第6話 ログアウトはできない

 ボクがぐるぐると【賢者語】についてあれこれ考察をしていたら、バロラから「あなたってなんで男の子っぽいしゃべり方してるの?」と尋ねられた。

 まあこの質問はボクに出会った人が10人いたとしたらその内7、8人からは問われる質問だ。


「まあちょっと変かもだけど、ボクって見た目もあんまり可愛くないし、女の子っぽくないからさ……」

「あら、そんなことないわよ? そのくりっとした大きな瞳も子猫みたいで可愛らしいし、艶やかな黒髪やヒナギクの蕾のようにつつましい唇もとても魅力的よ。白磁のように透き通った肌もスベスベしてそうだし、十分に美少女と言っても良いと思うけれど?」

「いやいや、あなたさっき『盲目の魔女』って名乗ったでしょ?」

「盲目だからって視覚が無い状態で銀等級冒険者は務まらないわ! 視覚を補う魔術くらい習得してるわよ?」


 まあ、そうでしょうね?

 この盲目キャラという設定もゲーム世界でのキャラメイクの一環なんでしょうし?

 「盲目なのに強い私ってすごいでしょ!?」みたいな感じ?


 バロラがNPCだとしたらまあそういう設定のキャラねーってことで済むけれど、プレイヤー・キャラだとしたらなかなか痛々しいキャラかもしれない……

 まあ、ボクもゲーム世界でキャラメイクする時は自分の厨二心満載のキャラを創って後悔したこととかあるからね……


 意味も無く、眼帯とか着けて隻眼のキャラを演じちゃったりとかね……

 ああ、今思えば消し去りたい黒歴史だ……


 ボクが自分の黒歴史を思い出し、頭を抱えて身悶えているとバロラは「この子、大丈夫かしら?」とでも言いたそうな心配気な表情を浮かべる。


 「ま、まぁ、私も確かに自分の目で直接見ていないのに軽はずみなことを言ったかもしれないわね?」


 とバロラに言われ、ボクはなんかこの人に変に気をつかわせちゃったかなと少し反省した。

 


 そう言えば、ボクは普段VRMMORPGをやる時、男性アバターを使っていたはずだけど、なんで素の性別のままなんだろう?

 見た目もおそらく素の自分を反映している気がする……


 冷凍睡眠コールドスリープに入った時には病気のせいで身体も痩せていたからその辺は多少調整してくれている感じがするけど、おそらく素の身体が健康だったらこんな感じ――みたいなのを反映したアバターになってるように思う。


 これも含めて姉のいたずらの一環とかなのだろうか?

「やっほー! 元気にしてた?? 目が覚めたとき、神殿みたいなところにいて、『もしかして自分、異世界転生しちゃった!?』とか思っちゃったりしちゃった?? あなた異世界転生ものとか大好きだったものね? やーい、やーい、ドッキリ大成功!!」みたいなからかい方をする為にわざと素の肉体を模したアバターでこのVR世界に引きずり込んだとかなんだろうか?


 実はさっき、バロラから「ねえ、ニケ。実は私もさっきからあなたについて聞きたいと思っていたことがあるんだけど、聞いても良いかしら?」と言われた際に、やっぱりバロラが姉でドッキリの種明かしをしてくれるのかと期待してはいたのだけれど……

 いや、それはそれで腹立たしい気もするな。


 バロラはもう一度鍋を温め、ハチミツ生姜茶のお代わりをカップに注いでくれる。


「あなたって不思議よね。難関ダンジョンの深層エリアに設置されている箱の封印を解いたらいきなり中から人がでてきたのよ? 私は最初、邪神か魔神の類の封印でも解いてしまったのかと思って正直ちょっと怖かったんだけど、【鑑定】で見る限りはただの人だし、レベルも1だし……。『なんだ普通の人間か』と思えば今度は【賢者語】を話し出す。いったいあなたって何者なの?」


 ここは素直に答えるべきだろうか?

 答えたとしても例の【賢者語】のせいでちゃんと伝わらないかもしれない……

 ボクはとりあえずこのゲームの世界観を壊さないように当たり障りの無い言い方でバロラに説明することにした。


「なるほどね。あなたは不治の病に侵されてしまい、治療ができるようになるまで『コールド・スリープ(冷凍睡眠)』という魔法で凍らされて眠りについていたって訳ね。私も聞いたことがない魔法だわ。もしかするとだいぶ古い時代の人なのかしら?」

