第8話 冷たいもの有ります
お風呂場の一件から二日目。
持ったよりも良いテンポで
下駄箱にゴミが詰められていたり、部屋に魔物ガエルが放りこまれていたり、靴に画鋲を入れられたり、階段上から突き落とされたり、ノートを引き裂かれたり、水を頭から掛けられたり、部屋の壁に落書きされたりと、まぁそこそこ色んな方法です。
わたくし、ワクワクしていますの。
だって学園系物語の中にいるような状況ですもの。
次はどのような手を使ってくるのかしら?
「シャーロット様?嫌がらせにされていますよね?どうして何も言わないのですか?」
「う~ん、いえ、やることがお可愛いので微笑ましいのですよ」
と、クレアさんとこのような会話を教室内で堂々とするあたり、犯人の神経を逆なでしているのでしょうね。
「シャーロット様、ちょっとよろしいかしら?」
「はい、え~と、ごめんなさい、お名前をお聞きしても?」
「エレノア・サンダーズですわ」
「(爵位をお金で買って貴族になった領地なしの男爵令嬢ですよ)」
「(なるほど、それで自ら爵位は言わないのですね)」
「ひそひそと話しても、聞こえていましてよ」
「あはは、大したことは話しておりませんよ。それで何の御用でしょうか」
「聞けば苛めにあっていると言うではありませんか。そんな、ふしだらな公爵令嬢様にご忠告をと思いまして」
「へぇ、どのあたりがふしだらなのでしょうか?ご教授願えますか?」
「朝、走ってる恰好がふしだらその物ですわ、殿方に手足を見せる事自体貴族の令嬢としてあるまじき恥ずべき行為です、貞操教育を受けられたのですか?全く持ってお下品です!」
「いいじゃないですか手足くらいお見せすれば、市井では普通ですわ。貴族だけ隠す理由なんて無いでしょう?それとも、ぶよぶよでお見せできない?まさかぁ、そんな事ありませんわよね?そもそも剣術の時間に軍服を着る事自体非効率的なのですよ、運動をするならそれに適した服を着るべきです。今だって少々暑いでしょう?指定の制服着用の義務がなければ、袖を全て取っ払っている所ですわ」
「袖をって…。そこまで常識がないとは思いま……あら、そういえば、この暑さで汗一つかいてないのですね」
「ふふふふ、それはですね。これを制服に仕込んでいるからですわ」
取り出したのは定規程度の大きさの生地でアイスフラワーの花びらを織り込んでいるアルヴァレズ領特産品。
まだ王都には出回っていないレア中のレア。
アイスフラワーはアルヴァレズ領の殆どが寒い気候のお陰で栽培できる品種で、こちらでは絶対育たない花なので出回るハズがありません。
恐らくは存在すら知らないでしょう。
「ひんやしして、気持ちいい……、ずっと握っていたいくらいですわ、これは何なのでしょうか?」
「クールクロースと言いいます、想像してみてくださいな。汗をかきやすい脇、臭いとか気になるでしょう?香水で誤魔化すの大変でございましょう?ですがこれを何か所か制服の内側に縫い込むだけで広範囲に服を冷却し汗一つかかない制服の出来上がりです、一度付ければ二カ月は冷たさが継続しますわ。あ、でも、縫い込む場所には気を付けてくださいね。お腹を冷やすと体調に悪影響が出ますので」
その説明を聞いた瞬間、エレノアさんの目が大きく開き、食い気味にわたくしの手を両手で握った。
「これ、おいくらでしょうか!?買わせてくださいませ!」
「えっと、わたくしの様なお下品な者から買い上げるなど、お貴族様として大丈夫なのですか?」
「問題ありませんわ、私も常々運動する時の服装には疑問を抱いておりましたの。ですが、あのような恰好は、そのコルセットがどうしても見えてしまうでしょう?コルセットもなしで出歩けるシャーロット様が羨ましくて」
「それでしたら、ご一緒に朝のジョギングは如何ですか?適切なケアをしていれば美容にもよろしいですよ」
「もしやその幼児のようなきめ細やかでもちもちした肌は、そのケアとジョギングの成果だとおっしゃるのですか?」
「ちょ、幼児は言い過ぎですよ!コホン、ある程度はそうですね、アルヴァレズ領は平民でもスキンケアをしているのですよ」
更に取り出したのは極小さな容器に入ったクリーム。
「これを、手の甲にほんの少しだけ塗ってみてくださいな」
「あら、ひんやり気持ちいい…」
「ピリッとした感じとか、痒いとかありませんか?」
「ええ、大丈夫そうです」
「では、これをうなじ全体に薄くうす~く塗ってみてくださいな」
