第14話 歪な思惑を持つ人達

──とある薄暗い地下牢


「おい起きろ」


 バシャアッ


 水を掛けられた令嬢は薄っすらと目を開ける。

 制服がびしょ濡れになり、床に寝転ばされている事、そしてここが薄暗い牢屋の中だという事に気付き、血の気が引いてゆく。


「起きたのか、俺に感謝する事だな。お前のような残念令嬢を助けてやったのだ、あのままだと斬首又か勘当の上国外追放される所だったんだぞ」

「残念って失礼ですねっ」

「いやいや、残念だろう?アルヴァレズ公爵令嬢を追い詰めようとしてイジメを繰り返していたのに悉く無視された挙句、王子を誘惑し失敗したんだ。そんなお前を残念と言わず何と言えばいいのだ?自己中?無計画?行き当たりばったり?それとも悪役令嬢?とでも言おうか?」


 言いたい放題の仮面の男に対して言い返す事も出来ず、令嬢は悔し涙を溢し、涙は頬をつたって手の甲に落ちた。

 歯を食いしばり、流す涙をこらえている筈なのにボロボロと零れるその様は、仮面の男に見られる事でより一層惨めな気持ちになった。


「もっと大泣きをするかと思ったのだが、案外大人しいのだな」

「貴方は誰なのですか!どうしてこんな事を…、私をどうするおつもりですか!?」

「悪いようにはしないさ。ただ、俺の言いなりになって働いてもらうだけだ」

「誰が貴方の様な怪しい男の言いなりになりものですか!」


 令嬢の発言から一瞬の沈黙。

 男が仮面を外すと令嬢の表情は硬直する。


「怪しくない男であれば良いのであろう?」



 ◇



──王宮 第二庭園ジニアガーデン


 庭園の中心にあるガゼボに一人の少女が居た。

 年頃は十四程で、年相応の身長に整った顔立ちに無垢な雰囲気を醸し出していた。

 そこに近寄る王子が声を掛ける。


 ガゼボは四~五人の座れるスペースとテーブル、そして丸い屋根のある小さな建築物で、王族が時折、花の咲き誇る庭園を眺めながらのお茶会を楽しむ場所だった。

 この少女がこの世界に来てからは、この第二庭園ジニアガーデンと離れの建物をその少女専用とし、王子と一部の使用人だけが立ち入る事を許されていた。

 尚、この少女、というか異世界人の特徴として何故かこちらの言葉を読み書きできるのは一部の人間にとっては常識だった。


「こちらの食事にはなれましたか?聖女ヒナノ様」

「もう…、何度も言いますが聖女は止めてください、そんなは力ないですし、普通のごくありふれた女子中学生なんですよ、だから様付もなくていいです」

「ジョシチュウガクセイですか…、それはきっと崇高な職業んだったのでしょう」

「そんな訳がないでしょっ」

「それは兎も角、ヒナノ……、今日も魔法の成果を見せてくれないか……おや、顔が赤い様ですが」

「うぅ、急に呼び捨てにされるとちょっと…」


 少女はモジモジとしながら上目遣いで王子をチラチラみていた。

 王子はその気持ちを汲み取れないでいたが、その表情を見るのは嫌いでなく、むしろ可愛く思えて好ましく感じていた。


「こほん、体調もすぐれないようですし、今日は所はゆっくりとお茶を楽しみましょうか」

「はい」


 召喚されてから半年間、ヒナノは食事にはなかなか慣れないでいた。

 試しに市街地に遊びに行った時は、ヒナノが下賤な者達が作る食物に興味を示していたがそれを却下し、最高級の料理人を揃えてこの世界の高級料理を日々振舞った。

 その高級料理が舌に遭わないのだから、下賤な者達が作る食物なんか食べると病気になるのではないかと心配をしていたのだ。

 そして、いつか舌に合う料理が見つかる事を祈るしかなかった。


「この世界には学校という物はないのでしょうか」

「ありますよ。ですがヒナノは行かない方がよいでしょう。あそこは怖い所で、今年は特にこの王国に敵対する黒髪の悪魔のような女が入学していますから、きっとヒナノの美しい心が穢れてしまうでしょう。それは絶対に避けなければいけないのです」


「それでも興味があるのです、少しの間だけでもいいので通えないでしょうか」

「ヒナノは困った人ですね。仕方がありません、僕が全身全霊をもってヒナノを守りましょう。ですが、私の正体を明かす訳にはいきません、……サイラス、そう、サイラスという名前で行く事にします」

