第6話 魔法紙の譲渡 後編
ジークとフェアはプリンを食べるためにアミラバという店に向かっていた。
プリンは、アミラバのプリンが一番だとジークは思っていて、食べ方にもこだわりがあった。まず炙られてパリパリになった表面のカラメルを楽しむ。食感を感じつつ、プリンと一緒に食べるのだ。カラメルがなくなったら、一旦紅茶で口を直す。そして、とろとろのプリンだけを楽しむ。半分くらいになったら、底にあるカラメルソースと混ぜて食べる。これが最高の食べ方だ。
店に向かう足はいつもの歩くスピードよりも速かった。
『ジーク』
『ん?』
『あの子たち道に迷っているようですよ?』
フェアは道端でキョロキョロとあたりを見渡す二人組の女の子を見つけた。
学生服を着ているところを見ると、中高生だろう。一人は、さらさらとした水色の髪でロングヘアー。お上品な清楚美人で、しかも服の上からでもわかる抜群のプロポーションをしていた。
もう一人は赤色の髪をした女の子。長さは胸の上くらいで、ゆるいパーマヘアー。整った顔立ちで、彼女もどこか品があったが、水色の彼女よりも活発そうな印象を受けた。
(やば)
フェアにいわれて、二人の様子を見ていると、バッチリ目があってしまった。
水色の子がこちらに駆けてこようとして、赤色の子に止められている。
(まあ、それが正解だろう)
ジーク自身、客観的に見てタトゥーだらけの自分に近づこうとは思わない。
人の中身は見かけだけではわからない。しかし、パッと見で、近づいても大丈夫か、という判断ができなければ危険な場面もある。君子危うきに近寄らずだ。
だが、水色の女の子の行動はジークの想定を超えた。
彼女は赤色の女の子を振り切って、ジークの元までかけてきたのだ。
「すいませーん! お兄さん、よかったら私とお茶しませんか?」
ジークは目を見開いて、少し固まってしまった。
「ちょっとアリエ、その人困ってるじゃない」
追いついてきた赤色の女の子が水色の女の子に注意する。
「えー、お嫌でしたでしょうか?」
アリエと呼ばれた水色の女の子は口元に手を当て、首を傾げた。
「いい加減にしなさい。それに、私との約束、反故にするつもり?」
「フィオとはいつでも遊べるけど、この人とはもう会えないかもしれないのよ?」
「バカなこと言わないで。行くわよ」
フィオと呼ばれた赤色の女の子がアリエの手を引いて、その場を立ち去ろうとする。
「ああー、待って、せめて名前だけでも」
しつこく引き下がるアリエを引っ張りながら、フィオはジークに会釈した。
そして、少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
「あのー、ご迷惑をおかけして厚かましいかもしれませんが、もしアミラバという店をご存知だったら道を教えていただきたいのですが」
「知ってます? というか、一緒にいきません?」
アリエは身を乗り出したが、フィオに睨まれ大人しくなる。
(行き先が同じだったとは)
ジークは内心驚いた、と同時に、テンションが下がった。
『フェア、今日はやめておこうか。このままだと一緒に行く流れになりそうだ』
ジークはフェアへと思念を飛ばす。
『別にいいですけど、道は教えないのですか? 代わりに私が答えましょうか?』
『どちらにしても面倒くさい』
どちらというのは、魔法紙で会話するか、フェアに代弁してもらうかという二つ。
ジークは声が出ないという事情により、はじめましての人とコミュニケーションを取るの
が億劫だった。なぜなら、最初に説明をしないといけないからだ。そして、話せないことがわかると相手は必ず戸惑う。
(無視することもできたのにな)
ジークは魔法紙を取り出して、魔力を通した。描いたのはアミラバまでの地図。一度眺めて逡巡する。やがて、意を決してフィオという子に手渡した。
渡されたフィオと横から覗き込んだアリエは僅かに眉が上がる。
「地図? なんで?」
魔法紙を知らないフィオとアリエは、ジークが一切書き込んだ素振りを見せなかったので、あらかじめ地図を持っていたのかと疑問に思った。
しかし、顔を上げた時にはもうジークはその場を立ち去り、人混みに紛れようとしていた。
「あっ、ありがとうございます!」
フィオはその背中に向かってお礼を言った。すると、彼は振り返りもせず、手を軽く上げる。
「行っちゃった~」
アリエは残念そうに彼の背を追っていたが、フィオは詳細に描かれた地図へと視線を落とした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女たちと別れた後、ジークはあてもなく辺りをぶらついていた。
『よかったんですか?』
フェアはジークの顔色を伺った。
『まあ、まだ何枚かあるし。地図を渡すのが一番手っ取り早かったからな』
