第24話 フィオレンサの帰還 前編

「ジャスパー様……私達の旅ももう終わりなのですね」

「ん…ああ、そうとも言えるな。だが、戦いは此処から始まるのだよ」


 領地経営を任されたジャスパー様は叔母やヴァルツ様を追い出す事は最早眼中になく、その後の領地経営の事を思案する事が多くなってきた様子でした。

 つまり、私にあまり構ってくれません。

 寂しいのです…。


「フィオレンサ様、やはりジャスパー様と一緒の部屋が良かったのですね」

「安全面でですか?たしかにその方が安心感はありますが」

「いえ、そういう意味ではなく、恋愛的にですね」

「あああああ、言わないでええええ」

「あははは」


 意識し始めてから本当に精神がすり減って来た気がします。

 行きは良い良い、帰りは寂しいとでも言いましょうか。

 帰りは大所帯になった上、馬車が用意されたのでジャスパー様とお話するタイミングが極端に減ったのです。

 ああああ、もうっ、行きはあれほど…、あれほど常に密着していたのですよ?

 でも前から抱き着いたり、お姫様抱っこはまだですけど…。


「あの、エリーさん、ジャスパー様は……いえ、何でもありません」

「息子さんがおられますよ?もう十五歳になられます、奥さんは居ません」

「え、そうなんです?」

「はぁい、そうですよぉ」


 ワンチャン…。

 って、私、息子さんより年下じゃないの!

 と、悩んでいた私を見ていたエリーさんがクスクスと笑う。


「な、なにか可笑しいのですか?」

「表情がコロコロと変わるのが面白………こほん、なんでもありません」

「────!」


 もう何も話しません!私、怒りました。

 と、言うのを無言で表現したのを見て焦ったのか、エリーさんは少し悩んで話始めました。


「お詫びに、とっておきの情報を教えますので、機嫌を直してください。きっとお嬢様にとって有用ですよ」

「言ってみて」

「では、こほん。なんと、その息子さんは養子なんです」

「なんですって!!………こほん、そう、なのですね。ふ、ふぅ~ん、まぁ、さっきのは水に流します」


 つまり、息子さんは何の障害にもならない!

