 この時の、笑顔が今になっても忘れられなかった。


 王都に帰ってから、年の近い女の子の手を握る機会はあったが、あの時の様な感覚に巡り会う事は無かった。

 それからの九年間、婚約者候補が現れる度に断り続け、いつしか女性に興味がないのではと噂されるようになった。

 お陰で、剣術や魔術の訓練に明け暮れる事ができ、それなりに上達した。


 そして、ルーカスを恨む様にもなっていた。


 あんな奴が、どうして姫の婚約者なんだ。

 どうしてそれが、私じゃないんだ。


 その事を使用人の一人に吐露した事がある。

 その者は「そうですか」と一言残した、立ち去った。

 後で知ったが、その使用人はルーカスとして生きていたサイラスを毒殺しようとしたらしい。

 その後、使用人が死体で発見されたが、それからもサイラスを毒殺しようという動きは止まらなかった。

 時間はかかったが、その手の輩を処分するのに手を尽くした。

 それはサイラスへの贖罪でもあった。


 だが、そのサイラスにも困ったものだった。

 姫とよく会う様になってから、自ら婚約破棄を口に出しそうになった時は焦った。

 その事はルーカス本人から言うべきでサイラスが言うべきではなかったからだ。

 魔法を駆使して妨害をしたが、問題はその時の相手、ヴァイオレット・バトラー公爵令嬢だ。

 彼女を連れ去る時、姫と目が合った。

 胸が締め付けられそうになった。


 ルーカスが婚約を破棄すると口にするのは明白だった。

 だから、そうなる前に私が姫と会う訳にはいかないのだ。

 その時が来たらすぐにプロポーズをしよう。

 そう心に決めて、その場は立ち去った。


 その為には、ルーカスの動向を知る必要があった。

 バトラー公爵令嬢にはルーカスの元でメイドとして働いてもらい、情報をリークしてもらう約束をした。

 彼女からは行動に制約はあるかと確認されたが、好きにしろと言い放った。


 それから、ルーカスが学園に通うという情報が入って来てすぐ、この戦争に行く事になった。

 その為、姫やサイラスとの関係がどうなったか、非常に気になって仕方がなかった。


 そして、今となっては、これは天罰なのかもしれないと思う様になっていた。

 戦況は終始有利に運んでいたのに、敵兵の自爆攻撃を受けてしまった。

 咄嗟に魔法で障壁を展開したものの、幾人かの人命と自らの右半身をやられた。

 右半身を酷い火傷を折ってしまった結果、右腕と右目があるべき機能を失った。

 その直後、幸いな事にどこかの砦で敵が大敗を喫したという情報が入ると同時に、対峙していた敵は撤退した。


 だが、こんな負傷をした姿を姫が見れば幻滅してしまうだろう。

 姫と結ばれない運命だったのであれば、生きて行く価値は無い。

 九年前に戻って、入れ替わりの話をしてさえおけば、こんな惨めな事にはならなかったと悔しくなる。


 複数人居た治癒師は頑張ってくれているが、今にも傷で命を落としそうになっている者が居る以上、自分を先に治療する訳にはいかなかった。

 次第に、魔力が限界に達してしまい治癒師が倒れる。

 その中、最後の一人の治癒師が頑張って私を治療しようとしてくれるが、火傷が少し治療されただけだった。

 火傷の具合から考えれば、安静にしていれば、生きながらえる事が出来るかもしれない。

 そんな事を治癒師に言われたが、生きながらえる事に意味はあるのだろうかと考えてしまう。


 どうしても悪い方向に考えてしまうのはかなり危ない状態になっているのかもしれないと、少し眠る事にした。

 焼けただれた肌の痛みで寝つきがかなり悪かったが、次第に意識は薄れていった。



 ◇



 温かい。

 暑い時期だというのに、包まれるような温かさに意識が少し戻ってしまった。

 もしかすると夢の続きかもしれない。

 薄目を開けると視界の中に、彼女が居た。

 やはり夢だ、間違いない。


 本当に末期症状だと思った。

 どれだけ好きだとしても、これはあり得ないと断言できる。

 なにせ、温かい光に包まれた彼女の背には白く大きな翼があった。

 その翼は天使の様に自身を包み込む程度の大きさではない、もっと大きく、自身の何倍、いや、十倍はあっただろう。

 この広い指令室が狭く感じる程の翼は神々しくもあり、これは天使のお迎えが来てしまったのだと悟ってしまった。

 その天使が姫とうり二つなのはなんと素晴らしいサプライズではないか。

 彼女は涙を流し、祈りを捧げていた。

 私には何が悲しいのか分からない。


 私が上半身を起こすと、抱きしめて来た。

 ああ、なんて幸せなのだろう。

 小さな姫が私の胸元で泣きじゃくる。

 きっと、死んでしまった事を悲しんでくれているに違いない。

 最後に欲が出た。

 天使にこんな事をしては地獄に落とされるだろうかと心配したが、それは甘んじて受け入れるしかない。


「シャーロット姫、泣かないでください」


 その一言に、泣くのを止めて目をこすり目と目が合った時、自然と唇同士が重なった。

 やってしまった。

 これで地獄落ちは確定したと思っうと同時に、彼女の背にあった翼が霧散し、跡形もなく消滅した。

 しまったと思った、天使はキスをすると人間になるとか御伽噺にあったのか記憶をひっくり返して探した。

 その記憶が見つかる前に、目に入ったのは姫の反応だ。

 姫は唇を両手で抑えなが顔を果実の様に赤く染め、つぶやいた。


「嬉しい」


 そして、また抱き着いてきた。

 天使の翼を奪った罪悪感も、本人が嬉しいというのであれば良いかと思った瞬間、勢いよくドアを開け、副司令官が入ってくる。


「アデルバート司令官!みんな……、みんな、傷が治っています!奇跡です!」


 いや、これ、夢だから、お前は出てくるな。


 せっかく、姫の様な天使と二人きりで熱い抱擁をしているというのにどうして邪魔をする。


「こ、これは……そ、その、失礼しました!」


 何を急いで出て行ったのかと思えば、姫の背中がばっくりと裂けていた。

 ドレスが台無しになったとは思ったが、翼が生えていたのだから仕方がない事だと、冷静に判断する。


「シャーロット姫?」

「はい、アデルバート様っ」

「本物………です…か?」

「はいっ」


 自分の頬をつねり、ようやくこれが現実だと理解する。

 だが、自分の受けた傷が全て綺麗に治っていて痛みも全くないのだから、まだ半信半疑だった。

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