第34話 陛下からの召還

 翌日、寮を出た所で馬車と使者がお出迎えがあった。

 随分豪勢な馬車だと思ったら、国王陛下からの召還で迎えに上がったという事。

 この事態に憂鬱な気分になる。

 全く持って嫌な予感しかしない。


 まるで罪人の連行の様に逃げる事は出来ないという圧を感じつつ、謁見の間に通された。

 そこには、王座に座る国王陛下と、その横にはHルーカス様が立っており、そして周りに大勢の貴族が左右に分かれ整列していた。

 形式的な挨拶を交わしてわかったのは、あまり好意を持たれていないという事くらいだった。


「実は頭の痛い事態になっておってな、お主が捕まえたトレヴァーとやらはハフネット共和国の首相の息子らしくて、不当に捕まえた事を理由に大規模な侵攻を始め出したのだよ。なんというか馬鹿げた話だ」

「トレヴァーさんを帰せば良いのではないでしょうか」

「そうしたいところなのだが、そうもいかんのだ。奴め、お主と一緒でなければ帰らないとほざいている」

「はぁ、それはどういう意味で言っているのでしょう、連行の立ち合いという意味でしょうか」

「いや、そうではない、和平の証として、お主を貰い受けると言っている、王子の婚約者という事でなくても無理な話なのは当然の事だ」

「お父上、その件につきまして、婚約者殿は九年前の力を失っておりまして、今はだたの幼き令嬢であります。ですから、敵国に渡ったからと言って、あちらの戦力にならないと申し上げておきます」

