第25話 フィオレンサの帰還 後編

 静寂が場を支配する中、その空気を打ち破ったのはお兄様です。


「叔母様、これはどういう事ですかね?」

「何の事?私は知らないわ、アイツらが勝手にやった事よ、それよりもなんて危険な輩を連れて来たの、私を殺す気なの?」

「殺して差し上げるのも吝かではないですよ。いままで散々好き放題してきたのですから、もう満足でしょう?いまここから素直に立ち去るのであれば、特に何もしないと約束しましょう、そもそも此処に住む権利すらないのですから」

「その言葉に従うとでも思って?夫が居ない事を良い事に好き勝手しているのはあなたでしょ!」

「そうだそうだ!俺が居る限りこの屋敷は渡さないぞ!」


 ヴァルツ様が居ないと思っていたら、叔母の後ろに隠れていた。

 なんだか、見ているだけで情けないと思う。

 それと同時に、かなりムカムカします。


「私、知っているんだから!私のお母様を毒殺したのも叔母様でしょ!」

「どこでその話を!?証拠、証拠はあるの?ないでしょう?ある訳がないもの」

「それは……」


 確かに証拠はない、言い返す言葉がなく悔しい思いで奥歯をかみしめた、その時、玄関からエリーさんが入って来た。


「はーい、ここで、証人の出廷でーす。ほら入って」


 体を縛られたメイドが一人、エリーさんに押され体勢を崩し、床に転がる。


「面白い事に、我が身可愛さに色々と自供していただけたのですよ。フィオレンサ様のお母様の毒殺もそうですし、お父様も戦場に行く前には随分と体調が悪かったのも毒物のせい、そうですよね?」

「は、はい、定期的に毒を盛る様にとヴァンス様と奥様の命令でした」

「まぁ、自白したからって貴女メイドの罪が消える訳ではないですけどね、証人が足りないなら外にもう何人か居るので連れてきますがどうします?使用人は全員拘束しましたよ」


 メイドを片足で踏みつけ腕を組む姿は綺麗な容姿でありながら強い女性という印象に変化した。

 ジャスパー様の部下である事を考えれば改めて納得の強さです。


「下女がした事に過ぎませんわ、そんな者の言い分より私の言い分の方が正しいに決まっていますわ!」

「すまないが、もう聞くに堪えない」


 お兄様の堪忍袋の緒が切れたのか、剣を抜いた状態で、ゆっくりと叔母に近づいった。


「俺が相手をしてやる!」


 階段を上っているお兄様にヴァルツ様が立ち塞がり、何かの液体を飲み干した。

 その瞬間、ヴァルツ様の姿は苦しみながら異形に変化し始めた。


「グググギギ………」

「ヴァルツ!どういう事なのっ、あの薬は身体能力を強化するだけの筈───」

「いけません」


 その声を聞き終わった時点で、真横に居たはずのジャスパー様の姿が消え、お兄様をお姫様抱っこしてヴァルツ様との距離を取った。


 異形と化し大きな手、大きな爪が叔母の腹部を貫く。

 皆が唖然としている中、次のターゲットを私に決めたのか、異様に大きく膨らんだ目が私を直視する。


 思わず叫びそうになるのに恐怖で声が出ない、そんな事はお構い無しに異形は大きくジャンプし、床に転がっていたメイドの首元に爪を刺すと同時に着地、その爪はそのままメイドの首をもぎ、ジャスパー様に投げつける。


 そして爪は弧を描き私を捕らえた。


 キィィィィン…


 エリーさんが間一髪、爪を目の前で食い止める。

 同時にジャスパー様が爪を指ごと切断し、異形が聞くに堪えない悲鳴を上げた。


「ギュヴォヴェエエエエエエ」


 お兄様が異形の体を斜めに切り裂き、止めを刺した。


「魔物化するとはね」

「シャーロット、さっきの刺客はどうなった?」

「外に吊るしていますよ、気絶している筈です」

「ちょっと尋問してこよう、エリーは二人についてやてくれ」

「承知しました」


 ジャスパー様とシャーロット様が外に出て、残るはお兄様と私とエリーさん、そして魔物と化したヴァルツ様の死体と、今にも息絶えそうな叔母。

 叔母に近づこうと思うと、お兄様に制止された。


「エリー、フィオレンサを叔母に近づけないようにしてくれ」

「承知しました」


 後ろからそっと抱きしめられた。

 それは近寄ってはいけないという無言の拘束。

 人の死に際を見せない為の優しい気配りとも取れた。

 既にヴァルツ様の死に際は見ましたが異形だったため、死んで当たり前のような感覚が私を支配していた。


「叔母様、ヴァルツは異形のまま死にました」

「マーティン……お前のせいよ……」

「そんな訳がないでしょう、これは自業自得、そうでなければあの薬を渡した者のせいです、誰から受け取ったのか教えて頂けますか?」

「ふ……あんたなんかに……教えてる事は何もないわ……夫が必ず…復讐…」

「叔母様……叔父様は王族に危害を加え禁固刑で最早死に体ですよ。すぐに後を追わせて上げます。ですから先に行っててください」


 私にはあまり聞こえないような声量での会話。

 お兄様は笑顔で立ち上がり、叔母の心臓を剣で貫いた。

 人を笑顔で殺している所をみて少し背筋が凍る。

 お兄様は今どのような心境なのか少し怖くなった。


 だが、止めを刺したと言えば罪悪感があるかもしれないけど、高位回復魔法を使える者がいない以上、助かる見込みのない叔母を楽にして差し上げるのは、慈悲だと言う事も理解できている。


