第33話 本物

「あれは、どういうことでしょう、シャーロット様はご存じですか」

「ジェームズ君、わたくしは何も知らないわ。彼は何と言ってるのですか」

「いやぁ…、クラスが違うと話しかけづらいね、ですが細身でタッパがあるので完全に別人ですね」

「そうですか、しかも自ら言っていると」

「そうなんです、自分が本物のルーカスで、第二王子だと」

「もしかして、ルーカス様は軟禁されている……?」

「あの、ややこしいので、名前を区別しませんか」

「Hルーカス様、Wルーカス様ではどうですか」

「それはどういう意味で?」

「ハイトとワイド…」

「割と酷いですね。わかりやすいけど」


 まぁ、Hは下品な意味の方が強いですけどね……。


 未だに、会えずにいる。

 傷つけられるとわかっているから、会いたくない。

 できる事なら、一生会いたくない…。

 でも…。


 一目見るくらいは…。


 もう、以前のようなミスはしない。

 遠くから、確認するだけにした。

 身が隠せて気づかれない距離。

 二つ先の教室の出入り口を監視する、ここは階段があり、いざとなれば屋上か一階に逃げようと思った。


「きましたよ、あれがHルーカス様です」


 柱の陰から覗き込み、姿を確認する。

 そこに居たのは、マーティン様と並んで歩くルーカス様の姿で、二人は似たような身長、体格をしていた。

 もちろん、ルーカス様の髪は金髪。

 その姿は幼き頃に会った婚約者が想像通りに成長した姿。

 妄想で膨らませていたものがそのままの降臨したとしか思えなかった。


 柱の陰に隠れ高まる鼓動を抑えるのに必死になる。

 だって、彼はわたくしには興味はない、最早恋愛が成り立つような相手ではないと理解していた。

 なのに、この胸の高鳴りは、それでもいいとでも言っている様だった。

 どんな扱いになっても婚約者という立場に縋るようになってしまう。

 それほどまでに、九年間の想いは自分ではどうしようもないほどに暴走しようとしていた。


「こっち来ましたよ!逃げるなら今の内………シャーロット様?」


 最早呼吸困難に陥りそうな程、息が荒く、滴り落ちる程の発汗。

 身動きが取れなかった。

 壁にもたれ、俯きながら呼吸を整えようとした。

 そうしている内に、ルーカス様がわたくしの前を通り過ぎようとし、足を止めた。


「おや、これは、我が婚約者殿ではありませんか」

「ルーカス様、ご機嫌麗しく──」

「その横に居る男は、今の彼氏かな、物好きが居たものですね」

「私はジェームズ・キャンベル、ただの学友ですが、男が横に居ると言うだけで浮気を疑うとは大した狭量な考えの持ち主の様だ」

「ほぉ、貴様、名は覚えておくぞ」


 廊下に唾を吐き捨て立ち去っていった。

 それを終始頭を上げる事が出来ずにいた。

 自分の事しか考えていなかったのが、一緒にいただけで迷惑をかけてしまった事に後悔する。


「ジェームズ君、とんだ迷惑を掛けました…」

「お気になさらずに、腕力には自信があります。夜襲されても仕返す事くらい余裕ですよ」

「でも、わたくしがちゃんと言い返していれば…」

「タラとかレバとかは無しですよ。それにしても酷い相手ですね、さっさと婚約破棄した方がいいですよ」


 それから気落ちしたまま寮に戻る。

 夕食も食べる事もせずに、眠りについた。

 深い深い眠りは現実を逃避させ、今の自分には何もない事を忘れさせてくれる。



 その日、夢をみた。


 生きた地竜と対峙する夢だ。

 最初は恐れが強かったのに、一言『───』と言われ体の震えが止まった。

 その言葉は龍語であるため、理解はできないが謝っている事だけはわかった。

 ドラゴンに謝られる筋合いなんてない、それでも謝ってくるのは何故か。

 問いかけようにも声が出ない。

 そして、足が地面と同化し動かす事はできなくなった、その同化は次第に上半身に、そして腕から指先、首から顔、頭、髪の毛の先と全て地面と同化した。


 最早、体の自由はなく、一生このままなのかと思った時、足元からひびが入り始める。

 ひびは全身に入るが、それによりすぐに崩壊する事はなかった。

 もしかして、このまま朽ち果て土にかえるのではないかと怖くなる。


 そこで思い出したのは骨や鱗を運んだ事だ。

 これにより呪われたのかもしれない。


 だとすると陰険なドラゴンですね。

 でも、無力で何もないわたくしにとっては丁度良い死にざまなのかもしれない。


 そして、考えるのを止めた。



 ◇



「シャーロットちゃん、シャーロットちゃん」


 誰ですか。

 わたくしの眠りを邪魔するのは──。


「お久し振りっ」

「………ヒナノさん?」

「覚えててくれたのね、嬉しい」


 学園の制服に身を包み、以前会った時と同じく明るい笑顔が眩しい感じのする人。

 ただ名前を憶えていただけなのに手を取り喜ぶのは少し理解が難しい。


「わたくしの部屋にどうして?」


 それは鍵をかけていた筈なのに、どうして入って来れたかという意味でもあった。

 無理矢理入って来たのであれば、それは不審者だからだ。


「寮長に言って、今日から同じ部屋にしてもらったの」

「そうなのですか…………どうして?」

「聞いたよ?体調悪いらしいじゃない?私だったら治せるかもしれないからね」

「それが病気でもですか?」

「そこはダメ元だねぇ、試してみるだけならタダでしょ?」

「そうですね、お願いします」


 彼女は胸元で手を重ね目を瞑り、体が温かい光につつまれる。

 ですが今回は気分は改善しないで、何の変化もなかった。


「あらら、駄目だったかぁ」

「つまり………どういうこと?」

「私の回復魔法って『本来あるべき状態に戻す』というものなのね」

「今が本来あるべき状態?薬の影響がある場合はどうなります?」

「それは薬にもよるかなぁ?それを体が毒だと認識していれば排除されるよ」


 以前、打たれた魔力循環阻害薬の効果は何だったかしら?

 薬は抜けたとしても、その後遺症があるとすれば…。

 それとも直近で食べた物が──、アナベル様のお菓子!?

 あとはエレノアさんの料理くらいしか無いけど、それは疑いたくない。

 そもそも原因が分かっても対処法なんて無い訳だから、詮索するだけ無駄。

 だとすれば、この状況を受け入れるしかない。

 例えそれが、思考放棄だったとしてもです。


「きっと寝ていれば治るから、構わないでください。お気持ちだけは有難く受けと取っておきます」


 そう言って、そのまま眠りにつこうとするのに、中々眠れない。

 夢を見るのが怖くなった。

 子どもの様な事を言い訳にしている自覚はある。


「もしかして眠れないの?」

「ヒナノさん、人を気絶させる技を習得していたりしませんか?」

「そんなのはないわよ。そんなに眠れないなら、一緒に寝る?」

「はい、よろしくお願いします」

「え?本気?」

「はい」


 ヒナノさんは冗談で言ったみたいですが、わたくしはそこまで追いつめられていたのです。

 抱き合うとか手を繋ぐという事はせず、ただ、横に並んで寝ているだけ。

 こんな事で寝れるとは全く思っていません。

 これも、そう、ダメ元で、やって……み…………すやー。

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