第6話 激闘の果てに……

 事態の深刻さに気づき、ボクは戦慄を覚える。

 3人の鉄等級冒険者で銅等級相当のD rankの魔獣を倒せるだろうか?


「テミス君、あの黄色い賢魔兎ワイズ・ラビット、D rankくらいありませんか?」

「ああ、一角兎ホーン・ラビットは魔獣の中でも最弱のF rank相当の実力しかないが、成長して魔素を蓄えると魔法適性を獲得してD rankの賢魔兎ワイズ・ラビットに進化する。MND精神力も高くなり魔法防御力が上がるから、こっちの『鑑定』も通りづらくなる。厄介な相手だ」


 テミス君は少し強張った表情でそう言った。

 さっきから両耳も相手の方に向け、少しの音も聞き逃すまいという緊張感を感じる。

 賢魔兎ワイズ・ラビットはその黄色い毛を逆立たせ、こちらを威嚇しているようだった。


「ここは撤退しよう。相手がオレらを逃がしてくれるかは分からないが、まともにやりあうよりもましだ。実力の差がありすぎる」

「そんなに厳しいですか?」

「ああ、冒険者でも一つ等級が上がるとだいぶ実力に差が出る。一般に下の等級の者は上の等級の者に束になっても敵わないと言われているからな。魔獣も同じだ。格上には挑まない方が良い」


 賢魔兎ワイズ・ラビットは「キー!キー!」と声をあげ、怒りをあらわにしている。

 この状況のままでいるのは危険そうだ。


「かなり怒っているな。自分の巣を荒らされ、仲間を殺されたからか…… もしかしたらオレたちが殺したのはこいつの子どもだったのかもしれないな。残念だが今日獲ったウサギの肉と魔晶石はここに置いていこう」


 確かにあの黄色いウサギはこれまでに狩ったウサギと比べても身体が一回り大きい気がする。

 親ウサギか?

 荷物になって逃亡するのに不利なウサギの肉を置いていくのは分かるけど、魔晶石まで置いていく必要はあるのだろうか?


「テミス君、魔晶石まで置いていかないといけませんか?」

「ああ、魔獣は死んだ仲間の魔晶石を喰らう習性がある。オレたち人間は魔晶石を食べられないが、魔物たちは魔晶石を取り込むことで自らの体内の魔晶石を大きくするんだ。体内に形成される魔晶石の保有MPイコールその魔物の強さと言っても過言ではない。こいつが仲間の魔晶石に気を取られてる隙にこの場から離れるのが良いだろう」


 ここまでボクたちのやり取りを聞いていたサルフェが憤然とした様子で口を開く。


「テミス様が頑張って獲ったウサギの肉と魔晶石を置き去りにするなんて出来ません! ここは私に任せてください!」


 そう言うとサルフェは魔術の術式を展開する。

 宙に杖で正三角形のシンボルを刻んだところからすると火属性の魔術か?


「猛る者、怒れる者よ! 汝の怒りをここに顕現し、その暴虐をもって敵を打ち滅ぼせ! ――――」

「サルフェ、ちょっと待て! それは逆効果だ!」

「――――火炎爆裂撃ファイア・エクスプロージョン!!」


 ――ボーンっ!! バゴーンっ!!


 サルフェがテミス君の忠告を無視して火属性の中級魔術を賢魔兎ワイズ・ラビットに放つ。

 杖の先端を向けられた黄色いウサギは瞬く間に爆炎に包まれ、爆発の衝撃は周囲の地面を穿って土煙を巻き上げる。


 吹き飛ばされた土が上空からパラパラと降り注ぎ、周囲の樹々の枝葉をパン、パシンと打ちながら落ちてくる。

 倒せたのか!?


「逃げるぞ!! ニコ!!」


 そう言うとテミス君はサルフェを抱きかかえて一目散に駆けだす。

 突然抱きかかえられたサルフェは「きゃっ!?」と一瞬短く声をあげたが、すぐに頬を赤らめつつも嬉しそうな表情をする。

 ボクは事態が一瞬把握できず固まってしまったが、一拍遅れてテミス君に追いすがった。


「ちょっとテミス君、どうしたの!? サルフェの火炎爆裂撃ファイア・エクスプロージョン賢魔兎ワイズ・ラビットに直撃してたよ?」

「何を言ってるんだ! ニコ! 黄色い毛皮の賢魔兎ワイズ・ラビットは土属性だ! 不利属性の火の魔術じゃ、ダメージを与えるどころか単なる挑発にしかならない!」


 後ろを振り返るとさっきまで業火に包まれていた賢魔兎ワイズ・ラビットの黄色い影がすぐそこまで迫っている。

 それまでテミス君の首に両腕をまわしてうっとりとしていたサルフェも、状況を把握すると表情が青褪めていった。


「ああ! テミス様、申し訳ございません! 私の軽率な行為のせいで……」

「サルフェ、反省は後だ! 今は協力してこの危機を乗り切ろう!」


 ドガガガっ!と音がして地面から土の槍が何本も飛び出す。

 テミス君はサルフェを抱えながらそれを懸命に躱した。


 ――――だが土槍を躱す為に宙に浮いたテミス君目掛けて賢魔兎ワイズ・ラビットが土塊を飛ばした!

