掌小説になりたかった

うらなりLHL

対流

 只々漂っていた。

微睡むように心地よく墜落するまで身を任せようと思った。

それなのに。


「起きたかい?」

暗闇が取り除かれた途端、瞬時に大量の光が流れ込んだ。

振動もまた耳を壊さんとする。

脳が慌てふためいて状況を処理し始めると振動は音であり人の声のようだった。

不思議なことにこの声には聞き覚えがあった。自分のことすら分からない穴だらけの抜け落ちた記憶なのに。

ぼやけていた光は今や一つの映像となっていた。

映像に写る白衣の青年は人懐こい屈託ない笑顔を向けたがその笑顔は私に落ち着かない印象を与えた。

「……ぁ……っ」

声が出ない。

絞りだそうとしても出来損ないの咳ばかり。私は無意識的に自らを覆っていた液体から身を乗り出して自らの足で地に立とうとした。

しかし、それ以前の問題。

足が形を止めなかったのだから。

思わずついた手も振り下ろされる靴に対して無力な砂山のように脆く崩れた。

「……っひ」

理解を越えた状況に私はただ取り乱した。

泣きじゃくる子供めいて残った腕を遮二無二に振り回す。

しかし振り回した腕も壊れてしまう恐怖に駆られ身を縮こまらせる。

その時意識の彩度が急激に落ちた。

眠りへの誘いに抗う中私が目にしたのは自らの手と腕に満ちた刺青めいた夥しい縫い跡。

そして視界から色が消え、黒に染まった。

「……いやっ」

「……っ」

「……」


 私は理解した。

私は愛玩動物。

壊れては繋ぎとめられて可愛がられるだけ。籠の外では生きることすらままならない籠の中の鳥。

愛玩動物として媚びを売って初めて生を得られる。

でもそこに生は無く、また死も無い。

永い微睡みに身を寄せることもできない。

なら今の状態は何と呼べばいいのだろう。

縫い跡だらけの体の中で唯一の生の証たる黒く長い髪を玩びながらただ考える。

体が酷く損傷した時には今持っている記憶も思考もばらばらに砕け散る。

つまり無意味な行為。

私は今漂っている?

横たわっている?

分からない。

変わらない。

私の望みは暗い暗い誰にも手が届かない所で誰にもかき集められないように薄く薄く霧散すること。

けれどと今日もこちらに揺り戻される。

「起きたかい?」

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