第18話 置いてけぼり

 孤児院跡地 ルーカス・ベリサリオ視点──


「ルーカス殿下、ルーカス殿下、起きてください」

「う、う~ん、あと五十分……」

「ルーカス殿下!」

「は、はい!」


 声の主はシャーロット姫ではなく聞き覚えのある男の物だった。

 普段の癖で眼鏡を探してしまうが、最近付けていない事を思い出す。

 あの眼鏡は軽い認識阻害機能を持っていたがシャーロット姫に正体がばれた以上、付ける必要は無くなった。

 ようやくぼやけた視界が正常に戻り、相手の姿がはっきりと認識できた。


 その声の主はマーティン・ジェンキンス公爵であり、最近起きたトラブルを仕掛けて来た相手だ。

 彼に起こされた事に途轍もなく違和感を感じた。

 どうして、彼がここに居るのだ?

 彼は味方なのか、敵なのか、それすらもわかっていない。

 それ以上の問題として、やはりと言うべきかシャーロット姫がここには居ない。


「どれくらい気を失っていたのだろうか。マーティン公爵はどうして此処に?」

「エレノア嬢から此処に来るように言われたのです、何があったか覚えてられていますか?」

「その、シャーロット姫が五人組の男に攫われてしまった、相手が何処の誰かも何処に行ったのかもわからない」

「意識ははっきりしている様ですね。ご安心を、エレノア嬢の知り合いが追跡しているそうです、とにかく移動しましょう」


 何を悠長にしている?僕を呼びに来くる時間があればさっさと助けに行かないのか。

 シャーロット姫が今この瞬間に何をされているかもわからないのに、心配ではないのかと問い詰めたくなる。

 僕ははやる気持ちが抑えきれないでいた。


 だが、考えても見れば彼は彼女と敵対していたのだから助ける義理はない。

 だからこそエレノア嬢が絡んでいる事が謎だ。


「君は………、今は味方だと思っていいのか?」

「今は味方だ。信じる信じないかは任せるよ。それと、この前の事はすまなかったな、それだけ追い詰められていたのだが、言い訳でしかないな」

「仮にも公爵たる者が財政難になっているとは思わなかったよ。寄り子に頼れば良かったではないか?侯爵、伯爵あたりならそれなりに余裕もあろうに」

「配下の者に金をせびるなんて厚顔無恥な行いをしろと言うのか?それこそ亡くなった父上に顔向けできなくなります」

「ふむ…、言い方次第ではあるかもしれんが、そうかもな」

「それにそのような事をすれば叔父がその事を口実に私を陥れるに違いない。今となっては何を言い出しても可笑しくないのですよ」


 確かジェンキンス公爵の治める土地は直轄地が広大で、その半分以下の広さを侯爵以下の六分割していた筈。

 寄り子に腹を割って話せば、いくらかの援助はもらえた可能性があるがネックとなるのはやはり叔父の存在だ。

 先ずはその排除が最優先だという訳だな。

 若くして家督を継いだせいで苦労をしたのかもしれないが、結局継承した領地を守れなければ意味はないというのに、行動が消極過ぎだったのではないかという気がしてくる。


 その後も領地運営について意見を交わしたが、僕から見ても知識不足が否めない。

 本来にはしかるべき者が側に付ついて教育を施しながら領地経営をこなすべきで、学園に通っている場合ではないと思えたが、現実は学園にマーティンを通わせるという名目で追い出されたのだ。


 次第に彼の口数は少なくなり、最後に一言『今からそれを是正する。いや、して頂くのだ』と言った。


 そして、その時に丁度目的地にたどり着いた。

 その場所は僕達が食事をしたレストランの二階だった。


「君たちはこんなところで一体何をされているのですか」


 エレノア嬢は机の上にある丸い水晶をみつめていた。

 その水晶はには薄暗い部屋が映っており、話し声まで聞こえてくる。


「これは、一方通行の魔道通信機よ。シャーロット様のイアリングが発信機になっていて殿下のデートも一部始終見せて頂きましたわ。随分情熱的に案内していましたね、ふふふ」