ジークの魔法紙は魔道具職人である祖父の特別製である。
魔力を通せば、絵も文字も一瞬で書ける魔法紙は便利ではあるが、実は扱いが難しい。長年使ってきたジークであるからこそ、苦もなく使いこなしているが、普通の人なら一文字浮かばせるのにも時間と集中力が必要だ。だから、魔法紙を使おうという人はまれだった。加えて、魔法紙となる素材も高く、加工にも高い技術がいる。
つまり、需要がないので流通もなく、希少な品物だから値段が高い。
『そっちじゃなくて、プリンのことです』
フェアの意図は違ったようだ。
『そっちかよ。良くない……。けど、一緒に行くのもだるいし、しれっと行ってまた会うのもなんか気まずいだろ?』
『ジークは色々考えすぎな気がします。別に一緒に行けばよかったでしょう?』
『仲がいい友達二人の輪の中に、まともに話もできない俺が入ってどうする。異分子でしかない』
ジークは無表情に行き交う人々を見つめる。
『そうやって、決めつけるのはジークの悪い癖ですよ』
『決めつけてるんじゃない。俺の人生から導き出した経験則だ』
ジークの視線の先には、学生たちの姿がある。話をしながら歩いている彼らをしばらく目で追っていたが、同じタイミングで彼らが笑っているのを見て、目線を下へと落とした。
『まだ十五年しか生きてないじゃないですか。それに、人はみんな違うんですから、今までの経験が当てはまらない人もいると思います』
『人なんてみんな一緒だ。そして……俺だけが違う』
顔に入ったタトゥーにそっと触れる。そして、ジークの口からは無意識にため息が漏れた。
『一緒だと思うのはジークの経験が少なすぎるか、ちゃんと向き合ってないからでしょう』
『嫌というほど見てきたさ』
乾いた笑みを浮かべたジークは、過去を思い出しす。彼の拳にはグッと力が入っていた。
『だとしても、答えを出すのは早くありませんか?』
『早いに越したことはないだろ? 正解を見つけて、それ通りに生きるのが一番賢い生き方だ』
『それは違うと思います。だって、絶対の正解なんて人生にないんですから。その時によって、変わります』
『そんな生き方してたら、寄り道だらけになっちまう』
何がいけないのか分からなそうにきょとんとするフェアをみて、ジークは軽く笑う。そして、真剣な顔つきになった。
『お前は精霊だからな。ただ……俺には寄り道している時間はないから』
『そう……でしたね……』
肩を落したフェアはいつもよりも小さく見える。ジークはそれを見て、眉根を寄せ、
『あー、まあ、魔法因子欠乏症が治ったら、そういう生き方もありなのかもな。その時はお前が言い出したんだから、付き合えよ?』
と頭をかきながら、思念を飛ばす。
フェアは、顔を上げ、
『もちろんです!』
と飛び上がった。
そんなフェアの姿に、ジークはフッと微笑み、不意に空を見上げる。
ぽつ、ぽつと、雨が降ってきたからだ。
『最近、天気の調子がよくないですねー』
『降ってくる前に家に戻ろうか』
家路へと向かおうとした二人の元に、走ってくる足音が聞こえた。
「ジーク? 聞いたか?」
その人物は昨日会ったばかりの冒険者エスタだった。様子からかなり急いでいたことが分かる。
「グレアムさんの元に魔法士協会の会長が訪問したらしい。聞いた話によると、あの魔道具のことに関しての話みたいだ」
”なんでじーちゃんの元に? 話が見えない”
「お前は知らないかもしれないが、この国が力を持ちすぎてるって周りの国からの声があるんだよ。それで魔法士協会が動いた。要望は技術提供だろうな」
ジークの表情が変わる。
”無茶苦茶だな。他の国もアレを持てば、この国はまた昔に逆戻りだ。それに、シルヴェニアはあの魔道具を国防のため以外で使ったことがないだろ。”
一昔前、ジークの住むシルヴェニア王国は戦争が絶えなかった。理由は、大陸の中央に位置することから、周りの国が戦争を起こせばそれに巻き込まれる形となったからだ。
だが、ジークの祖父グレアムが開発した三つの魔道具のおかげで、シルヴェニア王国は平和を勝ち取ることが出来た。それ以来、平和は維持されている。
しかし、国内でも国外でも平穏を望むものばかりではない。抑止力となっているグレアムの開発した魔道具は極秘に扱われているが、周知してしまえばシルヴェニア王国の優位性は崩れ、また戦争の時代へと戻るだろう。
憤ったジークをなだめながら、エスタは、
「色々言いたいことは分かるが、急いでるから。じゃあな」
と駆けていった。
(クソ)
タダでさえ、歳のため体調が悪く入院生活を送っているというのに、国の一大事に巻き込まれた祖父が心配になり、ジークも後を追った。
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