 復讐はしたかった、だけど死んでほしいとまでは思ってなかった。

 それが、両親の死に直接かかわっていたとしても、憎み切れないでいた。


「もう、深く考えないほうがよろしいですよ。お嬢様」

「エリー…」

「欲にまみれた人は、死んでしまわないとわからないと言う事もあります。居るのですよ、救いようのない人ってのは」

「そう、ですね」

「せめて、この人達を弔ってあげてください、許せると思うのであればお墓を立てる場所を考えましょう?」

「お墓、そうね、何も良い事をしなかった人達ですが、それくらいは…」

「この人達も役に立ったじゃないですか」

「役に立った……?」

「ええ、この人達が居たから素敵な出会いがあったのでしょう?」


 ジャスパー様のお顔が脳裏をよぎります。

 結果良ければって事ですね。

 確かにこの人達のお陰でジャスパー様と出会えたのです。

 居なくなったのは両親、仲の良かった使用人……。

 そして私やお兄様に対する仕打ち、それを天秤にかける。


 うん、整理ができました。


 ギルティです!


 ジャスパー様のお蔭で幸せ成分に脳内が占められていたのですが、よくよく思い返せばそれで許せる訳が無かったのです。


「決めました。村の集合墓地に入れましょう、お兄様もそれでよろしいですよね」

「ああ、それでもだいぶ優しいな、魔物化したヴァルツは念入りに火葬しよう」

「そうですね、エリーさん、その方向でお願いします」

「はい、承知しました」



 ◇



 一方その頃、すぐ近くの森の中ではシャーロットとジャスパーが刺客と対立していた。

 十人の刺客は黒い紐で縛られ身動きが取れない状態で木の枝に逆さで宙吊りになっていた。


「私、そろそろ回復魔法の練習がしたかったのですよ」

「ほう、神にでも仕えるのか」

「そうですね、今後の事を考えればそれも悪くないですね、ですからこの人達に練習台になって頂こうかと」

「むぐーむぐー!むぐぐぐむぐー!」

「何が話したそうですね、口元だけでも少し緩めますか」

「ぶはぁっ、お前、紅蓮のシャーロットだろ!お前みたいな奴が回復魔法を使える訳がない!それは神が許さないだろう!」

「(また、二つ名を……)叔父様、ちょっと手を切って貰えますか?」

「な、何をする、何をするんだ!」


 叔父様が、刺客の手の平に十字の切り傷を作る。


「よーし、それでは祈っちゃいますねぇ、ふんぬぅ~ふんぬぅ~」

「シャーロット、効果はない様だぞ」

「もしかするともっと深い傷じゃないとダメなのかもしれないですね」

「うむ」

「お、おい!こんな事をしてわかっているだろうな!絶対許さないからな!やめ、やめ、やめろおおおお」

「あ、そういえば、ちょっと気になる事があるのです。それに答えてもらえたら、多少は優しくなるかもしれませんねぇ」

「わ、わかった。わかったから、その爺さんを下がらせろ」


 お髭があるからと言って、爺さんというような年齢でもないのですが、そこはまぁいいです。


「貴方達の所属とあの薬の出所を教えなさい」

「そ、それは……」

「えいっ」


 ドンッ


 ぶら下がる刺客を揺らした。


「何をする!」

「いえいえ、危険物が飛んできたので揺らして回避したのですよ?」

「そんな言い訳が通るものか!嫌がらせなんだろ!」


 叔父様は素早い反応で、刺客を狙う刺客を切り捨てる。


「ほら、あれが攻撃してきたのですよ」

「アイツは…」

「先ほどの揺らしたのも、その刺客を狙う刺客が刺客を狙い放ったナイフが刺客に当たる前に刺客を揺らして刺客を助けたのです。刺客を狙う刺客は叔父様が処理したのですが、まだ刺客を狙う刺客が一人だとは限りません」

「お、おう……おう?」


 言葉遊びが楽しくなってくるところでした。

 木に刺さったナイフを抜いて、良く見えるように刺客の目の前に突きつけた。


「ほらぁ、このナイフは貴方を狙った物ですよ?毒も付いているみたいですね~。周りを見てください、お仲間の内、数人が既に息絶えていますよ」

「わ、わかった、話す、話すから助けてくれ」

「はい、聞きましょう」

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