第10話 囀る燕亭
ボクはテミスと狩人ギルドで解散した後、いったん「銀の乙女亭」に戻った。
テミスはお店に夜7時からの予約を取ってくれると言っていたので、時間が2時間程余っていたのだ。
ボクはケレブリエルさんに今夜は外で食事を取ること、もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないということを伝え、その後、部屋に戻って少し身体を休ませることにした。
何せ今回はかなりハードなクエストだったので、身も心も疲れ切っていたのだ。
ベッドに身を横たえると、自分の身体が鉛のように重くマットに沈み込むのを感じる……
ボクは
「こりゃ、明日は筋肉痛だな……」と一瞬思ったけど、たぶん大丈夫だろう。
どういう訳かこの世界に来てからボクは、どれだけハードに身体を動かしても筋肉痛にはならなかった。
おそらくこれには【HP(ヒットポイント)】が関係しているのだと思う……
この世界で目覚めてから3ヵ月、冒険者をしている間に気付いたことだけど、この世界のHPは肉体が傷ついた時に残っているHP分だけ肉体を修復してくれる『
もしかするとこれも『鑑定』『ステータス』『言語理解』『レベルアップ』と同じような、人間であれば誰でも使える魔法の一種なのかもしれない。
彼女が
とは言え、危険な状態であることには変わりがないので、アンヌンへの帰りの道すがら、サルフェが一生懸命『
ボクはHPの減りはあまりなかったけれど、MPはもうほとんど空の状態でクタクタだった。
本当は「銀の乙女亭」の回復効果のあるお風呂に入りたいところだけれど、それはウサギ
ボクはふと『
もしこの世界の魔法がVRMMORPG『アポカリプス・ワールド』の魔法と何か関係があるとしたら、元金等級の魔法職だったケレブリエルさんは何か知っているかもしれない。
だけど、どうやって切り出せば良い?
バロラはボクの事情について、ケレブリエルさんにある程度話しておいてくれたようだけど、いったいどこまで話してくれたのだろうか?
それにちゃんと話しても、例の『賢者語』のせいでまともには伝わらないかもしれない……
サルフェは『
ボクがそれを使えることをどうやって説明したら良い?
下手に話してボクがダンジョンの深層の封印された箱から目覚めたという話になれば、もしケレブリエルさんがその事情をバロラから聞いていなかった場合、余計な混乱をさせるようなことになるかもしれない。
これまで3ヵ月の間、ケレブリエルさんとは良好な関係を築けていただけに、それはできれば避けたかった。
「はぁー、ボクの人生、ままなりませんなぁー」
▼▼▼▼
ボクは約束通り7時にテミスに指定されたお店「
「
一階は飲食店で上の階が冒険者向けの宿になっているのは「銀の乙女亭」にも似ていたが、雰囲気や客層はだいぶ異なるものだった。
店主はカウンターの中で煙草をくゆらせながら料理を作っているし、店員は自分も酒を飲みながら接客をしている。
壁にはダーツも設置されていて一部の客はお酒を飲みながらそれで遊び、誰が勝っただの負けただのであるいは浮かれ、あるいはやけ酒を飲んだりしている。
とにかく賑やかでわいわいがやがやとうるさいくらいだったが、みんな楽し気に飲んでいてそんなに嫌な雰囲気ではなかった。
どうやらテミスたちは先に着いていたらしく、手招きされ席に呼ばれる。
彼らは先に一杯始めていたらしい。
「よぉー、ニコ! 遅かったじゃないか?」
「そんなことないよ! ボクはちゃんと時間通り7時に来たからね? テミスたちが早かっただけだよ」
「そうか? まぁ仕事が終わったらついつい飲みたくなるからな。ちょっと早めに来て一杯ひっかけてた訳さ。そうだ、ニコ。お前も飲むだろう? とりあえず最初の一杯はキンキンっに冷えた
テミスがそう言うとカウンターの方から「あいよっ!」と威勢の良い返事がかえってくる。
テミスは一杯ひっかけてたと言っていたけど、このゴキゲンな雰囲気だとたぶん一杯どころじゃなくすでに何杯か飲んでいるな……
文字通り「キンキンっ!」に冷えている状態だ。
ボクのところにもお酒が出されると、テミスがボクのことをメンバーに紹介してくれる。
「みんな! 聞いてくれ! こいつがさっきオレが話していたニコだ! まだ鉄等級に上がったばかりだが、魔術の才能はあるし機転や応用も効くやつだ。オレも今日はニコに助けられた。今日みんなが食べる
ボクはテミスに急に自己紹介を振られたので、ちょっと慌ててしまう。
「えっ、えーっと、さっきご紹介にあずかりました魔術士のニコです。得意なのは闇属性の魔術です。鉄等級になりたてのまだまだ未熟な冒険者ですが、今後ともよろしくおねがいします」
ボクが自己紹介をするとみんなが拍手をしてくれる。
「えーっ、では、我らが新しい友人ニコとの出会いを祝して乾杯をしようと思う。みんな起立してくれ!」
テミスに促され、みんなが片手にジョッキを持って起立する。
「では、新しい友、新しい冒険にカンパーイっ!」
「「「「カンパーイっ!!!!」」」」
みんながぐいっと酒杯をあおるのを見て、ボクも真似して
お酒を飲むのは初めてだから大丈夫だろうか?とボクは最初心配していたが、とりあえず大丈夫そうだ。
キンキンっに冷えた
まぁボクも元の世界では19歳だったけど、ここに来て3ヵ月を過ごすうちに20歳を超えてるはずだし、大丈夫だろう。
乾杯が終わるとテミスがパーティーメンバーを紹介してくれる。
「まずこのいけ好かない金髪野郎がリーダーのアルトリウスだ! 残念ながらこいつとオレは同じ故郷の村に同じ年に生を受け、今もいっしょに冒険者をやっている腐れ縁だ! こいつが急に『俺は勇者になる為、冒険者になる!』とか言い出したもんで、仕方なく付き合ってやってるってわけだ。まぁ気ままな冒険者もオレの性にあってるし、構わないけどな」
「いけ好かないは余計だろっ!?」
そう言って、金髪碧眼の細マッチョ野郎アルトリウスがテミスにガシっ!とヘッドロックを決める。
彼は戦士職をやっているらしく、パワーだとテミスより上なのかな?
