閑話 ロイと市場へお買い物に行く話 <前編>

 ボクが「銀の乙女亭」に居候させてもらえるようになってから一週間が過ぎていた。

 冒険者生活も順調で、今は魔野菜収穫クエストを中心に任務をこなしている。


 今日も今日とてゴンサクさんの農地で魔野菜収穫のお手伝い♪

 今回は赤茄子トメイト馬鈴薯ポテイトではなく、別の農地に移動して玉葱オニオンの収穫をする予定だ。


 早朝に冒険者ギルドにやってくると、見慣れた赤い短髪の少年がいる。

 今日のクエストもロイといっしょかぁー。


 テミス君とは最初のクエストで一緒になったきりでなかなかその後、ごいっしょする機会が巡ってこなかった。

 まあ、ロイもなんだかんだで良いヤツだし、仕事はしやすいから良いんだけどね?


 「おはよう、ロイ!」とボクが挨拶すると、ロイも「おっ、おう! ニコ。おはよう! 今日もよろしくな?」と挨拶を返してくれる。

 本日の臨時パーティーはボクとロイの二人だけみたいだ。

 魔野菜討伐には慣れてきたけど、出来れば邪悪イーヴィル種には遭遇したくないな……


 ゴンサクさんが冒険者ギルドに迎えに来てくれたので、ボクたちは本日の農地へと移動することになった。



 ▼▼▼▼



「おはよう! アンタがニコで、アンタはロイだね!? いつもうちの亭主の手伝いをしてくれてありがとね!」


 農地に着くと、ずんぐりむっくりした体系の元気な女性に声をかけられた。

 彼女は茶色のくせっ毛を肩くらいの長さまで伸ばし、襟足だけ長くして髪留めで留めてポニーテールにしている。

 どうやら彼女はゴンサクさんの奥さんらしい。


 小柄な体系でトテトテ歩く仕草は愛嬌があって可愛らしい。

 身長はアイシャよりはちょっと高いかな?

 それでも140㎝あるか無いかくらいだと思う。


 彼女はデニム地のオーバーオールつなぎを着て、麦わら帽子をかぶり、手には緑色の蔦が巻きついた木の杖を持っている。


「ニコ、ロイ。 この別嬪さんはおらのカミさんのモラだ。ドワーフ族の森神官ドルイドで元・銀等級の冒険者だで、今日は助っ人としてついてきてもらっただ」


 モラさんは少しテレながら「別嬪さんはよしとくれよ!」と言いつつもまんざらじゃない雰囲気だ。

 ゴンサクさんは意外とロマンチストなのか、「いや、オラの奥さんは世界一の別嬪さんだから仕方ないべ? 今日も一段と輝いてるだよ!」と言うとモラさんの頬にキスをした。


 モラさんは「やだよ、アンタはいつもそんなこと言って!」と言いながら、ゴンサクさんの背中をバシバシ叩いているが、やっぱり嬉しいのか赤面しながらも幸せそうに頬を緩めていた。


 こういうのをおしどり夫婦って言うんだろうな。

 幸せそうで何よりです!


 どうやらゴンサクさんは今日のクエストに参加する冒険者が木等級のボクとロイの二人だけと聞いて、助っ人に奥さんを呼んでくれたらしい。

 モラさんは元・銀等級というだけあって頼りになりそうだ。


 こっそり『鑑定』で覗いてみたら、ステータスの詳細は分からないもののレベルはLv34ということでボクたちなんかよりも全然上だ。

 そんなに強い奥さんがいるなら冒険者雇わなくても良いんじゃ……?と思ったけど、モラさんはいっしょに小さな男の子も連れてきていて、普段は息子ちゃんの育児があるのでなかなかゴンサクさんのお手伝いができないらしい。


 息子ちゃんの名前は「イオリ」君と言って、ゴンサクさんがヤマト国の有名なサムライから名前を取って名づけたらしい。

 「イオリ」という言葉はドワーフの古語でも「平和」という意味があるらしく、モラさんも気に入ってるようだ。


 イオリ君はモラさんに似て、丸くて小っちゃくて愛くるしい姿をしている。

 眉毛が太いのはお父さんのゴンサクさんの遺伝かな?



