第五話 太陽の薔薇
激しい雨の中、彼女は立っていた。未だ七歳だったはずだ。
下瞼が堰のように、濫(あふ)れ零れそうな涙を震え抑えていた。だが、その双眸は凛としている。燦めきを溢れさせるその揺らぎには、毅然たるものがあり、僕をたじろがせた。
光は霓色の螺鈿のようでもあり、金属や鮮やかな化学反応のような青い燐光のようでもあり、烱らかに燦めく揚羽蝶や、燠火のよう爛々たるモルフォ蝶、ミヤマカラスアゲハのようでもあった。
太陽のごとき光芒を放つ、双つの円い炎は眸(ひとみ)、ムリオン(ゴシック建築の大聖堂の薔薇窓などを放射状に分割する棒状の石素材)とトレーサリー(ムリオンなどで幾何学的に構成された透かしのような構造。コンパスなどでトレースし、構図する)で装飾された薔薇窓のよう、海よりも遙かに豊かな青の群れをなし、それぞれがすべて異なる青の調べを湛え、その繊(こま)やか微妙(みめう)なる精緻のハルモニア、紛れもなく神なる旋律であった。
眼の碧さは虹彩と云う、瞳に放射状の縞目の文様をなし、瞳孔を調整する筋肉の一種に因るものだ。虹彩の色素が少ないと、青い光線が吸われないまま亂反射し、それゆえに生じる。しかも、彼女の眸の虹彩は単純な放射状ではなく、ムリオンとトレーサリーで仕切られた青碧蒼藍紺のステンドグラスのごとき、そのモザイク状の模様は平面ではない。海のごとくに幾重にも重層し、奥深い燠火のごとき炫(かがや)きをなし、青く透き通った奥行きの、立体のモザイクであった。
虹彩の亂反射が捉えられないほど眩いのは、虹彩を蔽う角膜と、角膜と虹彩との間にある前眼房を満たす眼房水とが、尋常ならざる透明の晰らかさを持つことにも因る。彼女の瞳の孔の水晶体の透明さはあまりに純粋無欠で、生が滅却し、滅尽してしまうほどの無菌。喩えるならば、湖面から水深一〇〇mの底にある砂粒の、ひとつひとつが表面の凹凸の一々を、精緻な解析度で明晰できる透明度。人間が一秒たりとも、呼吸をすることのかなわない、高純度の鮮烈な純粋性。粛たる純潔、畏れ怖れ懼れて慄くべき、真の真なる真空であった。
神聖なる明眸を飾る睫毛は曼珠沙華やシャクナゲの花のおしべのように細く長い。動く時にはアゲハチョウの羽が舞うかのようにあでやかであった。
あまりにも睿らかなる青・蒼・碧・藍・紺・浅葱・紺碧・群青、それらあまりにも深い奥なる晰(あき)らかさ、海の幾層もの捉え難い青・蒼・碧・藍・紺・浅葱・紺碧・群青のような、精緻なる立体モザイク、Brilliantな光々燦々、揺らぎ移ろいあざやぎ耀き、土耳古玉の碧、バビロンの城門の真青、瑠璃(Lapis Lazuli)、チュニジアン・ブルー、サファイア、フレンチ・ブルー、コバルト・ブルー、あたかもひとつひとつが太陽のごとくコロナの炎を随え、晰らかさの炸裂のごとくに熾り燿く。
熈々と烱(きら)めく奥の奥なる燠火のごとくに炮烙しつつも、奥なるにつれ、より炳焉(あきら)かとなりつつ、さらにその奥にも燠せる青は、赫奕たる真のイデアの燦(あき)らかさで爍(きらめ)く。
天国の、白く煕(かがや)く大聖堂の、光の薔薇窓のFlameをなしていた。
烔々たる燦熈の睿らかさ、僕は射抜かれた。
この美のために、この美のゆえに、ありとあらゆる一切の何も彼もはかくして生まれ、次元と時空とが生じ、数千億兆、いや、無際限なる数の宇宙が生まれ、僕らはこの世界に放擲された。僕丈ではなく、この経験をしていない僕以外の人々の意識もこのときに生まれた。未来の人々の意識は言うまでもなく、過去のすべての人々の意識も遡及して、このときに生まれた。
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