第32話 病み上がりの授業
翌休息日──。
「シャーロット様、今日の気分は如何ですか」
「う~ん……、転生系書物であれば、過去の記憶を持った新たな人格が生まれる所ですが、それがありませんね……」
「なんですかそれ、そんなことより服を脱いでください、体を拭きますよ」
「いえ、きっと大丈夫です、お風呂に入ってサッパリしてきます」
「では、私も一緒に行きます」
「エレノアさん…、助かりますわ」
「え、私はシャーロット様の裸が見たいだけすよ?」
「そんなのここ最近、飽きる程見たでしょ……」
「ふふふ」
ここ数日、あり得ない程の汗をかいていた事もあって、エレノアさんに体を拭いて頂いたのです。
甲斐甲斐しく世話を焼く彼女の姿には感謝してもしきれません。
一緒にお風呂で湯に浸かるのも、また湯あたりを起こさない様にという配慮なのでしょうね。
久しぶりのお風呂は気持ちがよく、早速、湯あたりをするか心配になる。
「あれ?エレノアさん、肩を擦りむいて──」
エレノアさんは肩だけではなく、いくつか打ち身ともいえる青あざが体にいくつも出来ていた。
一瞬で理解した。
これは、本来わたくしが受けるべきイジメだという事。
病床に伏している間、その防波堤になっていたという事を。
「ああ、これですか、ちょっと階段から転げ落ちてしまい、あはは、ドジですよねぇ」
「誰にやられたのですか、教えてください」
「誰でもないですよ、気のせいです」
「……ごめんなさい、わたくしなんかの為に……」
「もぅ、本当に何でもないのです、気にしないでください」
わたくしがしっかりしていれば、頑張って病気を治していればこんな事には…。
バシャアッ
お湯を頭から掛けれ、動揺する。
え、どうしてかけられたのでしょうか。
「だめですよ、病は気からというではないですか、そんな暗い顔をしていたら、また病気になっちゃいます」
「……そうですね、気を付けます」
出来る限りの笑顔で返す。
空元気も元気の内です。
そして、改めてベッドに縛り付けられた。
休息日の内にちゃんと治しなさいと言う事です。
この時、未だに気分がすぐれないのは病み上がりのせいだと思っていた。
試しに簡単な魔法を使おうとして不発に終わったが、これも病み上がりのせいにしていた。
気持ちに焦りはあったが、きっと明日には使える様になると信じた。
そして、信じてもいない神に対して、エレノアさんをこれ以上傷つけないでと祈るのだった。
なんと滑稽な事だろうか。
◇
翌日、気分がすぐれないのは変わらなかった。
ただ、体力はもどってきた。
だが、やはりと言うべきか魔法は未だに使えないでいた。
だけどこれは隠し通す必要がある。
魔法が使えないとなると、学園内ではわたくしに恐れていた者達が、何をするかわからない。
学園内だけに留まるなら、まだいい。
最悪、軍部に知れ渡ってしまえば、此れ幸いとマウントを取りに来る、最悪は殺される。
この状態で、学園に通うべきか悩んだ。
両親に知られでもすれば即刻帰って来いと言われるに違い無い。
だけど、エレノアさんの状況を考えると、引き籠るという選択肢は無かった。
そして、二限目の授業が魔術で、見学という体で難を逃れようと思いました。
そんな時に、特別講師としてわたくしの天敵が現れた。
「第一魔術師団、師団長のバイロンだ、今日は特別に私が指導してやる」
噂では九年前、私が葬った者達を指揮していたのがこの人だ。
ある程度生徒の指導を行った後、わたくしに近づいてきた。
「お前が、シャーロット・アルヴァレズか。なんだ、まだ只の小娘じゃないか」
そう言うと口角を上げ、わたくしの胸ぐらを掴み上げ、足が地面から離れる。
息苦しいく抵抗できない。
「先生!シャーロット様に何をするのですか!病み上がりなのですよ!」
メイソンとジェームズを引き連れたエレノアが注意するが、それを聞こうともしなかった。
「お前ら生徒は黙って練習していればいいんだ、私のやる事に口を挟むな」
「俺の父は軍務長官だ、その俺を目の前にして無礼な行為は許さんからな」