 今日、収穫する玉葱オニオンは体内で魔晶石が形成されると、「目潰し玉葱ペイン・オニオン」という魔物になるらしい。

 「血濡れ赤茄子ブラッディ・トメイト」や「毒蔦馬鈴薯ポイズン・ポテイト」程、攻撃的では無いけれどもダメージを受けた際にすっごく目に染みる飛沫を発生させ、相手を一時的な盲目状態に陥らせるから厄介な魔物だ。


 単独での脅威度は赤茄子トメイト馬鈴薯ポテイトの方が上だけど、他の魔物といっしょにいる場合、盲目状態にされた後に別の魔物からタコ殴りにされてしまうのでかなり危険だ。

 実際、木等級冒険者が魔野菜収穫クエストで命を落とすケースにはコイツが関わっていることが多いらしく、ゴンサクさんも玉葱オニオンだけは他の野菜と農地を分けるようにしている。


 今回の農地は以前、赤茄子トメイト馬鈴薯ポテイトを収穫した農地と川を挟んで向こう側になっている。

 川を隔てることで玉葱オニオンが他の魔野菜と混じらないように気を付けているのだ。



「ニコさん、ロイさん、早速ですけどこっちに来てください!」


 例のごとく、ゴンサクさんのところの従業員の青年たちが事前に魔物化した野菜がいる場所の目星をつけておいてくれている。


 近づいてみるとわさわさ動いている玉葱オニオンが一体居た。

 やっぱり赤茄子トメイト馬鈴薯ポテイト程は活発に動かないな。

 蔦を伸ばして攻撃してくるということも無いし、他の魔野菜が混じっていない限り楽勝そうだ……


「いつもニコに良いところ持ってかれてるからな。 今回は俺が先にいかせてもらぜ!?」


 ロイがいつになくやる気満々だ。

 いや、こいつはいつもこんな感じか?


 先が欠けた鉄のロングソードを構えてロイが突進していこうとすると、モラさんが制止する。


「ちょっと待ちなよ、ロイちゃん! せっかくだから強化魔術をかけてあげる。パーティーを組んだら魔法職に強化魔術をかけてもらって戦うことも多いからね。いきなり身体能力が上がるとうまくコントロールできないことがあるから、ここで慣れておきなさい」


 そう言うと、モラさんは木の杖で水を|象徴するルーン文字「ラグズ」を描き、呪文を詠唱する。


「流動せし者よ、汝の力の奔流を彼の者に恵み与え給え。水精強化術アクア・インテンション!」


 モラさんが術式を展開し終えると、杖の先から青い光の粒子が溢れ、ロイの身体を包む。


「これでロイちゃんのSTRAGI素早さが強化されてるはずだよ。ちょっと試してみて? あと玉葱オニオンは魔晶石が根元に形成されるから、そこをピンポイントで攻撃しなさいよ? 実の部分が傷むと売り物にならないし、第一、目潰しの飛沫を飛ばされるから数分は盲目状態が解けないからね? 分かったら返事!」


 ロイはモラさんに説明を受けると元気良く「ハイ!」と返事をし、その場で屈伸してから軽く跳躍をし、準備を済ませた後、猛烈な勢いで目潰し玉葱ペイン・オニオンに突進していく。


 ――ギュンっ! ザンっ!


