第4話 真夜中の森で

『ジーク、今日はもう帰りましょう。風邪を引きますよ』


病院での診察が終わった後、ジークたちは外で夕食を済ませて、魔物の狩りをするため森へと足を運んでいた。魔物の狩りは毎日の日課だ。


少しも休まず、取り憑かれたように魔物を狩るジークは、夜から降り始めた雨でずぶ濡れとなっていた。


『もう少し』


フェアの忠告を無視して、獲物を探す。


足取りは少し重い。数時間に及ぶ森の探索と魔物との戦闘、加えて、ぬかるんだ地面と雨に打たれて体力が消耗していた。


そんな状態でも高い集中力を保つジークは小さな葉音を逃さなかった。


茂みから猪型の魔獣が飛び出し、ジーク目掛けて突進する。


すぐさまジークは右手小指の指輪へと魔力を通し、魔法を発動させる。発動したのは風属性の魔法。突風が猪型の魔獣を吹き飛ばし、木へと打ちつけた。


魔獣はうなり声をあげ、白目を向いたかとおもうと、黒い霧となり、跡には紫色の石が残った。魔物は絶命すると、魔石になるという性質があり、強い魔物ほど質のいい魔石に変わる。


(もう一匹、いや、二匹か)


一匹倒した後も油断なく辺りへと気を配り、向かってくる魔物を見つけた。


一匹は先ほどと同じ、猪型の魔物イノーシシ。もう一匹はゴリラ型の魔物エイプゴリラだ。


ジークは右手の薬指に嵌めた指輪へと魔力を通す。


身につけているアクセサリーは彼の趣味というわけではなく、指輪もピアスもネックレスも彼が開発した魔道具だ。

薬指の指輪には氷属性の魔法陣が刻まれている。


魔力は冷気へと変換され、イノーシシの全体を包み込んで氷漬けにした。そして、ジークは目前に迫ったエイプゴリラと一対一で向かい合う。


エイプゴリラは手に持った棍棒でジークの頭を狙った。ジークは剣を抜く。怪力であるエイプゴリラの一撃をまともに受けては身が持たない。だから、力を逸らし受け流した。エイプゴリラは体制を崩す。その隙をつき、ジークはエイプゴリラの首筋に一刀。


エイプゴリラは首筋から大量の血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。


ジークは、はぁーーっと、大きく息をつく。低下した体力を繋ぎ止めていた気力も尽きかけていた。


しかし、


(まだだ)


とジークはまたも獲物を探し始める。


『ジーク、いい加減にしなさい。怒りますよ』


『止めるな』


『もう十分魔石は集めたでしょう?』


魔物の狩りを日課にしているのには二つの理由があった。一つは単純に戦闘の訓練になるから。もう一つは魔物が死んだ後に残る魔石だ。


魔石は魔道具の核や魔法陣を書く材料になる。魔道具の研究開発をしているジークには必要なものだ。しかし、毎日の狩りで十分な量は確保できてている。


『魔石は、いくらあっても困るものじゃないだろ?』


『しかし、無理をして取る必要があるほど、困ってないでしょう』


フェアの指摘に、ジークは口元を引き結び、歩みを進めた。


すると、フェアはぺしぺしと無視するジークの頬をグーで殴り始めた。


『落ち着けよ』


小人サイズの彼女のパンチは指でつつかれるようなものだが、何度もやられると気になり、うっとうしく感じる。


『そっちが落ち着いたらやめます』


『分かったから、やめてくれ』


ジークはため息をついた。そして、適当な木陰へと身を寄せる。


『焦ってもすぐには強くなれないなんてことは分かってるけど、感情はどうしようもできないな』


濡れた髪をかき上げ後ろへと流した。


『あれから三年でここまで強くなれたんですから、後三年あればジークなら大丈夫ですよ』


『いや、ここまでしか強くなれなかったというべきだ。想定なら、こんな森なんかじゃなくて、平野で狩りをしているはずだった』


森を抜けた先にある平野では、森よりも強い魔物が生息している。魔道具を戦闘手段にしているジークが強くなるためにはより強力な魔道具が必要だ。より強い魔物を倒して質の良い魔石を手に入れ、それを使ってより強力な魔道具を開発、そしてその魔道具でもっと強い魔物を倒すというループを回したい。しかし、ここ最近は頭打ちになっていた。


『残り時間を考えると、多少のリスクを負ってでも平野に行くべきか……』


『だめ。絶対だめです。三年前の失敗をもう忘れたのですか? 前は奇跡的に助かりましたが、奇跡はそう何度も続きませんよ』


『じーちゃん、ばーちゃん、冒険者ギルド、社会、それとフェアもか。障害が多すぎるな』


ジークは苦笑した。


『フェアはジークの味方ですよ。ただ……、平野は危険すぎると思います』


『冒険者のライセンスがあったら、こんなに悩むことはなかったのかもな』


ジークが停滞している原因の一つは、三年前にジークが起こした事件で冒険者のライセンスがはく奪されたことだ。魔物の狩りは冒険者ギルドの許可が必要で、ジークはバレないよう、真夜中に無断で狩りを行っていた。しかし、無断で狩りを出来る場所は限られている。というのも、基本的に魔物の生息地は冒険者ギルドと国によって厳重に管理されており、許可なく立ち入ることができない。ジークの住むシルヴェニア王国内で無許可で狩りが出来そうな場所は、今いる森と平野、そして、国境沿いにある山くらいだった。


森と平野では、魔物の強さのレベルが違いすぎる。もし、冒険者ライセンスを持っていたなら、森以上、平野未満のちょうどよい場所で狩りができて、停滞はしていなかっただろう。


(やっぱり、平野に行くか? それとも……)


ジークは停滞しているもう一つの原因の解決方法にも思考を巡らせた。


しかし、まもなく、


「よぉ、なんか辛気臭い顔してんな」


と男の声が聞こえて、思考を遮られた。


ジークは突然現れた男を見て、目を丸くする。


(なんで、こいつがここに?)


現れた男はジークの知り合いだった。金髪、碧眼で、身長はジークより少し高く、絵画から抜け出したかのような整った容姿。彼の名前は、エスタ。S級冒険者のライセンスを持つ、世界最強と呼ばれる男だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る