第5話 最後の寝室

 数時間後、明典と好美が先生に呼ばれ、しばらくして戻ってきた。


「母さん……父さん、亡くなったって……」

「……そ……そうかい……」


 ウメはそれしか言葉にせず、代わりにたくさんの涙が頬を伝う。


「今日一日、2人一緒の病室で過ごせるっていうけど……どうする?」

 明典の言葉に、ウメは泣きながら何度も首を縦に振った。

 未来も涙を我慢することができず、ウメに抱きついて泣いた。


 ──コンコン。


「失礼します」

 看護師が病室に入ってきて、明典達に向かって深く一礼した。

「病室の準備ができました。806号室になります。横田さん、ご自分で向かわれますか?」

「はい、大丈夫ですよ。ご親切にどうもありがとう。806ね」

「お荷物は全てお運びしますので、どなたか残っていただけますか」


 患者の荷物を預かる上で、盗難防止の観点から1人は一緒に来てほしいということだった。


「あ、じゃあ私が」

 名乗り出たのは好美だった。

「未来はおばあちゃんと一緒にいてあげて。すぐ行くから」

「うん」


 普段からウメと好美は嫁姑問題など知らないかのように仲良しだったが、ここはやはり、孫の未来と息子の明典をウメのそばに置いてあげたかったのだ。


「状況が状況なので、よろしければお使いになりますか?」

 看護師が車椅子を勧めてくれたので、借りることにした。さすがに精神的にキツい状況だ。健康な人間でも伴侶が死んだと言われて歩けるかと言われたら、歩けない人もいるだろう。


 ウメはおとなしく車椅子に座り、明典がそれを押す。未来はウメと手を繋いで横に付き添った。


 806号室に入ると、窓際のベッドに政明が静かに横になっていた。動く気配はなく、血の気も少ない。

 さっきまで一緒にいて、動いていたのに、もう動かないだなんて信じられない。


「お父さん……!」

 ウメの目からはさらに涙が溢れ、政明のすぐ横につけられた車椅子に座ったまま政明の手を握る。

 反対側からは未来が政明に抱きついていた。

「おじいちゃん……!」

「父さん……」



 一通り泣いたウメは、明典に

「横になるわ」

と言い、政明の横に用意されたベッドに自分の足で移動した。


「お父さん、今日で、一緒に眠るのは最後なんですねぇ」

 ウメは天井を見たまま、涙を横に流して言った。

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