 私、がんばってもいいのかな。


 そんな話をしている内に夜は明け、屋敷から最も近い村に到着する。

 思い起こせば、あの時、ジャスパー様が颯爽と現れ助けて助けて頂いたのもこの村です。

 あの時に見たジャスパー様は光粒子がちりばめられていて、かっこよかったのです。※個人による感想です。

 何気なく窓から外を眺めていると、遠くの上空にグリフォンが見えました。

 さらによ~く見ると、操縦しているのはお兄様、それを後ろから抱き着いているのがシャーロット様です。


「シャーロット様、だいぶ怖がっているみたいですね」

「初めて乗ったのなら仕方ないですよ、空を飛んだ経験ありませんからね」

「それにしても初騎乗を利用して密着させるとは、お兄様もやりますね」

「ふふ、これでさらに面白い事になりそうですね」

「なにが面白いのですか?」

「ええ、私達使用人に限らず領民の皆はシャーロット様には自由恋愛をしてほしいと思っているのですよ」

「いいですね!自由恋愛っ。私も協力します!」


 まぁ、協力するのはお兄様相手の話ですけどね。

 私達が屋敷に到着すると同時に、お兄様の乗ったグリフォンが降りてきました。


「お兄様、シャーロット様、お疲れ様でした」

「フィオレンサも無事で何よりだ」

「フィオレンサさあああぁぁんっ、ごわがったよおおおぉぉぉ」


 シャーロット様が私に抱き着き、大泣きしています。

 こうなると年上とは思えなく、可愛い妹の様に思えてくる、身長的にも同じ年くらいですし。

 鬼人や悪魔とまで呼ばれるお方相手にそんな事言ったら、どうなるかと思うとちょっとゾクゾクする。

 ちょっと魔が差して、少し子ども相手にするように接してみました。


「あらら、よしよし~、もう大丈夫ですよ~。お兄様、荒い運転をしたのではないですか?」


 頭を撫でても大人しく撫でられるのを見ていると、ゾクゾクが治まりません。

 これは何というのか、猛獣を手懐けたとでも表現すべきなのでしょうか。

 危険物を素手で触っているとか、いけない事をしている様な背徳感が癖になってしまいそうです。


「急いできたから多少は荒いかもしれないが、丁寧に操縦したんだよ」

「お兄様!こういう時は、まず、謝る!」

「シャーロット様、申し訳ない、怖い思いをさせてしまった」

「いいです、いいですから、ちょっと、ちょっとでいいから馬車で横になってて良いですか?問題が起こったら呼んでくださいね」


 いまから叔母やヴァルツ様を追い出すのですから。

 横になれる場所と言えば屋敷ではなく馬車の中しかない。

 よろめきながら馬車に入って行く姿を見ると、さぞ大変だったのでしょうね。


「お兄様、どうしましょうか、シャーロット様を待ちます?」

「いや、一先ず我らが乗り込もう、極力身内の恥を見せないで済むならそれに越したことはないですからね」

「わかりました」

「儂もついて行ってよろしいかな」

「もちろんです!ジャスパー様」


 お兄様が先頭になって歩き、玄関ホールのドアを勢いよく開けた。


 バァアン


「今帰ったぞ!」


 当主様が帰ってきたのです、使用人は総出で出迎えるべきです。

 本来であれば玄関先に付いた時点で玄関前に並んでいるべきで、ドアを開けるのも使用人がすべきなのです。

 その事に少しイラっと来ます。

 お兄様も、ひそかに握り拳に力が入る程に苛立っている様です。


「(マーティン殿、注意なさいますよう)」


 ジャスパー様の囁きが私にも聞こえます。

 二人は剣に手をかけ、警戒を始めました。

 静かすぎる、何か罠があるかもしれません。


 二階に上る階段の上に人影が現れた。


「マーティン様、よく無事でお帰りなさいました」


 叔母の登場です。


「使用人はどうされたのです?当主が帰って来たというのに出迎えも無しとはどういうつもりですか」

「はて、大半の者は当主に愛想をつかして屋敷を出て行ってしまいましたわ、これもそれも当主の無能な経営のせいですね」


 にやりと笑う叔母から、何か得体の知れないものを感じます。

 これはなにかがあるという直感かもしれません。


「経営は叔父が代行していたではないですか、つまりは無能な叔父のせいだと言ってる様なものですよ」

「自分の無能さを棚に上げて人のせいにする、無能はこれだからタチが悪いですわ」

「そうですか、無能な叔父の代わりを連れてきました。叔母やヴァルツはこの屋敷から出て行っていただきましょう」


 お互いに無能とののしり合い無視する。

 なんというか、聞いてて頭の痛い会話です。

 ジャスパー様が呆れていなければ良いのですが。

 そっと顔色をうかがうと、今までに見た事もない険しい表情をしています。


「(レディは一旦外に出た方が──)」


 ジャスパー様がその言葉を言い終わる前に、剣が鳴動します。


 キィィン


 時間が止まったかと思いました。

 ジャスパー様は抜いた剣で、矢を弾き飛ばしたのです。

 明らかにお兄様を狙った矢はホールを取り囲む様に作られた二階部分から放たれた様でした。

 そして連続的に、絶え間なく、無差別に矢は降り注ぎます。


 お兄様とジャスパー様は私を守るように左右に立ちふさがり、矢を弾いていきます。

 私達は左右五人づつからの弓矢攻撃にさらされていたと認識できたのは、床に20本もの矢が突き刺さった頃でした。

 弓矢では決着がつかないと思ったのか、十人の刺客は剣を抜き襲い掛かって来たその時です。


『闇の章二十二節、暗闇から這いずる触手よ、敵対者を暗闇の底に迎え入れん』


 刺客の足元に黒い空間が生成され、黒い職種の様な物が体にまとわりつき、そして十人もの刺客が闇に飲み込まれ、消えた。

 思わず息を飲み込む。

 すごい、これが魔法。


 私達の後ろから、遅れて玄関ホールに入って来たシャーロット様による詠唱でした。


「これが王国式の歓迎方法なのかしら?随分手荒い様ですが、これも様式美てんぷれというものなのでしょうかね」

「お前は、黒髪の魔女!」

「もう……色々な二つ名をつけるの止めてくれません?いい加減怒りますよ!」


 その一言と同時に、地震でも起きたかの様に足が宙に浮いた感覚が襲った。

 ホールの天井の中央に飾られたシャンデレラが小刻みに震える。

 叔母も立っていられなくなり、その場にへたり込む。


「シャーロット、落ち着け」


 ジャスパー様はそういうと同時に倒れそうになった私を受け止めてくれました。

 初めて前からの抱きしめられ、反射的に力いっぱい抱き着いてしまいました。

 シャーロット様が落ち着いた為かシャンデレラの振動も収まり静寂が場を支配する。


 お兄様でさえ片膝を付くほどの何かは、流石としか言いようがありません。

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