第3話 妻の秘密②
「夫婦の間でも、秘密はあると思うんだが……。ああ、それ以前に、お前は、あまり人の秘密などに興味を持たない人間だったな」
同じく貴族の次男坊で、正しくは近衛騎兵になったエドワードは、シーモアを捕まえた件で、妻のイリーナに話を聞きたいという。
シーモアといえば、男子欲しさに8人も妃を持った先王の2番目の妃キャサリンの兄で、最後の妃メイリンと結婚した男で、確か、妻のイリーナの伯父にあたる男だった。
「……妻なら、家にいると思うが?」
その男と妻の間に、一体、何があるというのだろう?
好奇心と猜疑心を抱きながら、俺が答えると、黒の軍服に身を包んだエドワードは、
「ああ、お前は、本当に何も知らないのか……」
と頭を抱えた。
「何を?」
「噂だよ……。お前の奥方、イリーナ・メンデルは、王に嫁ぐ話があっただろう?」
「ああ。それが突然、立ち消えになったんだったな」
そして、それが我が家に急に現れ、妻のイリーナは、本来ならば、長兄のリチャードに嫁ぐはずだった。
「それが何か?」
エドワードは自分が言うべきか数秒悩んだ後、
「……どこまでが本当だったのか?俺には分からないが」
と前置きをした後、
「シーモアとイリーナ・メンデルは、同じベッドにいたことが目撃され、メイリンに 家を追い出されてんだよ……」
と言った。
エドワードの話では、当時、シーモアは40代、イリーナは10歳にも満たない子どもだったという。
先に使いを出し、エドワードと共に帰宅した俺に、すっかり青ざめた妻のイリーナが話した話の概要はこうだった。
当時、伯父のシーモアは、王家に嫁ぐ予定だったイリーナの家庭教師のような真似事をしており、王家に嫁ぐ前に、先王の最後の妃となったメイリンの話も聞いておいた方が何かと参考になるだろうということで、イリーナが10歳になるある夏の日、メイリンの別荘に泊まったのだという。
イリーナのために、広い庭で、妖精達が舞い踊る歌劇が上演され、ガーデンパーティが開かれた。
その余韻を引きずるように、その夜、伯父のシーモアが、イリーナに、「妖精達の絵本を読んであげる」と言い、彼女のベッドに入って来たのだと言う。イリーナは、それが誤解を招くことだとは知らず、無邪気に伯父の申し出を受け入れた。
2人で楽しくベッドに寝ころんで、笑いながら絵本を眺めていたところ、それがメイリンに見つかり、イリーナはその日のうちに、メイリンの別荘を追い出されたのだと言う。
メイリンが言うには、シーモアは、イリーナのお尻を軽くぶっていたとか。
俺には、仲の良い伯父と姪が楽しく時間を過ごし、ふざけあっていたところを、伯父の妻に誤解されたようにしか思えなかったが、公爵家という、イリーナの血筋の良さゆえだろう、この話は、瞬く間に宮廷へと広がり、イリーナが今の国王に嫁ぐ話はなかったことにされたのだと言う。
要するに、まだほんの子どもだったとはいえ、王家に嫁ぐ予定でありながら、イリーナとその教育係達は迂闊だった。その代償として、未来の王妃として育てられた彼女が失ったものは大きかったかも知れないが、歴史を紐解けば、他にもそういった話がないわけではない。メイリンの嫉妬や、イリーナの一族を失脚させたいなど、裏には色々な事情があったのだろうが、それをいちいち騒ぎ立てる方が、「歴史バカ」の俺には不思議に思えた。
「……それで、今回のシーモアの逮捕とイリーナの過去とがどう繋がるんだ?」
「シーモアには、他にも前科があったんだよ……。裏で金を貰って、他にも、お前の奥方のように、王家に嫁ぐ予定がある少女のベッドに潜り込み、噂を立てて……」
「……要は、イリーナは、はめられたって言うのか?」
「平たく言えば、まあ、そういうことになるな……」
エドワードの話では、今回、そのことを察知したある有力な貴族から、国王に対して訴えがあり、捜査に至ったのだと言う。
「それで、捜査の結果、シーモアは逮捕されたと」
「ああ」
シーモアは、度重なる罪状に大人しく逮捕されたとはいえ、身の潔白を訴えることも忘れなかった。「自分が、姪のイリーナと同じように、有力な貴族や、王家に嫁ぐ予定だった少女達の未来を潰してしまったとはいえ、少女達に何も有害なことをしていないと証明するため、イリーナに話を聞いてくれ」と言ったのだと言う。
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