「ありがとうっ。やっぱり王子様は優しいのね」


 尚、勇者、聖女という概念はお伽噺だけの存在であり、この世界に実在した事は一度たりとも無かった。

 王子はそんな事もお構いなしに異世界人から貰った大好きなラノベ《バイブル》にあった『異世界から召喚された少女は聖女の可能性がある』という法則を信じ込んでいた。

 そのラノベ、王子自信は読めないのでヒナノに読んで貰っている。

 ヒナノはイケメン王子がラノベを朗読して欲しいと懇願する姿に困惑し、いまいち恋愛感情を持てないでいた。



 ◇



──第一魔術師団 師団長室


 その部屋にはやせ細って目の下にクマを作った中年の男がいた。

 彼はここ最近酷く怯え悩んでいた。


 黒いローブに包まりいつも震えているのだ。

 この様な姿は部下には見せられないとわかっている為、部屋の周りの足音に酷く敏感になっていた。


 カツ カツ カツ コンコン

 

「団長、私です入りますよ」


 ガチャ


 ノックの音から0.1秒という一瞬の間に威厳のある団長の雰囲気を醸し出し、震えも止め、姿勢を正した。

 キリっとした顔をしているが目の下のクマは取れていなので、過労感は否めなず、同情を誘った。


「何かね、例の件に進展でもあったのか?」

「えっと、教師として潜入していた伍長はノイローゼの為、退役しました」

「ぶはっ、何があったのだ!?」


 冷静に取り繕う為に飲んでいた紅茶を盛大に吹き出す程に動揺した。

 伍長には魔道研究所まどらぼが開発した強力な魔術封印魔道具を渡した筈だから負ける筈がない。


「それが、その魔道具を破壊されたみたいですね」

「そんな馬鹿な!あれにどれだけ予算をつぎ込んだと思っているのだ…、はっ、身元はバレていないだろうな!?逆恨みで我らが狙われては身も蓋もないぞ!」

「それは大丈夫なようです。ただ、研究所が作ったと供述してしまったので魔道研究所まどらぼが狙われるのは時間の問題かと思われます」

「そ、そうか。それでは仕方がないな魔道研究所まどらぼで我らとの繋がりを知る者を一時的に引き抜こう、後は……まぁ必要な犠牲だ」


 状況の悪化に眩暈を覚えた団長は深く椅子に座りため息を付いた。

 九年前の大敗以降、他国からは舐められるわ、魔王は攻めてくるわで、一度は立場を失い解散しかけた魔術師団だが、今では大所帯となりどうにか師団として恥ずかしくない規模に達した、なのに今更信用を失うような事態は避けねばならない。


 そう、事は信用問題となっていた。

 折角、先王様が頭を下げてまで我らの失敗を隠蔽したのに、あの令嬢が喋ってしまっては元も子もない、その為にもあの令嬢には秘密保持の為に絶対に亡き者にしなくてはならなかった。

 しかも、王子と婚約しているので秘密裡に処理する必要がある。


 さらなる問題は、あの令嬢を師団長に推す者が居る事だ。

 たしかに潜在魔力量は令嬢の方が多いかもしれないが、魔術の取り扱いは年季が物を言うはずで、自分の方が格上の筈。

 直接対峙すれば勝てる自信がある。


 そして、その令嬢が王都に出て来た、しかも単独でだ。

 護衛も付き人も居ない隙だらけの今ならば、秘密裏に抹殺できると思ったのだ。

 最初の刺客こそ失敗したが、次はそう簡単にはやられない。

 間違いなく止めを刺してくれるはずだ、その為の対魔術師の実力者エキスパートだからな。


「団長?」

「なんだ?」

「代理教師として送った曹長ですが、大丈夫でしょうか」

「何を心配する事がある」

「いえ、その曹長ですが、実は──」

「なんだと!?今すぐ引き戻せ!そんな趣向持ちだと思わなかった…。いや、もし曹長が我らを裏切った場合、全てが水の泡に…!!仕方がないっ、私が行く!」


 勢い良く立ち上がった為か眩暈がしてふらついた。

 部下からは過労気味と思われていた為か、他の者が行くからと休養を強制された。

 そうして団長の落ち着かない日々が続くのだった。

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