第11話 実食!ワイズ・ラビットのお肉はどんなお味?

「ニコ、お前、女みたいな男だな」


 これが「ブレイブハート」リーダーのアルトリウスが最初にボクに発した言葉である。

 次いで、


「お前みたいな男でも冒険者は務まるんだな」


 とも言い放ちやがりました。


 いや、ボクは本当は女の子だから。

 それに女みたいな男に冒険者が務まらないなら女性冒険者が活躍していることはどう解釈しておるのだね、チミ?

 っていうか、おたくのラファエロ君だってたいがい女の子みたいな雰囲気醸し出してますけど!?


 ボクが苛立っている様子を見て、サブリーダーのランスがフォローを入れてくる。


「いやいや、魔法職は俺らと違ってSTRVIT体力もあまり関係無いからな」

「そうだそうだ! ボクは魔法職だから戦士職みたいにゴリラのようなムキムキにならなくたって良いんですぅー!」


 ボクの反論に対して今度はアルトリウスがキレそうになる。


「ああ? 誰がゴリラだって?」


 まさに一触即発の雰囲気である。


 なんなんだコイツ、いきなり突っかかってきてむかつくな!

 『極大海嘯タイダル・ウェイブ』の大波で押し流してやろうか!?


 ボクが「おお水よ、流動せし者よ――」と唱え始めると、慌ててテミスが止めに入る。


「ニコ、店の中でそれはちょっと…… な? まぁ、アルトリウスも口は悪いが根は悪く無いやつなんだ。 ここはオレに免じて矛を納めてくれないか?」

「まぁ、テミスが言うならボクは納めるよ。どの道、今日はMPを使い果たしているからもう魔術は使えないしね。ちょっと唱えてみたくなっただけさ」


 ボクがの呪文を店の中で唱えたことを知り、ランスの顔が青褪める。

 神官のラファエロ君はトリウスに「初対面の人に対して失礼ですよ!」と窘めている。


賢魔兎ワイズ・ラビットはニコのおかげで仕留められたようなものだからな。アルトリウスは賢魔兎ワイズ・ラビットの肉は無しな?」


 とテミスが言うと、さすがにアルトリウスも堪えたらしい。


「そっ、そりゃないぜ! テミス」

「詫びるならオレじゃなくニコに詫びな」


 そう言われ、アルトリウスも少し反省したらしく、


「さっきは言いすぎて悪かった。別に悪気があったわけじゃなく、こんな可愛らしいお嬢ちゃんみたいなツラしたやつが冒険者をやってるのを不思議に思っただけで他意は無い。テミスからお前はすげえやつだって聞いてたもんでちょっと意外だっただけだ」


 と謝罪してきた。

 まぁ、そこまで言ってくるならボクも許してやらんこともないよ?


 とりあえずその場はいったん丸く納まり、賢魔兎ワイズ・ラビットのお料理が運ばれてきたこともあってみんなでお肉を食べることになった。


 「さえずる燕亭」はどうやらテミスたちの故郷アヴァロン島出身のオーナーが立ち上げた居酒屋バルらしい。

 なんとなくイギリスの田舎料理みたいな雰囲気の料理を出すお店で、パイとかローストとか、揚げ物みたいなメニューが多い。

 素材の味を活かした素朴なお料理という感じだ。


 ボクたちが提供した賢魔兎ワイズ・ラビットのお肉は日曜日サンデーロースト、田舎家風コテージパイ、馬鈴薯ポテイトと西洋ネギのポタージュスープに使われたみたいで、あとはワイズラビットは入っていないけどサラダなんかが出てきた。


 日曜日サンデーローストは「日曜日のような特別の日に食べるお肉のごちそうロースト料理」くらいの意味らしく、今回は賢魔兎ワイズ・ラビットの丸焼きのスタイルで出てきた。

 お腹を開いたウサギにざく切りの玉ねぎ、ミニキャロット、マッシュルーム、レーズン、パンを細かくちぎったものに黒コショウ、シナモン、セージ、タイム、ローズマリーなどのスパイスやハーブを加えたものを中詰めにスタッフィングし、オーブンで焼く。

 ローストした際に出た肉汁は肉汁グレービーソースに使われ、ウサギ肉の旨味を余すところなく使用したお料理だ。


 テーブルには丸焼きの形のまま出され、そこで給仕係さんがナイフで腹を開き、中に詰められていたものと肉を分け、肉は食べやすいサイズに切り分けてくれる。

 肉汁グレービーソースは魔法のランプみたいな形をしたソース皿に入れられ、お好みでご自由におかけくださいというスタイルだ。


 田舎家風コテージパイのお肉には賢魔兎ワイズ・ラビットの肝臓と腎臓を刻み、それを豚ひき肉と混ぜたものを使用。

 肉とみじん切りにした玉ねぎ、エシャロット、にんにく、セージを混ぜたものを塩とカイエンペッパー、黒コショウなどのスパイスで味を付けてオリーブオイルで炒める。

 それを器に入れて上からマッシュポテトをかぶせ、オーブンで焼いたものだ。

 スパイスの香りとお肉の芳しい香りが立ち上り、食欲を刺激してくる。


 馬鈴薯ポテイトと西洋ネギのポタージュスープにもウサギの骨で取ったスープが使われているようだ。


 テミスが「ここがウサギで一番美味しいところだから」と、腿肉の大きな塊をボクの皿に盛ってくれる。

 お肉の脇にはウサギのお腹に詰められていたパンや野菜たちも添えてくれて、その上から肉汁グレービーソースをかけてくれる。


 ボクはお肉をホークとナイフで切り分け、中に詰められていたパンや野菜といっしょに口に運ぶ。

 口の中で賢魔兎ワイズ・ラビットの旨味が爆発する。


 お肉の皮の部分はパリっとローストされているけど身の方はまだしっとりしており、中に詰められていたマッシュルームの食感も良い。

 時々顔をのぞかせるレーズンの甘みと酸味も良いアクセントで、パンは肉と野菜の旨味をしっかり受けとめていてふにゃふにゃになったそれが口の中でそれぞれの食材を繋ぎとめて一体感を出す。


