第29話 バレていた秘密

「きゃああああああああああああああああ!」


 朝一番、エリーさんの悲鳴が響き渡った。

 わたくしとフィオレンサさんもそれで目が覚める。


 声がした方を窓から覗き込むと、ドラゴンの骨を目にしたエリーさんが腰を抜かして座り込んでいる。


「あわ…あわわ、ドラゴンですか。ドラゴンですよね、どうしてドラゴンの骨がっ」

「あー……、驚かせてしまいましたね。鉱山の中にあったのを持ち帰って来たのですが、持ち運びに魔力消費が激しいので、一時的に置かせて頂いたのです」

「そ、そうなのですか、びっくりしたぁ…」


 あの骨を固有空間に入れておく事で、保有魔力がゴリゴリと減っていき、夜中に気持ち悪くなり目が覚めた。

 そしてこっそり外に仮置きしたのでした。

 ですが、まだ魔力があまり回復していない感じがします。

 王都への移動途中に魔力が切れたら大変な事態になるので、今すぐ出発するというのも難しくなってしまいました。


「お兄様、ドラゴンの骨みました?すごいですね、シャーロット様が倒されたのでしょうか」

「いや、あれは見つけた時にはそうなっていたのだよ。それよりシャーロット様、出発はいつ頃にしましょうか」

「実は魔力の回復を待たないといけないので、出発はお昼過ぎでしょうか」

「わかりました。それまでごゆっくりとお過ごしください」

「お兄様!そうではありませんよね?判っていますか?」


 なにか小声でフィオレンサさんが忠告をし始めました。

 何か嫌な予感がしますが、大人しくしていればいいだけなので、特になにも起こらないと思っていた。


「お昼まで、少しお時間を頂けますか」

「予定はないのでいいですけど、何をするのでしょうか」

「シャーロット様には領地最大の街を見て頂きたいのです。馬車で往復1時間もあれば辿り着くのですが如何でしょうか」

「それくらいでしたら…」


 そして、気付けば馬車内はマーティン様と二人きり。

 って、フィオレンサさんは来ないのですかー!と、叫びたくなります。

 昨日の事を意識しない訳が無く、正面に座るマーティン様を直視できずに外の景色をずっと眺めていました。


「昨日の鉱山ですがルビー採掘に伴い、入口近くに工房を併設する事になりました」

「では、装飾品に加工し、それを売って資金を稼ぐという訳ですね」

「ええ、これが順調に進めば、かなり早い段階で財政の立て直しが可能かと」

「順調で良かったですわ」

「これもそれも、シャーロット様のお蔭です、公爵という地位が無ければ騎士として誓いを立てたい所です」

「もぅ、大袈裟ですわ。わたくしは資源を探しただけです。それ以上の事は何もしていません」

「ですが、シャーロット様がいなければそれも叶わなかった話、装飾品が完成した暁には受け取って頂きたいのですが、宜しいでしょうか。関係者も大層感謝しておりまして、張り切っているのです」

