第7話 ボクは二つの山を見たんだ……

 ――ドドドドドドドドドっ! ズダンっ! バキっ! ドガっ! ズザザザ……っ!


 ボクが放った『極大海嘯タイダル・ウェイブ』は大きな濁流となり、賢魔兎ワイズ・ラビットを襲った。

 賢魔兎ワイズ・ラビットは回避しようと跳びはねたが、範囲攻撃魔法の『極大海嘯タイダル・ウェイブ』を躱しきれず、その濁流に飲まれた。


 『極大海嘯タイダル・ウェイブ』はその後、周辺の樹々をも巻き込み、なぎ倒し、圧し流していった。

 テミス君やサルフェを巻き込まないようにして放ったつもりだけど、二人は大丈夫だろうか……?


 ボクは二人の安否を確認する為、立ち上がり、辺りを捜索した。



 ボクが『アポカリプス・ワールド』の中で創り出した『極大海嘯タイダル・ウェイブ』は水の上級『』だったはずだ。

 ゲーム内での威力を考えれば、今回の『極大海嘯タイダル・ウェイブ』はずいぶんと効果が弱まったもののような気がする……


 本来の威力なら数百の敵を一気に濁流に巻き込み圧し流して壊滅させるくらいの威力があったはずだけど、今回の威力は賢魔兎ワイズ・ラビットの周辺にあった樹々を4、5本なぎ倒した程度のものだ。

 サルフェが放った火属性の中級『ファイア・エクスプロージョン』と同程度の破壊力なんじゃないだろうか?


 まぁ本来の威力で放たれていたらここら辺一帯が壊滅状態になるので、良かったんだろうけど。

 咄嗟に思いついて使ってしまったけど、もう少し考えた方が良かったのかもしれない……


 ただ、少し気になるのがさっきの『極大海嘯タイダル・ウェイブ』の消費MPだ。

 『極大海嘯タイダル・ウェイブ』を放つ前のボクのMPは残り47あったはずだけど、今、ステータス画面で確認する限りでは4しか残っていない。


 普通の中級魔術ならMP8~15くらいの消費が関の山だ。

 それが43も消費しているとなるとやっぱり少しおかしい。

 もう『剛力の盾フォース・シールド』も『水精流撃アクア・フロー』も、一発も出せない状態だ。


 さっきので仕留めきれていると良いんだけど……



 しばらく歩いているとサルフェが倒れているのを発見する。

 ぐったりしてはいるがちゃんと息もしている。

 さっきの『極大海嘯タイダル・ウェイブ』にも巻き込まれなかったようだ。


 ボクは少しほっとして思わず地面に膝をつく。

 MP消費もそうだけどさっきの激戦でかなり肉体も疲労しているようだ。

 それでもとりあえずサルフェを起こしてあげないと……


「サルフェ! 起きて! ねえ、こんなところで寝てると危ないよ!?」


 ボクが身体を揺するとサルフェが目を覚ます。


「……あれ? 私はいったい――――テミス様は!? テミス様は無事なの!?」


 サルフェは目を覚ますや否やテミス君のことを心配する。


「ごめん、まだ確認は取れていない。でもおそらく大丈夫だ。さっきまで一緒に賢魔兎ワイズ・ラビットと戦ってたし……」

賢魔兎ワイズ・ラビットは!? 賢魔兎ワイズ・ラビットはどうなったの!?」

「さっき、弱点属性の水の中級をぶつけたからたぶん仕留められたと思うんだけど…… その時、テミス君の姿も見失っちゃって――」


 ――ドガっ!! パーン!!


 ボクがサルフェと話していると急に土塊が飛んでくる!

 賢魔兎ワイズ・ラビット、生きてたのか!?


 とっさに攻撃に気付けたから『剛力の盾フォース・シールド』がなんとか防いでくれたけど、その一撃を受けて『剛力の盾フォース・シールド』も弾けて消滅した。


 どうしよう?

 もう『剛力の盾フォース・シールド』を張り直すMPも無い!