メイソンが親の威厳を振りかざすが、それすらも聞き入れようとしない。
胸ぐらの締め付けはより強くなり、息が出来なくなってくる。
「ぐる、じい……」
絞り出すように出た言葉。
意識が朦朧とし始めた時、誰かが駆け付けて来た。
「新任の先生を呼んできました!」
薄目で見るに、呼んできたのはモーガン君、一度だけ会った事のあるルーカス様と同室の人だった。
「団長、授業中に何をやっているのですか」
新任の先生は、わたくしの胸ぐらを掴み上げていた手を捻り、息苦しさから解放された。
だが、それと同時に落ちそうになった所を先生は華麗に抱きかかえた。
「お前こそ……、真面目に授業をしているのだろうな、聞けばそこの小娘目当てで志願したというではないか」
「ああ、そうだが、何がいけないんだ?」
「………」
せっかく助けてくれたというのに、今の会話で背筋が凍りつく。
その先生は、お父様くらいの年齢で無精髭を生やし、清潔感の無くてタバコ臭い人がわたくし目当てってどういうことですか。
抱きかかえる手を振りほどき、二人の教師から同じくらい離れる。
「ぷ、ははははは!お前、嫌われてやんの」
「え、ええええ?いま助けてあげたのですよ?お礼にキスされてもいいくらいじゃないすか」
「へ………変態……」
「ぷはっ………やべえ、いてえ、いてえよ、腹いてええ、ははははは、だめだ、苦しい、ひー!」
「団長、笑うのはいい加減にしてくれますかね、俺、真面目なんすよ」
まるで一発触発の状態かと思われた二人の睨み合いは団長があっさりと引いて幕を閉じる。
「全く……、無抵抗の小娘を殺す程落ちぶれちゃいねぇよ。ここじゃ人が多すぎて、お得意の魔法が使えないって言うんだろ?いいぜ、放課後までまってやる、校舎裏の森にある休憩所まで来い!待ってるからな、後の授業はお前がやれ」
「……人使いの荒い団長だ」
返事をしていないのに、団長は立ち去って行った。
「俺は先日就任したばかりの臨時講師、ジェイクという。嬢ちゃんとは初めてだな、よろしくな」
「よろしくしたくないのですが……」
「なんで、どうしてだよっ、俺、優しいよ?対魔術師戦なら誰にも負けないぜ?勿論団長にもだ」
「では、どうして団長になれないでいるのですか?」
「いやぁ、対人専門で、他はからきしなんだ。だからもし、俺と対峙したいなら、俺が見える距離に来る前に倒す事だ、じゃないと──」
目の前にいたはずの、ジェイクが一瞬で姿を消し、背後から抱きかかえられた。
「こんな風になっちまうぜ」
瞬発力、反応力はわりと自信がある方だったのに、全く反応が出来なかった。
「いやぁ、それにしても聞いていた以上に小さいなぁ、いやぁ、可愛くて良いな。これ以上育つんじゃないぞぉ」
うああああ、全身の肌という肌が鳥肌を越えてドラゴン肌になってしいます!
ほんと、なに、これ、やだ、怖い、気持ち悪い。
撫でられた頭が、片っ端から禿ていきそう。
「あの、わたくしに触れないでくれますか」
「うお、おおおおおお。良い、良いですな、そのさげすんだ目、その口調」
わあああああああああああああああああ、もう駄目。
思うより先に手が出た。
頬に平手打ちを入れ──。
「まぁ、それくらいじゃ当たらないですよ」
手が当たる前に、指一本で軌道をずらされ、空振りと共にバランスを崩す。
そして、また抱きしめられる。
「さっきから、触れすぎですよ………」
「そうかい?こうでもしないと、倒れるでしょ?無茶しちゃだめだよ、体調悪いんだから」
「……もう、好きになさい、抵抗できそうにありませんわ」
そう言った途端、優しくなったのか無理矢理なスキンシップを止めて解放される。
つまりは、嫌がったら喜ぶタイプなんだと納得する。
「さて、残りの時間は真面目に授業をしますかぁ。嬢ちゃんはちゃんと木陰で休んでいるんだぞ」
「はい…」
わたくしは……本当に無力になった。
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