ナロウ・ワールド

 目に脳に光が入ってくる。

それは否応なく自分の意識を覚醒させ現状を把握させる。


 壁。

四方に壁。

ドアは無く窓も無く大きな部屋一つ。

ベッドに寝かされていたらしく柔らかい感触が眠りに引き摺り込んで考えることを放棄させようとしている。

だがそうする訳には行かなかった。

何故ならここは自分の知る場所ではなく、そもそも、


「俺は誰だ?」


自分の名前に関しては嘘だった。

常々言ってみたいとは思っていたが。

実際記憶には靄がかかりはっきりしない。

現状を把握するために部屋を見渡した。

部屋は一人で住むには有り余るほど広く調度品に満ちている。

布団もあり電気もあり水もありトイレもある。

ただドアと窓だけが無い。

通気口があるから窒息の心配は無い。

レーションが比喩ではなく山の様に積まれており当分は餓死の心配も無い。

衣食住にはこと足りるがやはり外に出たいと体が訴えかけてくる。

どうして自分がこんな目にあっているのか、誰がしたのか、何も知らないのだ。

出る策を講ずる必要があった。

壁を壊してみてはどうか、軽く叩いてみるも壊す手段は無いと主張する程厚く硬い。

燃やすのは一酸化炭素を考慮すると逃げ場はなく悪手だった。

燃やせる確証もない。


 どうやっても出ることは叶わないのだろうか。

外に出ることは叶わないのだろうか。

世界から隔てられてしまったのだろうか。

俺は床に伏して拳を叩きにつけてただただ叫び続けた。

 喉が枯れ果て潰れて嗄れた声で泣いていると光の矢が頭をよぎった。

ここが自分にとっての世界の全てじゃ駄目なのだろうか?

世界とは人によってその定義範囲が異なることはあるのではないか?

なら俺の世界の定義がここだけであっても良いのではないか?

自分にとっての世界の定義が真になったとき凪めいた平穏が訪れた。

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