第15話 術式とミカエラという名の少女
『VR魔法研究プロジェクト』は2027年の1月から始まった。
研究はVR空間内で行われ、ボクたちは大手ゲーム制作会社Pentagonal X社から提供されたVRシステムを介して顔を合わせた。
被験者として集められたのはボクを含め、主に日本やアメリカの若い世代の男女で構成される100名だった。
被験者には、ボクと同じように身体に障害があってもはやVRを介して出ないと他者とのコミュニケーションが取りづらくなってしまった人たちや、精神疾患系の医療用VRを使用している人たち、VRゲームの愛好家、あとは大学でVR関連の勉強をしている学生などがいた。
『VR魔法研究プロジェクト』は何もまったく勝算が無い段階からスタートしたのではなかった。
BCIは確かに大脳辺縁系が発する願望のイメージを直接、電気信号として受信することはできなかったけれど、大脳辺縁系で創出された願望のイメージは視覚野を始めとした感覚野へと伝達し、それぞれの部位でも細胞発火を引き起こしていることが分かっていた。
感覚野は大脳新皮質という、脳の中でももっとも面積が広く、一番上の表層にある組織だったので、BCIでも電気信号をキャッチすることが可能だ。
各感覚野の脳波を受信することで、その人の願望のイメージがおおよそどのようなものかを把握することができる。
ただ問題だったのは、各感覚野で発信されている脳波でさえ微弱で曖昧なものだったことだ。
「この世で一番美味しい物を想像してください」と言われて、それをありありと手で触れられるくらいに明確で強くイメージが出来る人がどれほどいるだろうか?
人間の願望のイメージを機械に受信させ、それを理解させることは非常に難しいことだった。
けれども実は、実験を開始した段階ですでに、ごくごく僅かな才能のある者に限られてのことではあったけれど、自分の願望のイメージをBCIに十分な強度と明確さで伝え、VR魔法を実現させることができる人たちもいた。
問題は「それがどのような才能によるものなのか?」を研究者が特定することが出来ていなかったことだ。
なにせVR空間内で魔法が使える人間のサンプルが少なすぎた。
そういった背景から、この研究は既にVR魔法が使える者たちがどのような要因でそれを可能にしているのかを特定することも目標の一つに掲げられていた。
ミカエラという少女はその貴重なサンプルであり、VR空間内で魔法を実現することが出来ていた稀有な人物だった。
彼女は意外なことに元々VRゲームの愛好家でも無ければ、VRの勉強をしていた学生でもなく、ボクのように生きる為に必要でVRを日常的に使用している人とかでもなかった。
彼女は大学で医学を勉強しており、脳に関する勉強の一環でたまたまVRに触れることがあって、そしてたまたまVR空間内での魔法を実現することができた。
彼女も当初、自分がなぜVR空間内で魔法が発動できるのか分からないと言っていた。
VR魔法にもこの世界の魔法と同様の限界があり、発動できる魔法のタイプは個人の資質や性格――つまりこの世界の魔法理論でいう魂の質や形――といったものに合致したものに限られていた。
以前、主任研究員のアビゲイルが無理にミカエラに火属性の攻撃魔法を出させようとした時、ミカエラは最初、火からフライパンの調理を連想し、その後、フライパン調理からその日の晩に作る予定だったハンバーグを連想し、最終的にVR空間にVRハンバーグを現出させた。
ミカエラは優しい性格をしていたらしく、彼女が当初発現できた魔法はお料理に関するものや、オシャレで可愛らしい衣服をVR空間内で創造したり、綺麗な花々を生み出すといったことに限られていた。
ボクは自分もなんとかミカエラのようにVR魔法が使えるようになりたいと思い、ミカエラと仲良くすることにした。
彼女は小柄で華奢なエルフのお姫様みたいなアバターをVR空間で使用していて、なかなか自己主張ができず、普段は人の影に隠れているようなシャイな性格をしていた。
「意外とこういう自己主張が控えめな子がVR魔法を使えるようになったりするんだな~」
とボクは少し不思議に思いながらも、ミカエラと接していく内に次第に打ち解け、仲良くなっていった。
仲良くなったボクたちは、『VR魔法研究プロジェクト』の研究の時間以外もVRMMORPGでいっしょに遊ぶようになっていった。
次第にミカエラも、ボクの前では素を出してくれるようになってきて、意外と明るい性格をした子なんだと新たな発見もあった。
そんなある日、ミカエラといっしょにVRMMORPGをプレイしていたら、ミカエラが目の前の美しい森のフィールドの景色を見ながら詩を詠むのを聞いた。
「ミカエラって詩とかも創るんだね?」
とボクが尋ねると、ミカエラは
「ちょっと恥ずかしいことだから家族にも内緒にしてて…… だから、お願い! 二人だけの秘密にしてね……?」
と、もじもじしながら言う。
ボクはVR空間内では男の子のアバターを使っていたので、半分気持ちも男の子化していたのか、そんなミカエラのことを「かんわいいなぁ~、ミカエラは~♪」と心の中で密かに愛でるようになっていた。
ミカエラから話を聞いていると、ミカエラは詩だけではなく絵なんかも描いたりするらしい。
そんな話を聞いていたら、「もしかしたらミカエラの芸術的な感性や感覚がVR魔法とも関係があるのではないか?」とボクには思えてきた。