「す、涼しい!これ、なんなのでしょう」
「水洗いするまで冷たさが持続、さらにUVカット、保湿、美肌効果をいった──」
「これも買わせてくださいませ!」
最初の意気込みは何だったのかという状況になった。
ただ、この会話を聞いていたクラスの女子に、わたくしを抱きしめれば涼しくて気持ちが良いという認識が広まり、女子生徒が次々と抱きしめに来るという事態になってしまいました。
男子生徒は当初その状況を羨ましそうに眺めていましたが、じりじりと近寄り囲まれたと思うと、一言。
「俺達も抱きつかせてほしい…」
本能が警鐘をこれでもかと言う程の大音量で流しています。
彼らの目は正常ではなく、まるでゾンビの様にじりじりと迫ってくるのです。
「ゾンビ……ゾンビは……やだ……」
それはまるで走馬灯の様に記憶の蘇り、わたくしの正常な思考を奪ってゆく。
『獄炎の章二節、何者の存在すら認めぬ煉獄の使者──』
「シャーロット様、それはダメです!相手人間ですよっ」
「クレアさん!シャーロット様を連れて逃げてください、私達が盾になります!」
その時、女子生徒によるバリケードが作られ激しい攻防の末、男子を撃退。
わたくしはそのまま屋上まで担いで運ばれました。
その運ばれている最中に正気に戻れたのは運が良かったと思えます。
あのまま魔法を打っていたら、王都全体が…。
「クレアさんは力持ちなのですね」
「あははは、そうですね。そこらへんの貴族令嬢よりは遥に力ありますよ、えっへん、まぁ昔は平民だったので肉体労働もしていたのです、えへへ、お恥ずかしい」
「何を恥ずかしがる事がありますか、貴女は立派ですわ。労働でお金を稼ぐ尊さを知っているだけで、他の貴族の方々よりも何倍も大人だと思います、過去の身分なんて気にしないでください、アルヴァレズ領では貴族でも働かない者、食うべからずなのですよ、貴族と平民の違いは責務の違いだけです、平民だからと言って恥ずかしがる必要は全くないのです、本当にここの人達は何歳から仕事をし始めるのでしょうね」
クレアさんは少し照れ臭そうに、そして嬉しそうに微笑んでくれました。
結局、クラスの令嬢達にはわたくしの部屋にて販売する事を約束して、どうにか話がつきました。
「クレアさん、今日は虐められるよりも酷く疲れました」
「で、でしょうね、シャーロット様から色んな香水の匂いがして、少々……」
「皆さんがわたくしに抱き着いて制服にスリスリとしたせいでしょうっ、香水の他に汗臭さも混じってかなり不快です!もう嫌です、今すぐ脱ぎたいくらいですわ!」
「あはははは~、人気者は大変ですね、ところで私も一セット売って頂けないでしょうか」
「もちろんですよ、皆には内緒で格安でお譲りしましょう」
その日、深夜になるまでわたくしの部屋への来客が後を絶たず、結構な量を持ち込んでいたハズなのに全て完売してしまいました。
部屋の前に『完売、次の入荷は休息日』という看板をぶら下げてようやく落ち着いたのです。
「シャーロット様、もしよろしければ、私の商会と取引して頂けないでしょうか」
「エレノアさんの?ああ、元は商家なのですね、いいですよ専門の者に伝えておきますね、交渉もそちらと行ってください」
「はい、ありがとうございます」
「最初は、エレノアさんが、
「いえ、私こそ、ごめんなさい。受け売りでシャーロット様に突っ掛かった事は申し訳なく思ってます」
「受け売りって誰から……あー、いえ、何でもないです、名前は言わないでください、絶対ですよ」
「どうしてでしょう?明らかにその人が主犯なのですよ?」
「だって、楽しみが減るじゃないですか」
その時のわたくしはどのような表情をしていたのでしょうか。
エレノアさんがビクッと反応した様子を見る限り、さぞ恐ろしい表情だったのでしょう。
そして改めてスポーツウェアを着て見せた所、攻め過ぎとの評価を頂きました。
せめて、上着と同じ素材でボトムスを作って履くべきだとの指摘。
わたくしにとって、それがスパッツだったのですけど、駄目だそうです。
しかたなく、夜中の内に足首が見えるくらいのボトムスを作る事に。
結果、その上下セットの衣装がジャージーと名付けられ、運動着として貴族間で流行するのはすぐ後の事でした。
わたくしのファッションは王都では受け入れられないのは残念です。
はぁ。
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