閑話 バロラの魔法授業 ~魔素と魔物とダンジョンの女神~

 魔術の特訓を兼ねた小・邪樹妖レッサー・トレント討伐を終えたボクたちは、「銀の乙女亭」に戻ってきていた。

 特訓で消費したMPを「銀の乙女亭」の魔素が豊富なお風呂で癒し、夕食を食べ、今はデザートとお茶をいただいているところだ。


 今日のデザートはボクたちが討伐してきた小・邪樹妖レッサー・トレントの林檎を使ったアップルパイだ。

 サックサクのパイ生地に包まれた林檎のフィリングは生で食べた時とはうって変わってとても柔らかくなめらかな質感で、口に入れてみるとハチミツの自然な甘さとコク、シナモンのエキゾチックな甘い香り、そして生で食べた時にも感じた林檎の強くも芳しい香りが混然一体の香りの爆弾となって口の中で弾けるようだった。

 やっぱりあの林檎をアップルパイに使うことは正解だったようだ。


 ボクは「ケレブリエルさん、余ってたらアップルパイをもう一枚くれないかな~?」と思いつつ、昼間の魔術特訓でバロラに聞けなかったことも気になったので、バロラに質問してみることにした。


「ねえ、バロラ? 昼間の特訓の時に質問できなかったことを今、聞いても良い?」

「ええ、良いわよ? モグモグ」


 バロラも小・邪樹妖レッサー・トレントのアップルパイが気に入ったのか、絶賛モグモグお召し上がり中だ。

 バロラは一枚目のアップルパイを食べ終わると給仕係の女性に30MPの魔晶石を一つ渡し、アップルパイのおかわりを注文した。


 ああー、ボクの手元には100MP分の魔晶石一つしか残っていない!

 ここで使ってしまったら明日をしのぐ為のお金が無くなってしまう……

 でも両替してもらってボクもバロラのようにおかわりを注文するべきだろうか?


 今日のアップルパイは他のお客さんにも人気のようで、続々とおかわりの追加オーダーが入っていく。

 目の前のバロラはどうやらボクに奢ってくれるつもりは無さそうだ。

 さっきから無心で目の前のアップルパイをついばんでいる。


「それで? 聞きたいことってなんなの?」

「あぅっ? えーっと、ちょっと基本的なことなのかもしれないんだけど……」

「ええ、良いわよ? 何でも聞いて?」

「うん…… あのさ、バロラはよく魔素、魔素って言うけど、魔素って一体なんなの?」

「ああ、それね……」


 バロラは追加でやってきたアップルパイをモグモグしながら、「どうやって説明してあげたら良いかしら?」と少し思考を巡らせているようだった。


「魔素って言うのは実は略称でね? 本当は『魔法元素』っていう呼び方が正しいのよ。私たちが魔法や魔術を行使する際に、その元になる最小単位の構成要素って感じね。人や幻獣の心の働きに反応してその願望を実現させる性質があると言われていて、基本的なものとして4つの元素、火、風、水、土があげられているわ」

「そうなんだ? 4つの元素に別れているってことは、やっぱり一つ一つの元素で役割とか性質とかは違ってきたりするの?」

「そうね。魔晶石というのは魔素が魔物の体内に蓄えられ結晶化したもののことを言うんだけど、たとえばケレブリエルさんがキッチンで使っている魔導コンロに土の魔晶石をセットしても火はおこせないわ。火をおこすなら火の魔晶石をセットして使う必要があるの。客室に置いてある夏に冷風を送ってくれる箱型の魔道具には風の魔晶石を入れて使うし、それぞれの属性の元素によってやれることは異なってくるのよ」


 魔晶石が魔物の体内で出来るということは、魔物と魔素も関係が深いものなのだろうか?


