もし、私が。
月影いる
待っててね。親愛なる主。
もし、私が風だったなら、あなたを優しく包んであげられたのだろうか。
もし、私が青く広がる大空だったなら、あなたの事をずっと見守ることが出来ただろうか。
もし、私が雨だったなら、あなたの涙と共に悲しい記憶も洗い流すことが出来ただろうか。
もし、私が道端に咲く花だったなら、あなたの帰り道に小さな彩りをもたせることが出来ただろうか。
もし、私が……人間だったなら、あなたの背中に優しく寄り添い、両手で抱きしめることが出来ただろうか。あなたの悲しみに、その心に近づき、温もりを捧げることは出来ただろうか。
私が、こんな小さな体をしていなければ、優しくかけられる声があれば、動かないあなたの体を抱き抱えて手首から流れる血を止めることができたのだろうか。大きな声で助けを呼ぶことができたのだろうか。
小さなケージの中で、私は鳴くことしか出来ない。もう優しく微笑みかけてくれるあなたはいない。いくら鳴いても、答えてくれなかった。優しかった目は濁っていてもう閉じることはなかった。せめて、もう悲しまないように、何も見なくて済むようにその瞳を閉じさせてあげたかった。でも私には人間のような「手」はなかった。
最期まであなたは泣いていた。私は何もしてあげられなかった。あなたの手のひらで感じていた温もりがとても懐かしい。温かくてよく眠ってしまっていたっけ。そんなことを思い出してしまう。私はすぐにはあなたの元へいくことは出来ない。だけど、いつかはいけるから。また、あの時のように優しくあなたの手のひらで包んでね。
私には、あなたしかいないから。
あなたと共に、いたいから。
私は鳴き続けた。何も出来なかった私が今、唯一できること。声が枯れても、ずっと。
あなたの役に立ちたいから。私を、忘れないでいて欲しいから。
待っててね。親愛なる主。
もし、私が。 月影いる @iru-02
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