等級はまだボクやテミスと同じ鉄等級だ。
「痛てて、やめろよ!
今度はテミスがアルトリウスの腕を振り払って、左手でしこたまアルトリウスの頭をパシンっ!とはたく。
アルトリウスはテミスが女の子であることを思い出したのか反撃はせず、「ってぇーな!都合が良い時だけ女になるなよな!」とぼやいている。
彼が言っている『勇者』というのは、聖神教会が認定している『認定勇者』のことらしい。
彼が勇者になりたいと言い出したことがきっかけで、このパーティー「ブレイブ・ハート」は結成されたそうだ。
どうやら同じ名前のパーティーが世界中にはけっこうあるらしく、パーティーの正式名称は「ブレイブ・ハート(73)」。
要は世界で73番目の「ブレイブ・ハート」という名前のパーティーということのようだ。
「それでニコの隣に座っているそのいけ好かない無精ひげチャラ男がランスだ! こいつもオレとアルトリウスと同じアヴァロン島出身で、オレらよりは少しだけ年上だ。いちおううちのサブリーダーだけど、こいつは女だと見たらすぐに手を出すようなヤツだから気を付けるように…… って、ニコは男か? まぁとにかく気を付けるように!」
「いや、本当、いけ好かないは余計だし、チャラ男も余計だ! 初めましてだな、ニコ? よろしく頼むよ!」
そう言ってランスは右手を差し出し握手を求めてくるので、ボクも握手に応じる。
彼は肩まで届くくらいの栗色の髪を無造作にまとめていて、この無造作感はアルトリウスの
彫りの深い顔に添えられた無精ひげもちゃんと手入れがされたもので、ひげも刈り揃えられて長さが均一だし、変にまだらになったりとかしてなくてセクシーだ。
確かに映画に出てくる二枚目俳優みたいな雰囲気で、ちょっとモテそうかも……?
ランスの職業は騎士職で、家柄もいちおう貴族の騎士爵らしい。
次男で父の跡を継げない彼は、親友のアルトリウスが冒険者になると言い出したので、それに付き合って自分も冒険者になったらしい。
彼はこのメンバーの中では最年長らしく、幼少時より父から騎士としての訓練を受けていたこともあってパーティーメンバーの中で唯一の銅等級だ。
「そして最後に! うちのパーティー唯一の癒し担当がこのラファエロだ! ラファエロとはアンヌンで知り合ったんだけど、最初、ランスが女の子と間違えてナンパしたのが出会いのきっかけだ! 一見、女の子と見間違うくらいの美少年だけど、ちゃんと男だからな?」
「いや、テミスさん、美少年とか女の子みたいだとか、恥ずかしいのでやめてください……」
最後に紹介された美しい透き通るような金髪をした美少年は、パーティー唯一の回復担当、神官職のラファエロ君。
長い髪は肩甲骨のあたりまで伸びていて、肌も透き通る程に白く美しく、触れてみればきっと絹のようにスベスベな肌触りだろう。
目は切れ長だけどパッチリとしていて冷たい印象ではなく、また瞳の色は珍しく金色がかっていてキラキラと光彩を放っている。
線は細いけど目鼻立ちがしっかりしている美人さんで、全体的に透き通った雰囲気?あるいはオーラがにじみ出てそこだけ異空間になってるかのような印象がある。
確かにこれだと、ぱっと見では美少女なので、ランスが間違えてしまったのも仕方がない気がする……
息を飲むほど程の美少年な彼だけど、それはどうやら彼がハーフエルフであることが理由のようだ。
彼の父はロムルス聖神教国の迷宮都市レムシアで神官をしており、母親の方がどうやらエルフであるようだ。
彼の等級もボクやテミスたちと同じ鉄等級だ。
「よしっ! これで自己紹介は全て終わりだな! この後はお楽しみのウサギ料理だ!」
そう言ってテミスが酒杯を掲げ、大号令を発すると、それがまるで合図だったかのように厨房の方からお目当てのウサギ料理が運ばれてきた。
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