「やっぱり魔物たちも魔素を活用して生活したり、戦闘したりしているの?」

「そうね。魔物たちが炎や毒息を吐いて攻撃をしてきたりするときにも魔素が使われていると言われているけど、『魔物たちにも私たち人間や幻獣のように心があって、彼らの心の働きに魔素が反応してその願望を実現させているのか?』と問われるとそうでも無いらしいわ。むしろ魔物たちという存在そのものが一種の魔法であると考えられているの」

「魔物たちの存在自体が魔法?」


 バロラは口の中でモグモグしていたアップルパイをゴクリと飲み込む。


「そうよ。だっておかしいでしょ? 親も何も存在しないのに、魔物たちはダンジョンから無数に湧いて出てくるのよ? 体内に魔晶石を持つ魔物たちは私たちと違って魂を持たない存在だって言われているし、魂が無い存在に心があってその心に反応して魔法が発生しているとは到底考えられないのよ。むしろ魔物の存在自体が一つの大きな魔法の一部と考えた方がしっくりくる…… 魔法大学の先生たちなんかはそう考えているみたいよ?」

「でも、だとしたら一体誰の魔法なんだろうね?」

「うーん…… そんなこと、これまで考えてみたことも無かったわ…… もしかするとダンジョンの女神ミアの魔法なのかもしれないわね?」

「ダンジョンの女神ミア?」


 ダンジョンの女神という言葉はどこかで聞いたことがあるような気がする……


「ええ、私が初めてニケに会った日にダンジョンのセーフティ・スポットで少し話したでしょ? 実際のところダンジョンの女神の名前が何という名前なのかは分かっていないのだけど、ダンジョン内の壁画やそこに添えられた碑文なんかには、彼女に関する逸話が書かれていることがあるの。ただ碑文の中の彼女の名前のところだけはどういう訳か全て削り取られていて、その女神の名前だけは誰も知らないのよ。いつからか冒険者たちは、その女神のことを『ダンジョンの女神ミア』と呼ぶようになったようね。かなり昔からそう呼ばれているそうで、千年王国期300年頃に冒険者ギルドが創立された頃にはすでにその呼び名で呼ばれていたそうよ」

「そうなんだ? でも『ミア』って響きはなんだか猫の鳴き声みたいで可愛いね?」

「そうかしら? ふふふ、ニケは面白いことを言うのね? ダンジョンで魔物を産み落とし、モンスター氾濫スタンピード災害をも発生させている女神だとされているのに……」

「そう? でもセーフティ・スポットではボクたちのことを守ってくれているんでしょ?」

「そうね……」


 バロラはアップルパイの最後の一口を食べ終えるとコーヒーを飲み干した。


「ニケ。私は明日の朝早くに発つから今日はそろそろおやすみさせてもらうわね? 今後、またなにか分からないことがあれば、ケレブリエルさんが元金等級の魔法職だから一度相談してみると良いわ。ケレブリエルさんも宿泊している冒険者の子たちからけっこう相談を受けてるみたいよ? 宿の蔵書のコーナーにいけば魔法や魔術に関する本もけっこう置いてあるし。機会があれば一度、読んでみると良いわ」

「ありがとう、バロラ。ボクも明日は朝から冒険者ギルドに行かなきゃだからそろそろおやすみしなきゃだね」

「ええ、そうね。じゃあまた明日の朝、出発する前にご挨拶はできそうかしら?」

「そうだね」


 そう言うとバロラは3階の自分の部屋へと上がっていった。

 ボクはバロラが言っていた蔵書が少し気になり、そこに置いてあった『魔法基礎理論 ~元素の属性について~』という本を手に取って、ケレブリエルさんに借りても良いか尋ねた。


 ケレブリエルさんは「良いわよ。これからお勉強なの?ニケちゃん、偉いわね!」と言って、余っていたアップルパイを一切れボクにくれた。

 ボクは念願のアップルパイのおかわりがもらえたことに喜び、ケレブリエルさんにお礼を言って部屋に戻って読書をしながらアップルパイを頬張った。


 そして難しい本には安眠効果があるらしく、ボクはベッドの上で読書をしながらそのまま眠りについた。

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