閑話 ロイと市場へお買い物に行く話 <中編>

 冒険者ギルドを出たボクたちは、目の前にあるアンヌンのメインストリートを挟んで向かい側にある『広場』へと向かう。


 『広場』は街の中心にあり、市民の憩いの場であると同時に、朝夕は露店市場バザールが開かれる場所でもあった。

 商業ギルドに所属する行商人や、まだ店舗を持つだけの資金が無い駆け出しの商人たちが露店を並べ、活発に商いを行っている。


 冒険者の中には商業ギルドにも登録をして、旅をしながら商売をする人もいるようだ。

 そういった冒険者が露店市場バザールで自分が採取して来た魔物の素材を売ったりすることもあるらしい。

 魔導具製造や魔法薬ポーション精製などの生産系スキルを持っている人は、自分が造った商品を販売することだってできる。


 冒険者は世界中のいろいろなところを渡り歩く人たちでもあり、行商人さえ訪れないような秘境の地で入手した珍しい品々を扱ったり、料理が得意な人は世界中で味わった異国の料理を屋台で販売していたりする。

 そういった活動が街の中での新たなブームの火付け役になることもあるようだ。


 この前、バザールの入り口の辺りで売っていたのは「タピオカ」みたいな粒々入りのドリンクだった。

 何かの魔性植物の実らしいんだけど、魔素も豊富で美容にも良いとかで長蛇の列が出来ていた。

 ボクも飲んでみたかったけど、あんまりにも行列が長かったのでその時はあきらめた。


 今日バザールを見てみると、その粒々入りドリンクを扱っている店が3軒も出ている。

 もしかしたらアンヌンでは粒々入りドリンクが密かにブームになりつつあるのかもしれない……


 前から賑やかで楽しそうな雰囲気の催しだったので、広場のバザールには常々、行ってみたいとは思っていたんだけど、なにぶんこの世界に来てまだ日が浅いボクは一人でお買い物をする勇気がでなかった。

 今日はロイがいっしょについてきてくれるということで、とても心強い。



 この世界の通貨はファンタジー世界でよく見る金貨、銀貨といった硬貨ではない。

 魔晶石という、魔物の体内で形成される魔素の結晶を用いている。


 魔法の属性と同じように魔晶石にも火、風、水、土といった属性があり、通貨としての価値はそれぞれの魔晶石が保有するMPマジックポイントによって換算される。

 このMPは、ボクたちのステータス画面で表示されているMPとほぼ等価らしい。


 魔晶石は単なる貨幣ではなく、それを消費することでそれぞれの属性に応じた生活魔術に利用することができる。

 例えば、火の魔晶石を魔導コンロに設置して使うと、コンロで火をおこして調理することが出来たりする。


 つまり、魔晶石とは貨幣であり、かつガスやガソリンなどの燃料や電力、水道設備の代わりとして使える便利なものといった位置づけの存在である。

 魔晶石は使用し続けて保有MPが0になると消滅するので、増えすぎて貨幣価値が下がるということも無いらしい。


 魔晶石を大量に集めたら魔法適性が無い人でも上級魔術が使えたりするんじゃないか?とも考えたけど、魔晶石から放出される魔素は微量らしく、大出力の戦闘魔法に使用するのはなかなか難しいようだ。


 1MPの貨幣価値はボクの印象だと約20円~25円くらいの感じ。

 ランチの相場がだいたい30MP~50MPで、ディナーだと100MP~200MPくらいなのでだいたいそのくらいの価値かな?と思っている。



「ほら、ニコ。腹減ったろ?」


 ロイが露店で買ってきた肉の串焼きを手渡してくれる。

 代金を支払おうとしたら「良いよ、気にすんな!」と気前よく返してくれた。

 せっかくのご厚意だ、ありがたくいただくことにしよう。


 お肉は何の肉かは分からないけど、肉汁滴るとってもジューシーなお肉でふわっと香辛料の香りも立ちのぼってくる。

 これは……カレーの匂いだ!


 クミンだっけ?

 カレー独特の甘そうでスパイシーで、どこか木の皮の香りを思わせるような、不思議で香ばしい香りがボクの鼻孔をくすぐる……


 やばい!