「ええ、そういう事であれば、有難く頂きますわ。ですが、できるだけ小さな石にしてくださいね」

「わかりました、装飾でご期待に添える様努力します」


 それから沈黙が続き、話は途切れたのが気まずくて仕方がないと思った時、馬車が大きく揺れた。

 体が宙を浮き、そのままマーティン様の元に倒れてしまう。


 しっかりと抱きしめる様に受け止められ為、体が硬直してしまった。

 昨日の事が脳裏にフィードバックする。


「お怪我はありませんか」

「え、ええ、大丈夫です。あの、もう大丈夫ですから、放してください」

「ふふ、また、抱きしめる事が出来るとは…」

「えっと…、マーティン様?」

「わかっています」

「わかっているなら、離してください」

「まだ、殿下に義理立てしますか」

「それはどういう意味でしょうか」


 マーティン様は少しの間を置き、深呼吸をして問いに答えた。


「あのルーカス様は偽物ですよ」


 言葉につまった。

 わたくしだけが知っている秘密だと思っていただけに、動揺を抑えるので手一杯でした。

 ただ、マーティン様の目を見つめ、何も言い返さないというだけで肯定と捉えられるのが怖かった。


「確証はあるのですか」

「聞いてしまったのですよ。正体を明かした所を」

「盗み聞きですか」

「お互い様ではありませんか」

「あぁ、エリンさんの時のですか」

「でしたら、これは復讐なのでしょうか」

「ではありません、あの件を別に恨んだりしませんし、この情報で貴女を追い詰めるつもりもありません」

「ではなぜ」


 大人しくしているのを良い事に、俯き気味だった顔を無理に引き上げられ、マーティン様の顔が目の前にきた。

 少し息をするだけで相手に届く距離。

 正直、心臓に悪い。


「無理にしたくはありません、脅迫もしたいわけではありません」

「でしたら…」

「私だけを見て欲しいとは言わない、ですが婚約者が居るという理由で恋愛対象から除外するのはやめて欲しい」

「……わかりました、わかりましたから、離れてください、顔が近すぎて心臓に悪い…」


 彼の力が抜けたのをわかったタイミングで、するりと彼の腕をすり抜けた。

 体が離れた事に一息付き、改めてマーティン様を見ると、明らかにショックを受けた顔をしていた。


「あの、私をお嫌いですか……」

「いえ、そうじゃなくてですね、イケメンすぎて心臓に悪いって事で……」

「では、そういう見方をしてく頂けるのですね、嬉しいです」

「ですが、あまり期待しないでくださいませ、わたくしは第二王子の婚約者という立場があります」

「わかっています、そして自ら破棄できない事も。ですから、協力させてください」

「協力は有難く思います。ですが、表立って動かないで頂けますか」

「はい、わかっています」

「(そればっかり…)」


 ため息が出た。

 協力者が出来たというのは僥倖ではありますが、まさか恋愛対象として見て欲しいと言われるのは意外でした。

 それにしても、どうしてわたくしなんか…。


「あえてお聞きしますが、わたくしの何処が好きなのですか?」


 言って思った。

 これ、恋愛書物で言う所の『面倒な女』の典型だ。

 まぁ、これで嫌われたら、それまでだったという事ですね。


「人柄もありますが、妹を助けて頂いた恩、過去の罪を赦していただいた恩、そして領地経営の再建を手伝って頂いた恩、これら卒業までに返しきれるとは思えない程の恩を頂きました。ですから、一生をかけてでも──」

「なるほど、恩が無ければ恋愛対象として見なかったのですね」

「それは誤解です、他人に対する優しさが今回、偶々私達に向いた物でそれを恩と言っただけす、他の人に向いたのであればそれをみて惚れていたと思います」


 そうですねえ。こんな風に『面倒な女』の立場に立ってみて判ったのですが、好きになる事を説明するって難しいですね。

 そもそも論理的に考えてはいけないと言う事でしょう。

 ふふ、まるで恋愛強者の様な判断力ですわ。


「少し言い過ぎました。あまり気にしないでください」

「あの、シャーロット様が第二王子を好きな理由って何でしょうか」


 んん……。

 難しい問です。

 婚約者だから、って言うのは無しなのでしょうね。

 初めて会った時に見た顔が好みだから…ってのもただの見た目で好きになる女って感じでダメですね。

 じゃあ残るは…?


 ありません……そうですよ、全然会ってないのですから、ある訳がないのですよ。


「えーと………………」

「……………………」

「この話題やめましょう、不毛ですわ」

「はい」


 話の区切りがついたところで、街に着きました。

 そこでは市長から歓迎され、誰からも髪の色で差別はされず、むしろ歓迎された事に違和感を感じた。

 商工会への顔合わせをすると、その違和感が解決した。


 装飾品職人が集まる中、市長が挨拶をする。

 これまで、宝石を他領から買って加工していたが、関税が引き上げられた事や、作り上げた物をタダ同然の安値で徴収された事から、他領に移るか廃業を考えていたという事。

 商工会にとってはヴァンスさん(マーティン様の叔父)がやった悪政により規模の縮小を余儀なくされていただけに、現状が嬉しくて堪らないという事でした。

 そしてこの事を昨日の内に話を通したいた叔父様の手腕は流石としか言えません。

 装飾品職人の一部の方は既に鉱山に下見で入った人も居るらしく、後は鉱夫が集まれば事業が始まるという事。


 装飾品職人代表がわたくしの手を取って涙ながらに、お礼を言う。


「シャーロット様、本当に感謝しております。また、この街に来てください、その時はもっと栄えて活気がある所を見せるからの」

「ええ、また来たいと思います、わたくしの叔父がこの地に残りますので、よろしくお願いしますね」


 涙を流しながら言われると、ちょっと引きます。

 感謝も過度にされると逆に申し訳なくなります。

 程々にしてほしいものですね。


 要人との顔合わせを済ませ、街中を歩いている時、手ととって前を歩くマーティン様が嬉しそうでした。


「随分楽しそうですね」

「ええ、本当に嬉しいのです。この街の人達の表情を見てください、暗い顔をしている者がどこにも居ないでしょう?九年という長い圧政から解放されたのです、殆どお祭り騒ぎみたいな状態ですよ。あと、シャーロット様とのデートが楽しいのですよ」


 やはり、デートと思われてたのですね。

 二人で出かける事でそのように思われて仕方がない事でした。


 でも、明る表情ではしゃぐ子どもを見るのは楽しいのですが、その子どもから「こうしゃく様とデート?」と聞かれて無碍に返事する事も出来ず、「そうですよ」と認めてしまったのを後になって赤面する事態となりました。


 そして、屋敷に帰る途中、瞼が重くなり少しウトウトしていてしまいました。


「気を使って疲れたのでしょう、私にもたれ掛かってください」


 マーティン様が横に座り肩を抱かれ引き寄せられたのを抵抗する事も出来ず、そのまま眠りについてしまった。

 屋敷に到着し、目を覚ますと、マーティン様の膝を枕に寝ていた事に気づき、さらにはフィオレンサさん達にも見られるという失態を犯してしまった。


 それから、ドラゴンの骨と鱗を回収し、リアンに乗って王都への帰路についた。

 帰りはマーティン様が前に座り、わたくしが後ろから抱き着く形で移動します。

 これは結局のところ、後ろから囁くように耳元で話された事や、後ろから抱き着かれた事を思い出して、それなら自ら抱き着いた方がマシだと思ったからです。


 そして上空を移動中、彼の背中の大きさを感じつつ、『もし』を考えてしまう。

 行きと違って高所の恐怖が和らいだ分、そんな余計な事を考えてしまった。

 そして、ルーカス様との関係に不安になってきたのは言うまでもなかった。

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