 元々、動きが遅い目潰し玉葱ペイン・オニオンはロイの動きにほとんど対応することも出来ず、ロイの斬撃スラッシュであっさりと討伐された。


 ――が、ロイはまだ強化魔術に慣れていなかったからか若干、狙いが逸れてしまい、死に際の目潰しの飛沫を猛烈に浴びてしまう。


 両目を抑えて地面を転がりながら「目がっ! 目がぁーっ!」と悶絶するロイに対し、モラさんがあきれ顔で「だから言わんこっちゃない!」とツッコミを入れる。


 悶絶するロイを尻目にボクは他のペイン・オニオン目潰し玉葱の討伐に取り掛かる。

 まぁ、目潰しの飛沫は脅威だけど、当たらないところから攻撃すれば良いんだよ。


 ボクは魔法の短剣で手早く風のシンボルを宙に描く。


「いとはやきものよ、刃となりて、敵を切り裂け! 烈風刃ウインド・カッター!」


 ――ザザザザザっ、スパっ!


 うす緑色をした風の刃が空を切り裂きながら目潰し玉葱ペイン・オニオンに迫ると、キレイに根っこの部分だけ切断して魔物の息の根を止める。


 そう、この魔術はバロラが初級魔術を教えてくれた時に実演して見せてくれた風属性の初級攻撃魔術だ。

 見よう見まねでやってみたらちゃんと発動することができ、ボクの魔術レパートリーは一つ増えていた。


 その日は合計4体の目潰し玉葱ペイン・オニオンが現れ、ボクとロイはお互い2体ずつ仕留めた。

 ありがたいことに邪悪イーヴィル種は現れることなく、無事、クエストも終了となった。



 ▼▼▼▼



 夕刻、冒険者ギルドにクエスト達成の報告に行く。

 今回もゴンサクさんはいっしょに報告に来てくれて、クエストの完了が承認されるとその場で報酬の500MPが支払われた。


 今日、ボクが倒した目潰し玉葱ペイン・オニオンの魔晶石は73MPと120MPなので、合計収入は693MPだ。

 これでボクの貯金もようやく3,000MPまで来た。


 ちょっと生活に余裕も出来てきたし、生活必需品位ならお買い物しても良いかもしれない。

 バロラから装備品を譲ってはもらったけど、ボクが持っている服は今着ているこの一着のみだ。


 下着はケレブリエルさんから「いつもお店を手伝ってくれているお礼よ!」と、何着かプレゼントしてもらっていたけど、やっぱり装備品の冒険者用のチュニックと短パンショートパンツも着替えできる分は用意しておきたい……


 とは言え、この世界でのお買い物になれていないボクは一人で行くのはちょっと心配だった。


「どうしようかな……?」


 ボクが心配そうに呟くとロイが聞いていたらしく声をかけてくる。


「どうしたんだ、ニコ? 浮かない顔してさ?」

「いや、ちょっと替えの服を買いに行きたいんだけど、ボク、一人で買い物行ったことが無くてさ」

「なんだ? どこぞの貴族出身とかなのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」


 ボクの出自については説明するとややこしくなりそうだ。

 ちゃんと【賢者語】にならずに説明できる自信が無い。

 とりあえず今は曖昧にしてごまかしておこう。


「ま、まぁ、一人で行くのが心細いって言うんならついて行ってやらんことも無いぞ!? 今の時間ならギルド前の広場で露店市場バザールも開いているだろうし、何か良い掘り出し物が安く手に入るかもしれない!」


 と、ロイが少しまごまごしながら申し出てくれる。


「ほんと!? ロイ、ありがとう!」


 そう言って、ボクがロイの手を握るとロイは赤面した。


 なんだコイツ?

 男の子に手を握られて赤面する感じか?

 じゃあ腕を組んだりしたらどんな反応をするんだろう??


 いたずら心に火が点くと、ボクはちょっと大胆な行動に出ることができた。

 ボクはロイの右腕に自分の左腕を絡めると、ちょっと上目遣いでロイを見つめる。


「ロイは優しいね?」


 ボクがそうやって言うと、ロイは火が出そうなくらい顔を真っ赤にして、顔を背ける。


「おっ、お、お、おう! まっ、まぁ、友達だからな!?」


 ボクは「こいつからかったら面白いなぁ」と思いながら、それでもちゃんとロイがボクのことを友達として認めてくれていたことを密かに嬉しく思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る