「そうか、その話が本当ならば、和平の証の件、一考の価値があるのやもしれぬな」


 今の言い様だと、わたくしが戦力として数えられていて、それが理由に敵国に渡す訳にはいかないと言っているだけで、戦力ではないなら和平の証として明け渡すと言ってる。

 力を失ったって事は授業で、見学していた時に教官からの暴力に無抵抗だったせいでそう思われたのかもしれない。

 いままでなら、そんな事を許さなかっただけに、その噂は正しいとしか言いようが無い。

 実際、今、わたくしは魔力操作ができないでいる上、固有空間も使えなくなって程々困っている状態だ。

 つまり、ここで何も言い返す事が出来なければ、人質となり隣国にわたる事になるかもしれない。


「婚約者殿、ここで魔法を見せて頂けないだろうか。噂では随分とレベルの高い魔術を駆使すると聞いている」


 まずい。


「失礼ですが、わたくしの魔術は見世物ではありません」

「であれば、実際に戦果でも挙げるべきでしょうな。丁度指揮官が不在の砦が一つあり、近日中に落とされるかもしれないと言われている、そこを救って見せればいい」


 まずいまずい。


「そこで……わたくしに魔術を使えと……」

「ああ、そうだ。婚約者殿が過去に使った大虐殺をもう一度行うだけだ。簡単であろう?」

「簡単ではありません……、それにわたくしの様な小娘一人に出来る事なぞ──」

「何の為に婚約したと思っている!我ら王家の為に、ひいては国民の為にも今、赫赫たる戦果を上げずしていつ上げる!」


 まわりの有象無象、いえ、自分勝手な貴族達が、その言葉に歓声を上げる。

 その殆どが「その通りだ」「さすが第二王子だ」「丁度良い」と聞くに堪えない言葉で溢れていた。

 その周りの言葉に満足したのか、殿下は言葉をつづけた。


「父上、婚約者殿が役に立たなかった場合、婚約破棄を提案いたします」

「そうだな、婚約者としての力量が無いのであれば、無理にその関係を持つ事は不幸である。良いだろう、好きにしなさい」

「はっ」


「一つ、わたくしからも提案があります」

「なんだ、言ってみろ」

「この度の戦果が、如何様な結果であっても、婚約は破棄して頂けないでしょうか」

「はっ!口を慎め!どうせ戦果が上げれなくて、お前は隣国に送られる事になる!結果は変わらないんだよ!」

「ルーカス、何事もやって見なくては分からぬよ。だが、お主の願い聞き入れよう」


 まわりの貴族は大喜びだった。

 王家と関係をもつ旧敵国の姫なんて論外だったという。

 王国側が大勝利を収めて併合していたのであれば話は変わっていたのかもしれないが、現実は敗北いよる恨みは蓄積していた。

 それが今回の形となって現れたのだ。


 話も終わりそうになった頃、謁見の間の扉が力強く開いた。

 アナベル様が幾人もの衛兵に制止され、ある者は引きずられながら登場した。


「陛下は正気か!こんな少女を戦場に駆り出すなんて何を考えている!少しは常識を学んだらどうだ!また一から鍛え直してやろうか!?」

「義母上、今回は静かにしていて貰いましょうか。九年前に出来た事が今回できない訳がないでしょう。いいから連れていけ」

「シャーロット!陛下の言う事を聞く事はない!逃げなさい!」

「何をしている!さっさと連れて行かんか!」


 アナベル様が連れていかれるのを黙ってみるしかなかった。

 勝てる見込みがない戦いに行く前に、トレヴァーと面談させてもらった。

 最悪、彼の元で世話になる事になる。

 牢屋で寛ぐトレヴァーはまるで暇つぶしのおもちゃを見つけた子どもの様にわたくしに反応する。


「おおお、シャーロットちゃんじゃないか。相変わらず小さいなぁ、ついに俺の奴隷になる気になった?」

「奴隷って……、そんな気は毛頭ありません…」

「そうか?だが、ここに来たって事はご主人様オレに奉仕しに来たのだろう?俺は優しいぜ?すぐに気持ちよくしてやるよ。初めてでもな」

「誰が貴方なんかに!」

「そうかい?まぁいい。最低でも俺の部下を殺した償いをしてもらわないと、気が収まらないんだわ」

「あれは、貴方の仲間が勝手に自爆しただけじゃないですか。わたくしは誰も殺していません、それに貴方を含め守ったのはわたくしですよ」

「まぁソウカモしれねーが、そんなの関係ネェな、お前の存在が酷く扱われれば扱われる程、公国は王国に不信感を抱く。それだけでいいんだ。奴隷といいつつ婚姻関係を結んでやってもいいぞ、立場はたいして変わらないがな」

「もういいです、話すだけ無駄でした!」

「あらら、短気だなぁ、あれだろ?魔法が使えなくなって婚約破棄されでもしたか?」

「なっ、何を知っているのですか!」

「そうなるだろうと思ってたさ、時間はかかるがあの薬はがそういう物だ、自然には治らない者が殆どだから諦める事だな」

「治る方法は……あるのですか」

「ある」


 その言葉に、無くした物を取り戻せるという期待が一瞬見えた。


「その、治していただく事は…‥」

「俺の虜になり、従順になったら考えてやる、ふはははは、調教し甲斐がありそうだなぁ!」


 結局のところ、あの薬は時間をかけて異常な魔力の流れを体が正常だと認識し定着するらしく、王国にそれを治療する術はないという。

 王国の為に、隣国に行く気なんてさらさらなかった。

 もし、隣国に行き、人の尊厳を失い、魔術が扱える様になっても、それは生きているとは言えないと思った。

 選択肢は逃げるか、死ぬか。

 いっそ、どこかの村でこっそり生きるのも悪くないかもと思いながら牢屋を後にし、アナベル様への面会を求めた。


 アナベル様は物に八つ当たりをしながら、息子のしでかした事をひいたすら謝る。

 そして現在の戦況を教えて頂いた。

 王国と共和国の戦いは戦火を切ったばかりでまだ、大きな動きは無いという。

 ただ、あちらの人海戦術には手を焼ているらしく、戦況の悪化が予想されていた。

 その中、第一魔術師団の団長が行方知れずで第一魔術師団がまともに機能していないと言う。


 あれ?もしかして昨日呼び出しを受けていたのですが、ずっと待ち合わせの場所に居るとかないですよね?


 王国側の主力を率いるのは第一王子で先陣を切って既に戦果を上げているらしい。

 司令部にはゴンザレス侯爵軍務長官、キャンベル伯爵軍務次官が詰め、作戦の立案をしているとか。

 戦火は五か所上がっている状態で、一か所だけが指揮官不在で攻勢に耐えているという状況だ。


 戦況を頭に入れたわたくしは、グリフォンのリアンを借りて、学園に向かった。

 バイロン伯爵は待ち合わせの場所の木陰で日向ぼっこをしていたのか、すやすやと眠りについていた。

 揺らして起こすと、怒声と共にクシャミで鼻水をまき散らす。

 ずっと待っていたせいで風邪を引いてしまったと言う、さらには後は任せたと言って寝てしまう。


 ムカついたので、簀巻きにして、リアンの足で掴み前線まで運んであげたのですが簡単に治る訳がなく、役に立ちません。

 わたくしが活躍できるかは兎も角、砦だけは守りたい一心で来たのに、これでは無駄足だったと言うしかない。

 最早、出来る事と言えば神に祈るしかなかった。

 こんな事で前線を維持できるとは思えないけど、できる事が無いのは本当に辛く、苦しい。

 兵士が傷つき倒れていく様を見届けるしかなく、祈りも通じない。


 死にゆく兵士達を見ていると、人質という選択しが生まれてくる。

 わたくし、一人の犠牲で和平が結ばれるのであれば…。

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