「うーん、ボクが眠りについたのは西暦2030$_@_☆↑年だよ」

「何年の春ですって?」

「あれ? これも【賢者語】になるのかな? 西暦2030$_@_☆↑年だよ!」

「うーん、【賢者語】になってるわね……」

「えー? なんでそんなことまで【賢者語】になるんだろう? ちなみに今は何年なの?」

「今は千年王国期957年よ」


 なるほど、このゲーム世界に【千年王国期】という独自の歴があるから世界観を壊さないように『西暦2030』も賢者語にされたということか。


「でもそうすると、考えにくいことだけど、あなたは千年王国期が始まるより以前の神代の時代の人間ということかもしれないわね……」

「うーん、そういう設定のキャラかー?」

「ん? なんですって?」

「ああ、いや何でもない。気にしないで。でもそうするとボクは1000年近く、場合によってはそれ以上も眠りについてたってことになっちゃうね……」


 あんまりゲームの世界観を壊すような発言はしない方が良いかもしれない。

 ボクの言動が問題とみなされて、アカウントが運営によって削除バンされて強制退場となった場合、脳が接続されてるだけの状態の自分の意識がどうなるのかってのもちょっと怖いしね。

 現実世界での状況が分かるまでボクは「1000年以上の深い眠りから目覚めたミステリアスなキャラ」というのを演じ続けた方が賢いのかもしれない。


 ちなみにこれまでの間に何度かこのゲーム世界からログアウトができないか試してみたが、設定画面さえ開けない。

 普通に考えたらこんなこと、運営側としても大問題だと思う。

 だってプレイヤーが元の現実世界に戻れなくなっているということなのだから。


 でももし身体は冷凍睡眠コールドスリープで寝ていて脳だけVRに接続されているというのが今のボクの現実世界での状況だとしたら、このゲームからログアウトできない状態というのはそれと何か関係があるのかもしれない。


「ねえ、ちょっと『ステータス』でも見てみたら? 何か分かるかもしれないわよ?」

 とバロラが急にゲームっぽいことを言ってくる。


「『ステータス』は見られるんだ?」

「あなたが眠りにつく前は見られなかったの?」

「いや、見られたけど……」

「じゃあ『ステータス』を開いて見てごらんなさいな。『ステータス』はたとえLv1だったとしても誰もが使える神が全人間に与えた魔法なのだから」


 心の中で「ステータス」って念じれば良いのか?

 それとも「ステータス!」って声に出して言えば良いのか?

 とりあえず分からなかったので声に出しつつ、心の中でも念じてみた。


「「ステータス!」」


 おっ! 目の前にステータス画面が出てきたぞ。


「ちょっと、私にも見れるようにしてよ」

「えっ、どうやってやるの?」

「心の中でバロラに見えるようにしたいって念じれば大丈夫よ」


 ボクが心の中で念じるとバロラにも見えるようになったみたいだ。

 ステータス画面でボクの初期ステータスを見てみるとこんな感じなっていた。


――――――――――――――――――――――――――

 名前:ニケ

 種族:ヒト族

 職業:無し

 Lv1

 ◆HP:40/40

 ◆MP:60/60

 ◆STR:3

 ◆DEX:4

 ◆VIT:2

 ◆AGI:5

 ◆INT:12

 ◆MND:8

 ◆LUK:10

 ◆CHA:12


 <スキル>

  魔術レベル1


 <魔法適性>

  火、水、風、土、闇、光


 <称号>

  黄泉がえりし者


――――――――――――――――――――――――――


 ああ、すでに<称号>からして厨二心満載なので、おそらく新たな黒歴史となることは確定だろう。

 これも姉のいたずらなのだろうか?


 現実世界で目覚めたとしてもしばらくは、

「黄泉がえりし者www!」

 とか、指を刺されて笑われるのだろうか?

 その時はさすがにぶん殴ってやりたい。


 そんなことを考えていると、バロラも<称号>について言及してくる。

 やっぱりあなたがお姉ちゃんですか?

 もう今の内から後でボクをいじる為の布石を打ってる感じですか?


 そう思うと無性に隣のバロラをぶん殴りたくもなるが、ここはグッと堪える。


 そうこうしているとバロラが他にも何か発見したらしく、声をかけてくる。


「ねえ、ニケ。あなた火、風、水、土、闇、光の全属性に魔法適性があるわよ……」

「ああ、これで全属性なの?」

「ええ、そうよ……」


 そうつぶやくとバロラは少し思案するような表情を浮かべる。


「でもあり得ないわ……」

「どうして?」


 バロラの表情はもはや困惑の域のものに変わっている。


「だって魔術系の火、風、水、土、闇の五属性と神聖術系の光属性は本来相克して同じ人物に両方適性がでるなんてあり得ないもの……」

「そうなの……?」





 ――沈黙が重くのしかかる。


「……ありえないわ」

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