第2話 ご馳走様でした

 午後の授業も終わり、生徒が寮に戻り始める頃合い。

 ここは女子寮と男子寮の間にある食堂で、調理場が解放されているので自炊する事も可能です。


 食材は多めに用意されていて、非常識な使い方をしない限り咎められる事はない。

 今朝、お弁当をここで作って登校した事を思い出す。

 そのお弁当は屋上に忘れてきてしまったので昼食は抜きとなり、お腹が令嬢らしからぬ音を鳴らしていた。


 自分の食事は自分で作る。

 わたくしは家の方針として、そう躾られているのですから、調理をしないなら保存食に手を付けるしかありません。

 食堂に行くと夕食の準備に訪れていた調理師の方々と遭遇、一緒に調理する事になってしまいました。


「公爵令嬢様でも料理されるのですね、素晴らしいですわ」

「いえ、普通のことでしょう?わたくしの場合、毒物を混入される恐れがあるので、自分で作った物しか口にしない様にしていますの。疑うのは嫌ですので最初から疑わないで済む状況を作り出しているだけですわ」

「そういえば『紅蓮のシャーロット』の二つ名をお持ちでしたね」


 そう、わたくしは幼少の頃に王国兵に対して攻撃をした事がありました。

 砦の安全な所から一発だけ。

 父に抱きかかえられながら、無邪気に行った爆裂魔法での攻撃。

 それによって一万もの敵兵を消滅させたという事実に敵だけでなく家族の全員が驚愕したのです。

 その事により王国からは二つ名がつけられ恐れられたのですが、王国が迂闊に攻撃できないと思ったのは幸いな話でした。

 結局、その大敗北以降、王国は攻め来なかったのです。


 元々王国から始めた戦争で、こちらからは戦端を開く事なんて事はありませんから、攻めて来なくなったのは実質停戦したのと同じなのです。


 わたくしの存在は恐れられるのと同時に、戦争を終わらせた者として王国から称賛されました。

 形だけでしょうけどね。

 そこで、遺恨を残してはまた戦争が始まるのですから、形式だけでも称賛すると決めた先王は賢いお方だったと思います。

 ですが王国も一枚岩ではありませんので、当然わたくしを恨んでいる方も居る訳です。

 親の仇なんて思っていれば尚更ですね。

 ですから、この事は仕方がない事だと諦めています。

 たった九年で、その恨みが消えるなんてあり得ないでしょう。


「私達は気にしませんよ、こんな可愛らしい方を恨むなんて出来ませんから」

「か、可愛いだなんて…」


 家族からは言われ慣れた言葉なのに、周りから言われると委縮してしまいます。

 領内でそんな事を言われた事がなかった。

 それは普段は軍服を身に纏い、毅然とした態度で接していたからだと思います。

 着るものが変われば心構えも変わってしまったのかもしれない。


「それにしても、自ら料理する事といい、私共平民とも普通にお話される事といい、お嬢様は身分の垣根を気になさらないのですね、それとも公爵領がそういう風潮なのでしょうか?」

「ええ、公爵領は皆が家族で、お互いに支え合っているのですから、これくらいは当然ですわ」

「そうなのですね、羨ましいです」


 調理師の方の最後の一言にはすこし思う所がありましたが、他所のルールですのでわたくしがどうこう言うような話でありません。


 手早く調理を終わらせて食べ始めた時、食堂に居るのはわたくしだけでした。

 寮に入ったばかりで友達が居る訳でもなく、お付きの人が居る訳でもない。

 二人部屋なのに、わたくし一人だけというのは何らかの考慮の結果なのでしょう。


「(少し寂しいですね、はぁ…、早く帰りたいですわ…)」

「あれ?シャーロット様だ」


 わたくしのつぶやきを聞かれたのかと少し焦りましたが、声を掛けてきたのはルーカス様の呼び出しに協力して頂いた方でした。


「お昼の時は、ありがとうございました」

「いえいえ、あれくらいお安い御用ですよ。それよりルーカスって婚約者なんですよね?」

「え、ええ、そうですね、残念ですが」

「まぁ、見た目がアレだから、婚約者としてはあり得ないですよね、シャーロット様ならもっと相応しい男子がいますよ。マーティンとかハワードならどちらも公爵家だし、美形なので釣り合うんじゃないでしょうか」

「いえ、この婚約がダメになれば、帰る事にしていますので」

「そうなのですね、それはちょっと残念です。あ、そうでした、ルーカスからお弁当箱を預かっています」


 それは私が屋上で蹴飛ばしてしまったお弁当箱。

 重さから中身は空になっていると気づきました。

 二人分の食べ物を捨てたとなると少し勿体ない気分になります。

 ですが、あのままでは中身が傷んでしまうので、捨てられるのも仕方がない事です。


 わたくしは少しため息交じりに、中身を確認したのです。


『ご馳走様でした』


 お弁当の上に乗せられたメモにはそう書いていました。

 全部食べて頂けたのでしょうか。


「二人分食べていましたね。美味しいと言って喜んでいましたよ。私もサンドイッチとおかずを少し頂きまして、大変美味しかったですよ。また食べたいですねぇ~」


 この言葉に安堵しました。

 わたくし達の住んでいた土地は土壌があまり恵まれておらず、食事を残すだけでも酷く叱られたものです。

 ですから、これはこれで感謝しなくてはいけませんね。


「そうなのですか、貴女はルーカス様と仲がよろしいのですね」

「あー…、腐れ縁といいますか友達ですね、五年くらいの付き合いになります。ルーカスは私の事を男友達くらいにしか思っていません」


 貴族の令嬢にしては髪は短めですが、よく見れば整った顔立ちに、コロコロと変わる表情、控えめに言っても可愛く思えてきました。わたくしより背が低ければ頭を撫でてあげたくなるような、小動物感もあって、妹に欲しいくらいの気分です。


「えっと、お名前をお聞きしても?」

「申し遅れました。私はクレア・デイヴィスです、家は一応伯爵になります。よろしく紅蓮さん」

「紅蓮はよしてください、それより、明日のお昼、ご一緒にいかがですか?」

「ルーカスもですか?」

「はい、屋上で三人で頂きましょう」


 わたくしの勘が囁いています。

 二人の仲はかなり深いと、ね。

 もしかすると、もしかするかもしれません、いえ、もしかしてください!


「あ、それとですね、シャーロット様さえよければ、お友達になって頂けないでしょうか」

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