 涎が垂れてしまいそうだ!


 思い切ってかぶりついてみると、ジュワっ!と口の中で肉汁があふれ出す。

 ピリリとしたチリペッパーの刺激のあと、ニンニクの香りや旨味、コクも口の中で広がる……


 確かにロイが言うように、魔野菜収穫クエストを終えたばかりでちょうどボクのお腹も空いているところだった。

 お肉はたっぷり100gくらいの量が串に刺さっていたけど、あっと言う間に平らげてしまう。


 いや、お肉自体もすごく美味しい!

 高級和牛のように脂がのっていて、その脂も全然くどくなくほのかな甘みと旨味を感じる!

 味わいは牛肉のようでもあり、鳥肉のようでもあり……でも食べたことの無い味だ!


「すっごく美味しいね、ロイ! ボク、こんなお肉食べたこと無いよ!」

「ああ、そうだろうな。なんせ珍しい肉だからな」

「えっ、そうなの? じゃあ何の肉だったの?」

「ん……ヒドラ肉って言ってたかな?」


 なんだと……?

 ヒドラってあれですか? 頭がいっぱいある大蛇のことですか?


 肉の正体を聞いてボクは自分の顔が青くなるのを感じる。

 さっきまでの美味しい余韻がいっぺんに吹き飛んだ。


「……ヒドラ肉って毒があるんじゃないの? 頭がいっぱいあって強烈な毒を持ってる大蛇だよね?」

「ああ、大丈夫みたいだぞ? 魔晶石を抜くと肉は無毒化するらしいからな。魔物は人間の魔術師みたいに術式を使わないから分かりづらいけど、たぶん毒魔法なんだろう。たぶん」

「たぶんってそんないい加減なー」

「大丈夫だって! 知り合いの冒険者が売ってたし、なんかたまたまダンジョンの帰り道で運悪く遭遇したらしい。なかなか強敵だったけど魔素も豊富だからうまいだろうってことで串焼きにして露店市場バザールで売ってるんだってさ!」


 まぁ、ロイの知り合いの冒険者さんが売ってるんだったら確かに大丈夫なのかな?

 変なもの売って健康被害とか出したら冒険者資格も商業ギルドの資格もはく奪されそうだしね。



 ヒドラ肉の串焼きを食べてお腹が満たされたボクは本格的に着替えの服を探すことにした。


 広場は全体で体育館4個分か、それよりももう少し広いくらいのサイズがある。

 露店はたぶん全体で200軒くらいが軒を連ねている。


 扱う商材も様々で、飲食物を売ってる屋台の他に野菜・果物・お肉・魚介類などの食材を扱っているお店、宝飾品などのアクセサリーを扱っているお店、冒険者向けの装備を扱っているお店もあれば、魔法薬ポーションや薬草を扱っているお店やもある。

 果ては占い師やらマッサージ治療師が営業している露店なんかもあった。


 公園の中心にある噴水の辺りでは大道芸人や吟遊詩人などが芸を披露している。

 噴水の淵に腰かけている吟遊詩人はリュートを奏でながら、王女と冒険者の恋の物語を歌っていた。

 どこの世界でも恋愛ものは人気らしく、吟遊詩人の周りには人だかりができていた。


 しばらく歩いているとボクはお目当ての服屋さんを発見した。


 店主は浅黒い肌をした若い女の子で頭にはターバンを巻いている。

 如何にもアラビアンな感じの前開きで丈の短い羊毛ウール地の赤茶色い上着を着て、その下には胸だけ隠しているような――へそ出しの丈の短い――シャツを着ている。

 下半身には足首の部分ですぼまったゆったりとした白いズボンをはいていた。


 店主の女の子はボクと目が合うと、まるで久しぶりの友人と再会したかのような勢いで肩をぐっと抱き寄せてくる。


「お元気ですかー? あなたとは初めて会った気がしないねー? たぶん、これは運命よー? だから私のお店の商品を見ていって欲しいよー」


 おやおや?

 パイがボクの左腕に当たってますよ? 当ててるのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る