「なんて悠長な…、どうして今すぐ助けに行かないんだ!」

「あははは、それがですね」

「笑い事ではないのですよ!」

「まぁまぁ、落ち着いて。えっとですね、それが実は──」


 かれこれ三十分ほど前から、シャーロット姫は着せ替え人形にされており。

 途中で現れた男性により選ばれた服を使用人によって着せられるというよくわからない状態に陥っているとか。

 どうやら、その男性が小さな女の子が大好きな様で、色んな服を着せたい要求が抑えきれなかったとか。

 特に黒髪にはゴシックドレスだと歓喜の声を上げているとか。

 時折鏡で確認された姿はかなり低い年齢向けのブランド服だという事は確認できていた。

 エレノア嬢によると、シャーロット姫は嫌々ではなくむしろむしろ嬉々として着替えているとか。

 彼らに危機感が足りないと思っていたが、誘拐された張本人まで危機感がないとか頭が痛くなる。


「それで、その男って何者なのですか?」

「私は知らないのですがジェンキンス公爵はご存じです?家の関係者だったりしません?」

「そ、その、私の叔父………ですね。一体何をしているのやら…」

「ふむ…、そうですか、これでグラスナイト商会とジェンキンス公爵家が繋がったという事ですね」

「もしかして、シャーロット姫はわざと囮になっているという事ですか?」

「痺れ薬を盛られたのは想定外ですが、おおよそその通りです」


 この二人が行動に起こせないのは、姫に対して害をなそうとしていないからなのだろうか。

 それとも更なる黒幕でも来るのを待っているのだろうか。

 そんな事を考えていると、向こう側が騒がしくなってきた。


「あっちの方で動きがあるようです、お静かに」


『クライアント様の登場か、折角の着替えショーおたのしみもこれまでだ。軽度の痺れ薬と魔力循環阻害薬も投与しておけ』

『全く、好きにしていいと言われたからって、こんな事をするなんてね…』

『まぁ、これで篭絡できれば安い物であろう?』


 魔力循環阻害薬と言えば、服用すると体内の魔力が正常に扱えなくなり、平衡感覚を失い、無理に魔力を使えば嘔吐するという薬で、今では停戦状態の隣国で多用されている拷問薬だ、その薬をどうして一介の貴族が持っている?

 薬を投与されたからか、映像が横倒しになった。

 これはシャーロット姫が立ったり座っている事すらできなくなったと言う事だ。

 状況がかなり悪いのではないだろうか、ここにる二人はまだ行動を起こす様子もない。


『この瞳は確かにアルヴァレズ公爵令嬢だな。噂通り薄気味悪いな。残念だが予定が変わってお前には死んでもらう事になった』

『どうして………こんな…事を……』

『なぁに、アルヴァレズ公爵には再び独立してベリサリオ王国と戦って貰わねばならん。そういう意味ではお前には何の恨みもないのだが切っ掛けを作る為、諦めて欲しい。おっと、そんな睨むなよ、俺にも同じ年ごろの娘が祖国に居るのだ、だから酷く心が痛むんだ、俺も辛いんだ、分かってくれよ。セレサ、殺害の罪を擦り付けれる丁度良い相手が居るのは本当か?』

『はい、マーティン・ジェンキンス公爵は先日もこの者とトラブルを起こしていますから、うってつけかと』

『あの~………、できればこっそり生かしておく事は出来ませんかね?ちゃんと飼いますので』

『ふざけているのか、子猫じゃないんだぞ』


「限界ですね、騎士の皆さん突撃お願いします!私達も行きますよ!」

「え?騎士?ちょっと説明──」


 どういうことだ?祖国とはなんだ?騎士って誰に言ったんだ?

 僕は二人に付いていく事になった。

 訳が分からないままで説明もなかったが、それは助けに行くのには些細な話だった。

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