「そう言えば、アニメや漫画、ラノベで出てくる異世界の魔法も、詩のような呪文の詠唱や絵、踊りなどの芸術的な表現を術式に用いて魔法をつかっていたような気がするし、ある意味こういった芸術的な行為は人間の心の中の願望のイメージを具体化し、脳から出る電気信号を強めてくれる効果があるんじゃないか?」
と、ボクの中のオタク脳が密かにボクに告げ、ボクはみんなに内緒でこの試みに挑戦することにした。
それからボクは過去に見たアニメや漫画、ラノベの作品に出てくるような術式を片っ端から試していった。
最初はなかなかうまくいかなかったが、ある時何の気なしに「パイナップルが食べたいな~」と思って創った自作の『パイナップルの唄』を創作ダンスを交えながら歌ったら、パイナップルが目の前に現出する『パイナップル魔法』が発動した。
そしてこれが世界で初めて自分が意図した効果を
主任研究員のリーンが「みんなの前で成果を発表して欲しい!」と情熱をもって訴えかけてきたので、ボクは恥ずかしい思いをしながらみんなの前で自作の『パイナップルの唄』と創作ダンスを披露させられた。
<『パイナップルの唄』 作詞作曲:ニケ>
「パイナップルが食べたいな~♪ パイナップルは美味しいよ~?♪ 甘くて黄色くてまぁるいの~ はぁ~やく出てこいパイナッポー!♪」
みんなの前で歌わされたせいか、ボクは恥ずかしくて意識をうまく集中できなかった。
『パイナップル魔法』を成功させるまで二回も失敗し、三回目には恥ずかしさのあまり顔を真っ赤な林檎のようにしながらボクは歌い踊った。
とんだ羞恥プレイだ!!と主任研究員のアビゲイルに詰め寄ったが、他のアメリカ人の被験者たちからは「やっぱり日本人はパイナッポーなんだな?(笑)」と笑われ、ボクは「まだペンとアップルは出してないから良いでしょ!?」と抗議をした。
でもしばらく術式の練習をしていたらペンもアップルもVR魔法で出せるようになり、「やっぱり日本人だ!(爆笑)」と彼らにはしばらくこのことをネタにされた。
さすがにこれには主任研究員のアビゲイルからも「でかしたぞ、ニケ太郎……」と半笑いを浮かべながら言われ、ボクは自分の黒歴史に新たな一ページを加えることになった。
ボクが『パイナップル魔法』を成功させたことで、ボクが編み出した術式を活用してVR魔法を生み出すという手法は次第に定着していった。
元々VR魔法が使えていたミカエラは術式を用いてだったら苦手にしている攻撃魔法も実現することができた。
他の被験者たちも術式を活用することでVR魔法を編み出せる者たちが出てきたが、それでもこの世界の魔法と同じで、やっぱり誰もが自分オリジナルの魔法を発現できる訳ではなかった。
自力で魔法を編み出せない被験者たちは、ボクやミカエラや他のVR魔法使いが編み出した魔法の術式を模倣し、同じ魔法が使えないかを試していくことになった。
結果、彼らはオリジナルの魔法のイメージや効果に影響を受けるものの、ややそれと劣化した形のものを術式を介して発現できるようになり、主任研究員のアビゲイルはボクたちが編み出したオリジナルの魔法を『魔法<
『魔術<
これで誰もが自分の心の働きによって魔法や魔術を操れるようになった。
いくつかの実験とデータの採取が終わり、無事、『VR魔法研究プロジェクト』が終了すると、日本政府の役人さんがボクに代わって『VR魔法システム』の特許申請をしてくれることになった。
特許料はボクと出資者であるゲーム制作会社Pentagonal X社とで按分となったが、それでもそこから得られる収入のおかげでボクは
政府としては、筋委縮性難病を負っていた少女が社会的な成果を上げたことを世間に向けてPRしたかったんだろうと思う。
でも実際、それによってボクと同じ障害を持っていた人たちは勇気づけられ、社会進出が進んだ。
この病気はボクがそうであったように後天的に発生することが多く、中には社会人になって働くようになった後、発症する人たちもいた。
彼ら彼女らが再び社会に戻り、キャリア形成を再開することのきっかけとなれたことはボクの短い19年の人生の中でも最も誇らしいことだった。
ボクが実名を出されることを恥ずかしがったので、この『VR魔法システム』はボクがゲームで使っていたアバター名から取って『ニケ・システム』と呼ばれるようになり、その後、Pentagonal X社が制作した
もしこの世界にボクが取り込まれたことにアビゲイルや、その背後にいると思われるアメリカ軍が関わっていた場合、ボクはどうしたら良いのだろう?
もしかしたらボクの身柄もすでに彼らの手元に拘束されていて、彼らの要求を飲まなければボクの命は保証されないのではないか?
いずれにせよ、真実が何なのかを確認する為にもアレクサンドラに行き、魔法協会の調査をしなくてはと改めてボクは思った。
▼▼▼▼
そんなことをいろいろ考えていたら、「銀の乙女亭」ではもう深夜になっており、みんな寝付いたのか物音ひとつしない静寂に包まれていた。
ボクも明日に備えて早く寝なくちゃ。
この世界のお金を稼ぐために、明日もボクは冒険者ギルドに行かないといけない。
眠りにつく瞬間まどろみの中でボクは、「そう言えばミカエラは今どうしているのだろうか? 元気にしているのだろうか?」とふと思った。
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