第16話 初めてのデート

 グラスナイト商会とサンダーズ商会は長く客の取り合いを続けている関係で非常に仲が悪い。

 爵位を授与されるとなった時も、これで見下せると思って大喜びだったが、現実は同時に授与された事で、より一層因縁を深い物としてしまった。


 そして、グラスナイト商会のやり口が変化したのもこの頃からだ。

 爵位を得た事で貴族に関わりやすくなり、関係を深めていく中で貸金業を始めた。

 それが本当に貸しているだけであれば問題はないし、口を出す事でもない。

 その手口はジェンキンス公爵家のように取引相手は当主でなく、後見人や執事、親戚、酷い場合はメイドに書類を偽造させるなんて事もしていたが、未だにその手口が断罪された事は無く、貴族界隈での影響力が増す一方だった。

 サンダーズ商会としてはどうにか尻尾を掴み、正義の鉄槌を下したいという思いがあった。


「と、いう関係だそうですよ」

「ふぅん、エレノア嬢にも悩みがあるのですね」


 そんな失礼な事を言うルーカス様。

 実は既に市街地に到着し、サンダーズ商会直営のレストランで昼食を頂いている所です。


 要はデートの真っ最中。

 慣れないわたくしはついつい色々な話題を持ち出しては会話を繋げています。

 それはもう喋りすぎなくらいだと気づいて、ぴたりと話を止めてしまいました。


「今日はよく話されるのですね。普段の食事時の五割り増しくらい早口ですが、普段通りでいいですよ?もしかして緊張を…」

「そ、そうですよね、すこし緊張しているのかもしれませんね」

「僕からエスコートを申し出たのですから、この街の話など話題はいくらでも提供しますよ」


 その言葉通り、歩きながらのルーカス様の話は街の歴史を交えた興味深い話が続いた。

 その大昔、川の氾濫を治める為に橋に人柱を使ったとか、大教会を作るのに百年の歳月がかかったとか、時計塔の時計盤が貴族区域方面にしかないといった、およそ知らなくても生きていける程度の雑学ですが、その雑学の量はこの街に対する思い入れが伺い、わたくしもその気持ちに当てられたのか少しずつ好きになってきました。

 そうでなくても、立派な建築物という物は見ているだけでも楽しいものです。


 そして、訪れたのはなぜか寂れた孤児院跡地です。

 ルーカス様の言葉は急に少なくなり、壊れた玄関を潜り抜けると最早話してはいけない空気になってしまいました。

 静寂に包まれたその施設は近々取り壊され、新しい孤児院が建つ予定だという話ですが、この建築物の朽ちれ具合を見る限りは既に何年も使われていないように感じ取れました。


「すみません、久しぶりに見たくなって来てしまいました」

「構いませんよ。廃墟と言うにはまだ新しいですが、少々手入れをすれば使えそうなのに勿体ないですね。ここにどれくらい?」

「三年ですね。戦争終結の前の年に入りました。あ、その当時はちゃんと細かったのですよ?」

「気にされていたのですね、でもダイエットの効果でしょうか、少しウェストが締まってきたのではないですか?」

「以前は本当に動いていなかったのですから、その反動でしょうね。その内クッションとしては不適格と言われそうです」


 勿論、わたくしは抱き着いた事なんて無いで、クッションとして見た事なんてありません。

 そう言いそうなのはクレアさんで、実際に抱き着いた事があるような事を言っていました。

 その感触は悪くないらしく寒い季節であればお勧めするとの事でした。

 そして、今の季節は汗臭いのでお勧めしないそうです。


 気軽に抱き着くような関係だと明言する当たり、二人の関係ってどこまで行っているのかが気になっていました。

 実際にどのような関係でも良いので、はっきりして頂きたいと思っていました。

 むしろクレアさんがそう言った事自体、わたくしに対する牽制ではないかと疑っています。


「そうですか、仲がよろしいのですね」

「はい」


 その返事には屈託のない笑みがこぼれ、後ろめたい気持ちなんてどこにもないと言っている様でした。


「ここに座りませんか?」


 椅子の上にそっとハンカチを置いて、その上にどうぞと言った感じで誘導され、そのまま素直に座る。

 ルーカス様は隣の椅子に座り、焼肉串を勧めて来た。

 つい先ほど屋台で買った食べ物なのですが、ダイエットしている人の食べ物ではないなぁと思いつつ買った物は仕方がないので、素直に受け取る。


「これが買い食いという行為なのですね、少し新鮮です」


 それにしても食事を自分で作らないなんて、いつぶりでしょう。

 レストランではエレノアさんから招待状を頂いたので甘える事にしたのですが、たまには他人の作った料理というのも良い物ですね。

 そこでは料理方法レシピを探りつつ、お美味しく頂きました。

 串はただ焼いただけなので、純粋に素材の味を楽しむくらいしかなさそうです。


「この焼肉串とか最近まで、よくクレアに買って来てもらっていたのですよ」


 他の女、というかクレアさんの話題が度々出る事に、少しずつ心の中がザワついてくる。

 この人は仲の良さをアピールしたいだけなのでしょうか。


 わたくしは、少し苛つきながら焼肉串に噛みつきました。

 まぁ、わかってはいましたが、肉を焼いただけですね。

 何の変哲もありません。

 パクパクと食べ、あっという間に一本まるまる食べきりました。


 その食べている所をルーカス様が見続けているのが不思議です。

 食べ方にマナーでもあったのかと心配して、見つめ返してしまいます。


「ルーカス様は食べないのですか?あまり女性が食べている所をじっと見るのは感心しませんわ」

「申し訳ありません、勢いよく食べるのが意外だったので…つい」

「そんな事より、熱い内に食べた方が──」

「シャーロット姫!どうなされましたか!」


 唐突に襲ってきた痺れ、上手く舌が回りません。

 体全体が痺れ、椅子の肘置きにもたれているのがやっとの状態でした。

 何か毒を盛られた…、レストランの食事に遅効性の痺れ薬?または毒?

 それか、今食べている、焼肉串?


 その時、孤児院の玄関に人影が見えた。

 逆光で顔は見えないが体格的に男性で五人居た。


「そろそろ、言い頃合いだと思っていたぜ」


 侵入者はニヤケながら近づいて来る。

 それに合わせ後退りするルーカス様。

 まさか戦うとか言わないですよね?

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