 前から魔素が豊富な食べ物を食べると感じていたことだけど、魔素はボクが元いた世界にはない味覚な気がする。

 魔素には独特のコクやまろやかさのようなものがある。


 強いて言えば高級なお肉を食べた時に、その旨味の塊が持つパワーで心と脳をぐわっと揺さぶられ、脳が痺れるような感覚と似ている気がするので旨味に比較的近い感じはするが、それとも違う独特のニュアンスがある。

 あと、食べた後に魔素が身体の中を駆け巡り、それが血肉と結びついて力に変わっていくような得も言われぬ高揚感があって、これがまた不思議な感覚だ。


 賢魔兎ワイズ・ラビットの肉をかじると奥歯の辺りがギュッとなって幸福感で締めつけられるような感覚がする。

 口にまだお肉が入っているのにすでに次のお肉が欲しくなる。


 さっきまでボクのお皿にお肉を盛ってくれていたテミスも、見ると物凄い勢いで食べている。

 狩人ギルドでは賢魔兎ワイズ・ラビットのお肉を「二人では多すぎる」と言っていたけど、あの勢いなら一人で食べきってしまうんじゃないか?とボクは思う。

 テミスは口にまだお肉が入っているのにすでに次のお肉が欲しくなる感じを忠実に実践しているらしく、口にまだ肉が入っているのに次々と肉を食べ、リスのようにほっぺたを膨らませていた。


 最初はおしゃべりしながら食べていたのに、今ではみんな無心で肉を貪っており、「あっ、これ蟹を食べると静かになるのと同じ感じだ!」とボクは思った。

 神官のラファエロ君だけ、聖神教の戒律でもあるのか少し恥ずかしそうにしながら肉にかぶりついているが、それでも肉に夢中になって食べ進めているのが分かる。


 途中でみんなが日曜日サンデーローストにばかり夢中になっていることに気づき、ラファエロ君が気をつかって田舎家風コテージパイを切り分け、みんなのお皿に盛ってくれる。

 田舎家風コテージパイもなかなかどうしてイケるじゃないですか!


 豚のひき肉に賢魔兎ワイズ・ラビットの肝臓と腎臓が加わることで滋味あふれる旨味や風味が加わり、お肉としての美味しさがワンランクもツーランクもアップしている!

 カイエンペッパーや黒コショウの風味やピリリとした辛みが効いており、いっしょに炒められた玉ねぎやエシャロットは野菜独自の甘味や旨味を発揮し、セージのヨモギのような爽やかな香りが内臓の独特の臭みを抑え、味を引き立てている。

 オーブンで焼かれて表面がサクッとしているマッシュポテトとも相性抜群でこれも食べだすと止まらない味だ。


 箸休めに飲んだ馬鈴薯ポテイトと西洋ネギのポタージュスープも、賢魔兎ワイズ・ラビットの骨で取ったスープの旨味を丁寧に裏ごしされた馬鈴薯ポテイトと西洋ネギがしっかり受け止めていて、これはこれで絶品だった。


 ランスはある程度食を進め、満足してくるとそれまで飲んでいた麦酒エールから赤ワインへと切り替えた。

 ボクも真似してそれまで飲んでいた麦酒ラガーを赤ワインに変えてみる。


 赤ワインはボクにはまだ早かったのか、その渋みに眉をしかめているとランスが気をつかって別の赤ワインを注文してくれる。

 銘柄によってはフルーティーで甘く飲みやすいものもあるということで、新しいワインの方はボクの口にもあい、どんどん飲んでしまった。

 ボクが飲めなかった渋い赤ワインはランスが代わりに飲んでくれた。


 アルトリウスも肉の味に満足したのか、


「でかしたぞ! ニコ! 俺がこれまでに食べた肉の中でこれが一番うまい! また賢魔兎ワイズ・ラビットを討伐したらぜひ頼むよ!」


 と、ボクの背中を手のひらでバンバン叩き、上機嫌だ。

 テミスが言うように、単にコイツは裏表が無いだけで根は悪いやつでは無さそうだ。


 ボクとテミスはお肉を食べてる途中でレベルが上がり、ボクがLv9でテミスはLv12に上がった。


「ほら、オレが言った通り、賢魔兎ワイズ・ラビットを売らずに食べて良かっただろ? 」


 と、テミスがボクの肩を抱いてドヤ顔で言うので、

 ボクも、


「こんなに美味しいならまた賢魔兎ワイズ・ラビットを狩りに行きたいね!」


 と答えた。


 美味しいお肉とお酒に満足したアルトリウスは音痴な歌を披露し始めている。

 悪ノリしたランスがアルトリウスと肩を組んでいっしょに歌を歌う。


 アヴァロン島の歌なのかな?

 二人とも酔っぱらってるし、なんて歌っているのかはよく分からないけど、とにかく二人ともゴキゲンだ。


 ラファエロ君はお酒に弱いのか、さっきからテミスの右腕を抱きしめながらウトウトしている。


「テミスさん、今日も美味しいお肉をありがとうございます……むにゃむにゃ」


 ラファエロ君のお気にはテミスちゃんなのかな?

 お姉さん、応援しちゃうぞ?


 こうやってその日の「さえずる燕亭」の夜は楽しく更けていった。

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