第7話 走れ走れ走れ~!

 翌朝、週に一度の休息日と言う事もあり、寮生の殆どが寝静まっていた。


 そんな静かな朝にルーカス様と寮の玄関で待ち合わせる。

 私の日課に付き合ってもらう為だ。

 表向き。


「シャーロット姫っ!なんて格好をしているのですか!」

「ルーカス様こそ、そんな恰好で走るのですか?」


 わたくしは、股下、こぶし一握りくらいまであるスポーツウェアに、スパッツという領内で運動ならコレというスタイル。

 当然、走りやすいように伸縮性のある靴を履いている。

 長い髪は走るときには邪魔になるので、まとめ上げているというのに、変な所があるとは思えません。


 それに対してルーカス様は、軍服を着て、靴も堅い革製の様でした。

 まじめに走る気があるのでしょうか?


「足を出すなんて破廉恥です、いやらしいです。しかも、そのワンピースは短すぎます!色々見えてしまいます!」

「ワンピースじゃなくてスポーツウェアですよ。下にスパッツ履いているので、見られても問題ありませんわ、ほら」


「見せないでください!」


 ぺらっとたくし上げてお見せしたのに、まるで見てはいけない物の様に自ら目を覆い隠している。

 そのアクションには少々傷つきそうになりますが、反論をせざるを得ません。


「それに軍服なんて着ていたら、汗だくになって仕方ないでしょう?靴だって、そんな堅いのを履いていたら足を痛めますよ」

「僕はいいんですっ、お願いですから、もうちょっと丈の長い服を着てください!」


 うわっ何か凄く面倒くさい。

 この人をジョギングに誘うんじゃなかったと後悔してしまいました。

 破廉恥とまで言われると仕方がなく、替えの服を取りに逝かざるを得ません。


 仕方なく膝上握り拳一つ分くらいまでのワンピースに着替える。

 きっとこれ位の丈があれば、許してくれるでしょう。

 これ以上長い物は邪魔になりますし、これ以上は妥協できません。

 とはいえ通気性にそこそこ問題ありそうなので、少し不安ではあります。


「これでいいですか?」

「それでもかなり短いですが仕方ありません、今日のところは妥協します」


 元着ていたスポーツウェアの方が速乾性とか通気性が優れていたのです。

 それが着れないというだけでかなり不服です。

 こういうのなんて言うのでしょうか。

 亭主関白?束縛する男?

 着るものにいちいち文句をつけるなんて思わなかった。


「じゃあもう走りますよ?いいですよね?コースは校舎区画と森林コースをぐるっと五周、大体一時間くらいです」

「え、ちょっと、どれだけ早いのですかっ、一時間で一周が限界ですよっ」

「じゃあそうしてください、わたくしは先行して周っていますので最後の一周で追いついたら、そこからペースを合わせますわ。それではスタート!」


 それは一瞬の出来事でした。

 後方のルーカス様が見えなくなった。

 そして、風になった気分を味わえるこの瞬間がとても楽しいのです。

 領内に居た頃でも、わたくしに付いてこれる人は居ませんでしたから、それなりにはペースが早いのでしょう。


 森林コースに入ると、遊歩道の様に整備された道が続きます。

 日中であれば、色気づいた貴族ご子息ご令嬢の方々がデートしているような雰囲気のあるコースです。

 あのルーカス様と歩こうとは思いませんが、誰かと歩いたという思い出くらいは欲しいものですね。


 森林コースも抜けると、校舎が見えてきます。

 割と大きな校舎なのですが高い壁があるので校舎も上の方しか見えません。

 そんなお邪魔虫な壁が途切れた当たりで寮の姿が見えてきます。

 時々、寮側から誰かに見られる事もありますが、流石は休息日、誰一人として窓を開けている人が居ません。


 寮の玄関を通り過ぎ、一周が終わりです。

 そしてランニングコースも五分の一程度走った所で、周回遅れのルーカス様を見つけました。

 既に息を切らして、ゼイゼイハァハァと言いながら、おぼつかない足取りで走っているいます。


「ルーカス様、お先です」

「あ、シャーロット姫、早いっ」


 それから次々と追い抜き、五週目、森林コースを抜けた当たりでルーカス様と並びました。


「追いつきましたよ、ルーカス様」

「ハァハァ、シャーロット姫、ハァハァ、ハアアアア!?」

「どうないました?」


 わたくしを見るなり、顔を赤くして目線を逸らしてしまいました。


「服が透けていますよ!下着の線が見えています!これを羽織ってください」


 そう言って軍服の上着を渡してくれたのですが…。


「あの、汗でびちょびちょの上、ちょっと臭いますわ…」

「ですがっ」

「人目もありませんし、もうすぐ寮なので、わたくしはこのままお風呂に入りますので、お構いなく」


 薄い生地の上、白に近い色だったのと通気性の悪さ、速乾性の無さで服がまとわりつくくらいに汗をかいていました。

 確かに、殿方にはお見せするべきではないのは分かります。

 ですが、あの上着を羽織るのはかなり勇気が要りますね。

 正直言って無理です。


 まぁ…、目線を逸らして上着を差し出した点だけは評価しますけどね。


 最後の一周で追いついたら並走するつもりでしたが、目のやり場に困るという事で、わたくしはルーカス様の後ろを走る事にしました。


「どうですか?少しは運動になったでしょう?」

「ハァハァ、そうですが、周回遅れすぎて、ハァハァ、情けないです」

「ですが、毎日走ればその内、並走する事が出来ると思いますわ。日々の積み重ねが大事なのです。引き籠っていた分取り返してくださいな」

「ハァハァ、そう、しま、す」


 寮の玄関につくなり、早く寮内に入る事を強要されました。

 まぁそれはそれで、素直に従うしかありません。

 紳士的な一面がある事に今は感心するとしましょう。



 寮のお風呂場は大きく、何人も同時に入れるようになっていた。

 何でも十年前に召喚された異世界人が強く要望して作られた物だそうです。

 着替えを置く場所が他人にも見える様な棚になっているのが気に入らないのですが、異世界ではこれが普通なのでしょう。

 ちなみに、その異世界人とやらは、魔王が現れるなり行方をくらましたらしいのです。

 どうして逃げだしたの理解できません、魔王と戦えとでも言われると思ったのでしょうかね?


 ですが、このお風呂場はわたくしもお気に入りです。

 解放感が素晴らしいのです。

 朝に入っても夜に入っても気持ちいいですし、一日ずっと入っていたいくらいですね。


 この時もサッパリした事に機嫌がよくなり、鼻歌交じりでお風呂場を出ようとしたタイミングで脱衣所から物音がしました。

 確認すると、わたくしの着替えがズタズタに引き裂かれているではないですか。


 これが女子間で発生すると書物に書かれていた陰湿攻撃いびりですね。

 引き裂かれた着替えは復元魔法ですぐに元通りに戻せます、しかしわたくしの気は穏やかではありません。

 やっとはじまったイベントです、じっくり堪能しようじゃあありませんかぁ。

 こんな半人前の犯行じゃ、わたくしを止められませんわ。


「犯人だけに…。ふふふ」


 おっと、口に出してしまいました。

 誰にも聞かれて…ないですね?

 セーフですっ。

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