第4話 妻の秘密③
エドワードが帰っても、イリーナは青ざめたままだった。
まさか、こんな形で、シーモアとの過去が、歴史バカの俺に明かされるとは思っていなかったのか、ずっとうつむいたままでいた。
「……失望されましたか?」
何と声をかけたらいいか迷っていたら、妻の方から口を開いた。細い、今にも消えそうな声だった。
まるで、そこにいるのは、こないだ嫁いできたばかりの、24歳のイリーナ・メンデルではなく、10歳の、伯父に裏切られたばかりの少女のようだった。
……やれやれ、子どもの相手は得意ではないんだけどな……。
こんな時でも、王家に嫁ぐための教育がきいているのか、イリーナは、涙一つこぼそうとはしなかった。
「いや、ただ少し驚いただけで……。すまない。適切な言葉をかけることが出来なくて……」
「いえ。こちらこそ、何も言わずに嫁いでしまって……」
ただでさえ、氷のような妻は、更に氷のようになってしまったようだった。
「隠すつもりはなかったのです。旦那様、いえ、アルベルト様は、すでにご存知のことだと思って……」
妻はこの婚姻が成立するにあたり、兄の方から、すでに、俺に話が行っていると思っていたらしい。
俺は、しっかりしているように見えて、実は、家族に対しては隙がある兄らしいと思った。
それとも、兄は、歴史バカの俺には、妻のような、王妃として、歴史に名を残したかも知れない女性がふさわしいとでも思ったのだろうか?
聞いてもはぐらかすだけで、決して答えてはくれないだろうが……。
兄の真意はともかく、歴史バカの俺でも、妻に対して、「歴史の中では、割とよくあることだから」と返すのは、あまり賢明ではないことは分かった。
どう言えばいいのか分からず、思案していると、妻が、
「自分でも恥ずかしいと思うのですけど、こんな時、どうしていいのか分からないのです」
と言った。まだ消え入りそうな声だった。
妻はまだ嫁いできたばかりで、俺達の間には、何もない。三度の飯より歴史が好きな俺には、美しいが、表情に乏しい妻に対する執着もない。
「兄が決めたことだ。君が気にすることではないよ」
と言った。
「君は悪くないし、俺のような貴族の次男坊には、歴史の一コマのような話だから」
と結局答えてしまってから、血の気がひいた。
自分が不適切なことを言って、妻を傷つけたと思っていたのに、そっと妻の方を見ると、何故か、妻は笑っていた。
それは、固かった蕾が綻ぶような、見たこともない笑顔だった。
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