第二幕 ジェンキンス家

第15話 下調べ

「──つまり、魔術を扱いやすいように王国ではペレスニア式の詠唱を採用しています。未だにリードインクス式を利用している地域もあるようですが、習得に時間が掛かるのと適正の無い者にとってはいくら勉強しても使えないという問題がありますね」

「先生、アルヴァレズ公爵令嬢が使っているのがリードインクス式ですよね?彼女の魔術は随分強力な様ですが、熟練者同士であればどちらが強いのでしょうか?」

「良い所に気付きましたね。結論から言うとペレスニア式の方が強くなります。ですが、これは単純にぶつかった場合の話でして、対人魔術において、魔術の強さの比較は意味がありません、なぜならば──」



 退屈な授業。

 退屈な日々。

 退屈な人間関係。


 ヴァイオレットさんの失踪から二週間。

 あれから、陰湿攻撃いびりはぴたりと止まり、ある事と言えば、今の授業の様にわたくしを軽く否定する程度の嫌がらせです。

 しかもちょっと睨むだけで、委縮するのですよ、これではわたくしの方が悪者みたいじゃないですか。

 暗殺も無ければ、誘拐もないし、恐喝も恫喝もない、誰もあからさまに敵対してくれないのです。



 そんな退屈がパレードで百期夜行で大行進して、ウンザリしている。

 それでも時は流れ寮に帰る時、ほんの少しの変化が訪れた。


「シャーロット姫、よければ明日の休息日に市街地の方に行きませんか?」

「いえ、行く予定はありませんよ」

「そうではなくてですね、王都に来てから観光もしていないでしょう?市街地の方を見て回るのも楽しいですよ」

「そうですね、では行ってみる事にしますね」

「そうじゃなくて、僕と一緒に見て回りませんか?」

「ですが、市街地なんて王都育ちのルーカス様には退屈なのでは?」

「その、僕がシャーロット姫をエスコートしたいのです、それではいけませんか?」

「そういう事ですね…………。ふむ、わかりました。では朝食の一時間後に待ち合わせしましょう」


 そんな些細な会話を誰にも知られていないと思っていると、どうやら地獄耳を持つ者がいて、夕食後にわたくしの部屋に遊びにきていました。

 エレノアさんの情報網が凄いのか、女子の噂話が好きの結果なのかどちらなのでしょうね。


「シャーロット様、シャーロット様、明日はデートですよね、着ていくものは決まりましたか?」

「デート?デートなのでしょうか?」

「男女二人で観光なんてデート以外の何物でもないでしょう?まさか、デートした事がないなんて言いませんよね?………え?」


 実にその通りです。

 だって、婚約者の居る立場で出来る訳がないでしょう…。

 その予定自体に内心、過剰なほどに意識しているわたくしがいました。

 着ていく服を悩み、何するか考えると鼓動が早くなる程度、その程度です。


「いけませんか?」

「いえいえ、良いと思いますよ。そんな上目遣いで顔を赤らめるなんて可愛いなぁ。もっとお姉さんに甘えてもいいのですよ?」


 そういって、頭を撫でてくるのですが、これ、完全に子ども扱いですよね。

 ですが、何故か懐かしい感じがします。

 よく兄が頭を撫で来た事を思い出し、うっかりホームシックになりそうに…。


「子どもじゃないんですよ、その、撫でるのは程々にしてくださいますか…」

「まんざらでも無い顔ですよぉ~?うりうり~……………大丈夫ですか?いつもならそろそろ怖い顔してそうなのに」

「大丈夫ですよ。というかエレノアさんはわたくしに怒ってほしいのですか?」

「いいえ、怒らないのでしたら怒らない方が良いですよ。できればいつも可愛いお顔で居て欲しいです。でも、怒って発散できる物があるなら、そうした方が良い事もあるでしょう?シャーロット様はいつも我慢したり、変な事に悩んでたりするんですから。そうですね、例えば今はジェンキンス公爵家の事をお悩みなのでは?」


 エレノアさんの勘のよさに少し驚かされました。

 それはそれで複雑な思いとなり、ちゃんと見てくれている事が嬉しいような、見透かされて恥ずかしいようなといった感覚を、エレノアさんの豊満なボディに抱き着いて誤魔化そうとした。


「甘えるならこういうのもアリですよね?」

「ふふふ、なんだか、本当に妹が出来た気分ですね」

「でも、身の安全を考えるとエレノアさんはわたくしに近づかない方がいいのですよ?わたくしを狙う輩をあまり侮らない方が良いかと」

「まぁ、権力にはそこそこ弱いですが、保身と護身はそれなりの心得がありますのでご安心を。平民出身でほぼ貴族だけの学園に入学する図太い根性は伊達ではありませんからね」


 この状況では傍仕えを一人も付けずに来た意味がないとまで思っていたのですが、侮っていたのはわたくしの方だったかもしれないですね。

 エレノアさんの膝枕に甘えながら数枚の書類を手渡した。


「なんでしょう?これは報告書?」

「ええ、王都に一緒に来た騎士を兼ねた諜報員様が……あ、諜報員を兼ねた騎士様でした。まぁその方たちに調べて頂いたのですよ。そしたら……もう、足が出るわ出るわで出すぎてムカデになるくらい。横領、恐喝、気に食わない相手を奴隷にしたりとね、やりたい放題、好き放題。エリンさんのご両親も彼らの手によって追い詰められ自殺。そんな問題となる人が丁度、王都に滞在している様なのですよね。領地は借金でサラマンダーみたいな状況で利権を切り売りし、そのお金で本人は暴食暴飲、ギャンブルに女遊びと贅沢三昧」


 思わず大きなため息が出そうになるのをぐっと堪えて介入すべきかどうかを考えていた。

 もし介入するとなると口実が欲しい。

 マーティン様に言っても素直には受け入れないでしょう。

 エリンさんの件で介入できるかと思ったのですが、まだ正式に異動した訳ではありません。

 さて、どうした物でしょうかと思っていると、報告書を見ているエレノアさんの表情が……その、悪党その物とでも言いましょうか、少し背筋が凍りつきそうな表情をしていたのです。


「え、エレノアさん?どうかなさいましたか?」

「ふふふふ、借財相手がグラスナイト商会なんですね。介入するのに良い材料がありますよ。というか私、いえ、サンダーズ商会も介入させてください!」

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