第17話 戦闘実況

 男達の手には武器があるのですからルーカス様は逃げるべきでした。

 こんなところで、怪我でもしたら大変です。

 わたくしなんて放って置いて一目散に逃げてと言いたいのに、まともに喋る事も出来ないのは非常にもどかしい。


「お前たちはここに何をしに来た?」

「そこのお嬢ちゃんを頂きに来たのさ。お前には用がないから逃げても構わないんだぜ?五対一だ、勝てないのも当たり前だから逃げた所で誰も咎めやしないだろう?それにそのお嬢ちゃんの恨まれっぷりから考えれば、むしろ感謝されると言えるな。お前がおびき出して俺達が美味しく頂く。名声はお前にやるよ、俺達は報酬さえ貰えればいいんだ」

「断る!彼女は僕がエスコートしている。放って逃げる事など男の恥。お前たちには指一本触れさせてなるものか!」


 言っている事はカッコイイのですが、どうか無謀だと気づいてほしいのです。


 ルーカス様が腰の剣を抜き、構える。

 五人の男がルーカス様を取り囲む様な位置取りをする。

 ハラハラが止まらない、ルーカス様の剣術の腕ってどうなのでしたっけ?強いの?強いから大見え切れるの?


 面倒なので正面の男を正男、左前方の男を左前男といった感じに呼ぶことにしましょう。

 実況はわたくし、シャーロット・アルヴァレズ公爵令嬢が脳内音声にてお送りします。


 先制攻撃で正男が剣を振り下ろした、些か攻撃が単純すぎます。

 殿下がその剣を大きく弾くとカキーンと大きな音が大きなホールに響く。

 それを見た右後男と左前男がチャンスとばかりに同時に切りかかる。

 殿下は左前男の剣を弾きつつ前進し、右後男の剣は空を切った。

 それを見逃さずに、殿下は右後男の剣を右前男に向かって弾き飛ばした。

 右前男は咄嗟に避けたが、その隙に殿下が間合いを詰めて斬りかかる。

 だが右前男もただでやられない、態勢を崩しつつも殿下の剣を受け止めた。

 おおっと、このタイミングで正男が突きを繰り出した。

 まん丸な体形のせいか殿下は避けれない!

 だが殿下も負けていない!

 右前男の剣をいなすと正男の剣が右前男に当たりそうになった、咄嗟に突きを止めたが、態勢を崩した右前男は完全に無防備だ!

 殿下は右前男を足蹴りし、正男とまとめて吹き飛ばした!

 善戦です!殿下凄く善戦しています!


 でーすーがー、このタイミングで横やりが入る!

 今まで空気だった左後男が令嬢の喉元に剣を当て、『お嬢ちゃんの命が惜しいなら武器を捨てろ』と脅します!卑怯です!男の風上にも置けません!

 ああ、令嬢の運命や如何に?殿下は令嬢を無事守り切れるのでしょうか!?


 単純に五対一で戦う場合はルーカス様の動きでよかったのかもしれない。

 だけどわたくしが人質になる事を警戒するなら前進したのが失敗で、その時点で負確です。

 物語のヒロインであればここで「私に構わず戦って」とか逃げてとか言うのでしょうが、痺れが続いてるので何も言えません。

 それにしても髪の毛を鷲掴みにして顔を上げた状態を強要させられ、かなり辛い。

 というか頭皮痛いのでやめて欲しい。

 とはいえ、この先、命の保証はないのですよね。


「卑怯だぞ!」

「何とでも言え!五対一の時点で卑怯は承知の上だ!それでどうする?見殺しにするか?俺達はどちらでもいいぞ、生きて捕まえろとまでは言われていないからな」

「くそっ、わかった言う通りにする」


 カラーン


 剣を床に落とした音がホールに響いた。

 わたくし達の敗北が確定した瞬間だ。

 敗因は、無警戒に食べ物を口にしたわたくし。


 腹を蹴られ、わたくしの前に倒れるルーカス様。

 わたくしは猿轡を付けられ、さらに手を後ろで縛られ、足も縛られた。

 そして大きな袋に入れられ担がれた。


 それからルーカス様がどうなったかはわからない。

 わたくしもどこに連れていかれたのかわからない。


 わかっているのは男達の話す内容だけ。

 クライアントらしき人の元に連れていかれ、引き渡されたらしい。


 大きな袋を外されたかと思ったら、そこは薄暗い部屋でした。

 板張りの床に無造作に転がされた。

 ベッドがあるのにあえて床に転がす当たり、そういう目的ではないのでしょう。


 部屋の中には女性が一人に男性が二人。

 女性は四十代くらいだろうか、ド派手なドレスに品のない装飾品、悪趣味な成金の匂いがぷんぷんします。

 男性二名はそのお付きなのか、三十代くらいで飾り気の一つもないスーツを着ている。


「いい事?お前を殺そうと思えばいつでも殺せる。猿轡を外してやるが、魔法を使ったらすぐ殺すからね。わかったなら頷きなさい」


 頷くとようやく、自由に話せるようになった。


「あなた達は何者ですか?」

「五月蠅い、質問は受け付けないよ。いまから畜音機を使うから次の事を言う様に、それは──」


 セリフを書かれた紙を渡され、言われるがままにその言葉を口にする。


『わたくしは、シャーロット・アルヴァレズ公爵令嬢です。わたくしの安全と引き換えに公爵領の半分を……』


「なにしているんだい、さっさと言いな!半分残してやるのは慈悲だよ。感謝する事ね」

「お断りですわ!」

「お前、自分の置かれている状況が理解できていないようね」


 パシーン


 わたくしの頬を平手打ちした音が部屋に響く。


「あの戦争は王国側が勝ったのよ?その証拠に公国を王国が吸収したでしょう?なのに緩衝地帯をまるまる公爵領とするなんて、まるで勝った気にもなっているのですか?あれは王族が無能でそれにつけ入ったお前たちが邪悪なのよ、私達はそれを是正せねばなりません、悪に鉄槌を、正義に祝福を!」

「悪に鉄槌を、正義に祝福を!」

「悪に鉄槌を、正義に祝福を!」


 なんなのこの人達。

 変な宗教なんじゃない?

 狂信者ならこの言動も納得ですね。


「セレサ!そろそろ、畜音は終ったか?まだなのか!小娘一人言う事を聞かせることが出来ないとは情けない!おぉ、これが噂のアルヴァレズの娘か。黒い髪に、赤い瞳……、恐ろしい…恐ろしいぞ。悪魔や魔族と言われるのもわかるな。だが、それだけにそそられる、お前が頼み込むなら妾の一人にしてやらなくもないぞ、ハッハッハッハ」


 部屋に入るなり偉そうに言うのはシルクハットを被った中年太りの男は四十代といった感じで、おそらく貴族なのでしょう。

 ふざけた物言いと言い、どれだけ世の中を甘く見ているのか。

 何でも自分の好き勝手に出来るとでも思っているようなその言葉に反吐が出そうです。


「あなたは何者ですか?名を名乗りなさい」

「お前、何様のつもりだ?その上から目線で言い方、躾が必要なようだな、おい!アレを持ってこい!」

「そ、それは!」

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