 賢魔兎ワイズ・ラビットもさっきの『極大海嘯タイダル・ウェイブ』でかなりダメージを負っているようで、よろよろしながらこちらに近づいてくる。

 土魔法で土塊を形成しているけど、かなり消耗しているからか形成に手間取っている。


「サルフェ! 『土精防護アース・ガード』使えたよね!? 『土精防護アース・ガード』、早く張って!」

「は、早くたってそんな! 相手の土魔法の方がレベルが上だからそんなに効果はないかもしれないわよ!?」

「無いよりマシ! 早く!」


 サルフェは慌てて土のシンボルを刻もうとして間違えて風のシンボルを杖で刻んだ。


「サルフェ! それ、風のシンボルだよ! 土はそれを逆さに書かないと!」

「えっ!? いや、あなたが早く早くと焦らせるのがいけないのよ!」


 賢魔兎ワイズ・ラビットの土塊の形成はほぼ完了している。

 もう間に合わない!


 ボクとサルフェは最後の瞬間を覚悟し、お互いを抱きしめあってギュッと目をつむった。

 ああ!どうせ最後ならサルフェじゃなく、テミス君といっしょに抱きしめあいたかった!

 ――まあ、相手もそう思ってると思うけど……




 ――――ビュンっ! ザクっ!!


 ボクたちが最後を覚悟し、目をつむった瞬間、何かが風を切るような音がした。

 しばらくしても賢魔兎ワイズ・ラビットの土塊が飛んでこないので思い切って目を開けてみると、なんと賢魔兎ワイズ・ラビットの首が地面に転がっている……


 テミス君の手斧だ!!

 どうやらテミス君が手斧を投擲して賢魔兎ワイズ・ラビットを仕留めてくれたみたいだ!


「ニコ! サルフェ! 二人とも無事か!?」


 声がした方を振り向くとテミス君がいるのを発見する。


「テミス様! 無事です!」

「ボクも大丈夫です! あっ、でもMPはもうほとんど空なので今日はもう魔術は使えません!」


 テミス君もだいぶダメージを負っているのか、足を引きずりながらこちらに向かってくる。

 服が濡れていないところを見ると、『極大海嘯タイダル・ウェイブ』には巻き込まれなかったみたいだ。

 良かった!


 でも何だろう?

 テミス君の見た目に微妙に違和感を感じる……

 さっき『極大海嘯タイダル・ウェイブ』を使ってMPを大量に消耗したせいで目がおかしくなったんだろうか……?


 テミス君は仕留めた賢魔兎ワイズ・ラビットを手に持って嬉しそうに満面の笑みを浮かべている……


「ニコ! やったな! D rankの魔獣だぞ! オレ、こんな大物仕留めたの初めてだ!」


 なんだろう、テミス君のお胸のあたりが揺れているように見える。

 おかしいな?

 ボクは目をゴシゴシとこすってみる。


「こいつの肉、すっげえ、美味しいんだ! 昔、父ちゃんがオレの誕生日の時に獲ってきてくれたんだけど、たぶんオレがこれまでに食べた肉の中でも一二を争う美味さだよ! こいつの肉を売っても良いんだけど、買うと高いしな……!?」


 さっきからテミス君がチラリチラリとこちらを見てくる。

 売らずに食べようぜ!ってことなのか?

 いや、それは良いんだけど、ボクはさっきからテミス君のお胸が気になっています……


「なあ、ニコ。良いだろ? みんなでこいつ、食っちまおうぜ! なあ?」

「ええ、良いですけど。そもそも止め刺してくれたのテミス君ですし……」

「ほんとか!? ニコ! 愛してるぅー! ちゅっ」


 テミス君は「愛してるぅー!」と言ってボクのほっぺにキスをした!

 隣のサルフェの表情は最初青褪め、その後、暗殺者アサシンのような目が据わった殺伐とした表情へと変化した。


 あれ?

 でもなんだろう?

 ボクは全然嬉しくない……?


「あのテミス君、ちょっと聞いても良いですか?」

「ああ、良いぞ! なんでも聞いてくれ!」

「テミス君ってひょっとして――――」

「ん? なんだ?」

「テミスだったりします……?」


 テミス君は一瞬、「こいつ、なにを聞いてるんだ?」みたいな表情を浮かべる。


「ん? ああ! そうだな、オレはテミスだな!」


 ああ、なんとなく、胸当てを外したあたりからうすうすそうじゃないかとは思ってたさ。

 たぶん、ボクは次にこういうだろう、「そっ、そんなバカなー!?」と。


「そっ、そんなバカなー!?」

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