 テミス君は懸命にそれを躱そうとして宙で身体を捻るが躱しきれず鉄製の胸当てに当たる。


 ――ビュンっ……! ガシャーンっ!


「ぐわぁっ!! 」

「きゃあっ!? 」


 土塊の衝撃で弾き飛ばされた二人は樹に打ち付けられ、抱えられていた方のサルフェは放り出されるような形になり、更に後方へと飛ばされていく。

 サルフェは落下する時、頭を打ったか?

 倒れたまま起き上がれそうにない。


「どうしよう!? このままじゃ二人とも賢魔兎ワイズ・ラビットに殺されてしまう……」


 何か手は無いか?

 テミス君は黄色い毛色の賢魔兎ワイズ・ラビットは土属性と言っていた。

 ケレブリエルさんは土属性の弱点属性は何て言ってたっけ……?


 水属性だ!!


 ボクは宙に魔法の短剣アゾートで逆三角形を描くと呪文を詠唱する。


「揺蕩う者よ、一条のせせらぎとなりて、敵を貫け! 水精流撃アクア・フロー!」


 ――シューっ……ズバっ!


 ボクの手元で形成された水の塊は一条の流れに変わって賢魔兎ワイズ・ラビットに襲い掛かる。

 それまでテミス君やサルフェに意識を向けていた賢魔兎ワイズ・ラビットは一瞬気づくのが遅れて躱しきれず、右の腿にそれを受ける。


 直撃という程では無かったけれど、有効打にはなったようだ。

 それまで猛然と襲い掛かってきていた賢魔兎ワイズ・ラビットが、警戒してボクたちから少し距離を置く。


「……くっ、ありがとう。ニコ。でも悪いんだけどそのままもう少しだけあいつの気をひきつけておいてくれないか?」


 樹に叩きつけられたテミス君は苦しそうに顔をしかめてはいるものの、なんとか起き上がることができた。

 良かった! 無事だったんだ!


 テミス君が胸に付けていた鉄製の胸当てはさっきの衝撃でひしゃげている。

 テミス君は「くそっ!これ邪魔だな」と言って胸当てを外した……


 ――胸当てを外した?

 あれ? なんかテミス君の胸に付いている気がする。


 ――――ドガっ!


 ボクがテミス君に気を取られていると、賢魔兎ワイズ・ラビットが土塊を飛ばして攻撃してくる。

 展開していた『剛力の盾フォース・シールド』がそれを防いでくれたが、耐久値がもう限界なのか消えそうになっている。


 ボクは改めて『剛力の盾フォース・シールド』を展開すると、相手の意識がテミス君に向かないように『水精流撃アクア・フロー』を放つ。

 けれど、今度は相手も攻撃を予期していたのかうまく躱されてしまう。


「偉大なる森の女神ケルヌンナの眷属たる金熊ウルサよ、汝がすえたる我に力を授けよ! 金熊強化術ベア・リーンフォース!」


 テミス君が自分に強化魔術を使い、両手に鉈と手斧を持って敵に猛然と襲い掛かる。

 ボクはテミス君の援護をするべく、『水精流撃アクア・フロー』を放つがどちらの攻撃も相手に躱されてしまう。

 AGI敏捷性が高いのか?


 こちらの攻撃は相手に有効打を与えられないまま、相手の土魔法はこちらに着実にダメージを与えてくる。

 ボクは『剛力の盾フォース・シールド』やバロラから譲ってもらった風のマントの『矢除けの加護』のお陰でダメージは追わずに済んでいるが、『矢除けの加護』発動時のMP消費や『水精流撃アクア・フロー』によるMP消費で徐々にMPの余裕が無くなりつつある。


 テミス君は肉体強化魔術のお陰でなんとか堪えているが、それでも何度か身体に土塊を受けていた。

 たぶん、このままじゃ後一分ももたない……


 ――――なんとかしなきゃ……


 以前、バロラに魔法の基礎理論を教えてもらった時に、この世界の魔法システムはボクが冷凍睡眠コールドスリープで眠りにつく前に開発に関わったVRMMORPG『アポカリプス・ワールド』の魔法システムに似ているとボクは思った。

 もしこの世界の魔法が『アポカリプス・ワールド』の魔法システムと関連があるとしたら、あの時、ボクが編み出した魔法もここで使うことができるんじゃないか?

 たしか、水の攻撃魔法をボクは編み出していたはず……


 そうだ!!


 ボクは魔法の短剣で水のシンボルを宙に描くと素早く詠唱を始める。


「おお、水よ! 流動せし者よ! 汝は満たし、溢れ、氾濫する…… 雄大なる力をもちて、敵を圧し流せ! 極大海嘯タイダル・ウェイブ!」


 顕現した水は大きなうねりとなって賢魔兎ワイズ・ラビットに迫る。

 これまでの単体攻撃魔術ではない範囲攻撃の『魔法』に対応できず、賢魔兎ワイズ・ラビットは形成された大波に飲み込まれた。

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