第35話 第三王子
サイラス・ベリサリオ第三王子視点──
薄暗い地下に蝋燭の火が揺れる。
居住性が悪くないとはいえ、閉じ込められて出る事ができなくなっていた。
日が入らない為に、どれくらいの日数を此処に過ごしているのか分からない。
最低限の食事だけが与えられるだけで、読み物も誰かと話す事も出来ない状況に陥っていた。
この様な状況でも、筋トレだけは続けていた。
というか、それ以外にする事は無かったからだ。
いざ逃げ出すとなった場合でも体力がないと何もできない。
ここではランニングすらできないのだから、その代わりになればと思っている。
以前の僕であれば、ただ寝て時間を潰していた事だろう。
「サイラス様…」
「クレアか、どうして僕を裏切った」
ここにきて、彼女はずっと沈黙を守っていた。
珍しく名前を呼ぶ彼女に何時ものように繰り返し同じ事を聞いてしまう。
いつもなら、返事はなく食事を運ぶだけで終わっていた。
ただ、今日は普段と違っていた。
その事に一抹の不安を感じる。
「裏切りではありません、これは保護ですよ」
「どう違うのか教えて欲しいな、ルーカスの指図なんだろ?」
「はい、それは認めます、ですが部屋の事はルーカス様もご存じありません」
「二重に裏切ったという事だろうか?」
「いいえ、私が居なければ、サイラス様はもう、この世に居なかったのですよ。だから裏切りではないのです」
「命を助けてあげたとでも言うのですか」
「その通りです、だって、ルーカス様に取って代わろうとしたのです、あのお方の怒りに触れて当然ですよ」
「その情報を洩らしたのはクレアだろ!」
彼女は悪びれもせず、さも当然かのように肯定する。
「元々、私のご主人様はルーカス様ですから、仕方ないのですよ」
そんな事は知りたくもなかった。
僕はずっと信じて家族の様に思っていた彼女に裏切られた。
その事実は僕を人間不信の崖っぷちに立たせるものだった。
「いつ……からだ?」
「サイラス様が、王宮に迎え入れられた日ですね。同じ日に私の養子縁組で貴族になった。その代償です」
「では、ずっと裏切って…」
「重ね重ね言いますが、それは違います、サイラス様を守る為、毒殺を避ける為に手を尽くしたのは本当です、ルーカス様の元でサイラス様の味方で居る道を選んだの」
その言い様には少し誠実さを感じされる。
だが、それなら、この状況にはならない筈だ。
クレアの様子は明らかにおかしい。
そんな矛盾をはらむような子ではなかったはずなのに。
「どうして、ルーカスに成り代わろうとしたのを知っているんだ」
「それは……秘密です」
「盗み聞きか……、それなら、いつまで閉じ込めているつもりだ?それくらい教えてくれてもいいだろう?」
「それは、シャーロット様が居なくなるまでです」
嫌な予感がする。
シャーロット姫の身に危険が及んでいるのではないかと心配になる。
ルーカスが何かしたと思えば、十分にあり得る。
何故、今になって、ルーカスが表に出ようと思ったのか。
毒殺される心配がなくなった?
それにはシャーロット姫を排除する事が前提だ。
排除ではなくとも、シャーロット姫と敵対するだけでも解消するだろう。
つまりはそういう事か。
僕にとって事態は最悪な状況になりつつあると言う事なのだろう。
「どうして彼女を邪魔者扱いするんだっ」
「だって……、サイラス様を私から奪おうとするのですよ」
ん?
どういう事だ?
すぐには言葉の意味が判らなかった。
家族というか姉のように思っていた相手が、自分の事をそんな風に思っているなんて思わなかった。
それどころか、恋愛的に好きになってくれる人なんて皆無だと思っていたのだ。
「クレア、お前、僕の事を……」
この言い方は卑怯かもしれないと思うが、はっきりさせるべきだと思った。
そしてその想いの強さを確認しなくてはならない。
「はい、ずっと好きでしたよ。ずっと、ずっと好きだったんですよ、だって幼馴染じゃないですか。なのにどうして痩せようとするのですか!どうして眼鏡を外しちゃったのですか!どうして、清潔にするのですか!ありのままで、ありのままでいいのに…」
ありのままって、この体形の元凶はクレアの差し入れでもあるんだけどなっ。
だが、それが他の人に取られない為だと言う事であれば、意味は分かる。
それが良いか悪いかは別としてだ。
「でも、それは、僕の事を想って…」
「だから邪魔なんですよ。本当にあり得ない、あの子さえいなければ、ルーカス様の代わりに学園に行く必要は無かったし、毒殺されそうになる事も無かったのですよ。さっさと見切りをつけて婚約破棄を言えばよかったのに」
「それは、ルーカスのせいじゃないか、シャーロット姫は悪くない!」
言ってから気付いてしまった。
ここで姫を擁護する事は、煽っているのと同じ事だと。
「どうして擁護するの?やっぱり好きになっちゃったのですか。私の事を忘れ、捨てて、裏切って!」
「いや、まて、落ち着けって!」
「もう、我慢しなくてもいいよね」
服を脱ぎ棄て下着姿になった彼女の覚悟を、僕は受け入れる事が出来なかった。
取っ組み合い、激しく抵抗した。
気付けば、蝋燭の灯が動かなくなった彼女の体を照らしていた。
僕は言葉を失い、その場から動く事ができなかったのだ。
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